第五話
ヴィンセントは幼い頃より、ハロルドとベアトリスと共にいた。
ハロルドはヴィンセントが十の頃、ベアトリスはヴィンセントが五つの頃に出会い、それからずっと一緒に居たのである。しかしながら、ハロルドはヴィンセントに仕えるという立場なため、実質対等であったのはベアトリスだけだった。
ベアトリス・クリスティン・アンナ・シェーファー=オスマン・リトルバーンは、教会からの洗礼を受けた、正真正銘のエクソシストである。まだまだなりたてではあるが、魔力も身体能力も申し分なく、御年二十八にしてはよくできるエクソシストだとその筋では有名だ。
そしてベアトリスは幼い頃より、ヴィンセントを深く慕っていた。
まるで人形のように美しい顔をした彼の、その輝く青とも緑ともいえる神秘的な瞳に魅入られたのだ。彼が「怪物公爵邸」に住み、将来的には怪物を相手にするということを知って、難関であるエクソシストになったほどには、ベアトリスは今もヴィンセントに夢中である。
そんな片想いは、ヴィンセントと出会った、ベアトリスが十三歳の時から今まで、すでに十五年が経過。エクソシストになるために王都を離れアドウィン地方に出向いていた数年もずっと忘れたことなどなく、ベアトリスは変わらずヴィンセントを想い続けていたのだが。
「ちょっとハリー! はやくヴィンスちゃんの機嫌とってよ! こっちはこっちでこの女うっとおしいんだけど!」
やっとエクソシストとして胸を張ってヴィンセントと共に居られる、と思い帰ってきていたさなか、帰らずの森で鬼と戦ったのはほんの数時間前。
ベアトリスを殺さず放置した鬼に睨まれて、何を思ってか動こうとしないヴィンセントを引っ張って森を出ると、ベアトリスはアルフォード公爵家の馬車に彼とともに乗り込んで、先ほどアルフォード公爵邸へと戻ってきた。
そしてヴィンセントは、それきり書斎に引きこもってしまったのである。
ちなみに、エクソシストになるため数年王都を離れていたベアトリスは、今彼女の目の前で面倒くさいと言わんばかりの表情をしている天狗、シオとは初対面だ。
「シオ様。ヴィンス様はあくまで平常でございます。ただ少し心ここにあらずなだけで」
「だからそれをどうにかしてって!」
シオとベアトリスの居る応接間に来ていたハロルドは、ベアトリスのかつてない落ち込み具合に苦笑した。
「ベアトリス様。エクソシストの最終試験に受かったと聞きました。おめでとうございます」
「……ありがとう……」
「ああ、あんたエクソシストだったの。だから気配がなんとなく変な感じなのね」
シオの言葉にベアトリスはゆるゆると目を上げると、ハロルドが部屋から出ていくのが見えた。ハロルドはなかなか冷たい。構ってほしいと思っているわけではないが、もう少し何か言葉をくれても良いような気もする。
そんなふうに彼を見送っていたベアトリスの目に、今度は入れ違いに、銀髪の吸血鬼が入ってくるのが見えた。
「げ、ベアトリス!」
「クリード、久しぶりー」
エクソシストであるベアトリスが苦手なのか、クリードはすぐに彼女から離れると、女中が用意したジュースを部屋の端の方で受け取っていた。
そこまで離れなくてもいいだろうに、とは思うが、よく考えれば、怪物からしたら悪魔祓い師とはどうしても苦手意識を持ってしまう相手なのだろう。
「……ねえ、シオって言ったっけ」
「なあに、ベアトリス」
「ビーでいいよ。……あなた、エクソシストの『教会の守護』の魔力を知ってる?」
「……それって、ビーが今着てる服に宿ってるピリピリするやつのこと?」
やはり東洋の妖怪にも「教会の守護」は有効なようで、シオはわざとらしく嫌そうな顔をすると、腕をすりあわせて肩をすくめている。その様子はどう見ても嘘には思えず、クリードもこの「教会の守護」が嫌だからこそベアトリスに近づかないのを考えれば、その魔力が衰えているわけではないと容易に理解できた。
それならば、一つの疑問がベアトリスには残る。
あの鬼は「教会の守護」の最も強い紋章に触れた。けれど腕は吹き飛ぶこともなく、腫れ上がってただれただけだったのだ。
本来、不浄の者が紋章に直接触れれば、ただれるなんて可愛いものじゃ済まないはずの魔力である。
(……しかも抉りこんでくる程、強い一撃だったのに……)
包帯が巻かれている左肩に触れると、ベアトリスの眉はギュッと強く寄せられる。
「……何、痛いの?」
「違う。……あなたも東洋の妖怪なら、鬼について何か知らない?」
「鬼について、ねぇ……あの種族、本っ当に出不精なのよね。私の守ってる山にも居たけど、なかなか山奥から顔出さないし」
「ベアトリス、あんまりあの鬼を深追いするなよ。なんとなくだけど、怪物の本能として、なんかあいつは危ない気がする」
お気に入りのジュースを飲み終えると、空になったポットをテーブルに戻してクリードが口を挟む。
「随分弱気だねクリード。珍しいじゃない、鬼ったって女なのに」
「……お前にはあいつが何に見えた?」
「……? 鬼でしょ?」
「……そうか。鬼か。……だったらいいんだけどな」
皿に乗っていた洋菓子をいくつか持つと、クリードは応接間を出る。一体何が言いたかったのか、とベアトリスは訝しげにそれを見送り、シオと目を合わせて二人で首を傾げた。




