第一話
先程までの喧騒が嘘のように、森の静寂さを取り戻したその家で、女は一人立ち尽くしていた。
大柄な男たちが狭い家に十以上も倒れており、無惨にも張り裂けた身体からはどくどくと赤い液体が溢れている。しかし冷静にそれを見下ろす女に怯えは一切なく、むしろ返り血で全身が真っ赤に濡れた女のその目は、もう動かない男たちを未だに射殺さんばかりに冷徹に見下ろしている。
「……また違った」
誰に聞かせる風でもなく、女はただ静かに呟いた。
女はずっと、ずっと探している。しかし、どの男も違う。
どの男を見ても、以前に聞いていた「あの男」とは別人なのだ。
――その目で私を見ないで、あの男に似ていて殺してしまいたくなるの。
――私に近づかないで、あの男を思い出してあなたが動かなくなるまで叩いてしまいそう。
――あなたに罪はないのよ。けれどどうしてもあの男が憎いの。
かつて、女の母が、女に毎日言った言葉である。
それを思い出して女は眉を揺らすと、まるで八つ当たりをするかのように軽々と男を持ち上げ、一人一人家の外に放り出す。女からしてみれば「男」など軽いものだ。まるでボールを投げるようにぽいぽいとすべてを出し終えて、女はようやく室内に戻った。
むわりと残るのは、濃い血の臭いである。しかし室内に残された血などは特に拭き取ることもなく、いつもそのままにしている。こんなことは日常茶飯事であるからだ。
そうして何事もなかったかのように、女は眉一つも動かさないまま。普段通りに特に何をするでもなく、静かに椅子に腰掛けた。
しばらくすると、先ほど放り出した男たちの血の臭いに寄ってきた凶悪な魔獣たちが、餌を得たと言わんばかりにその男たちを貪り食らう音が聞こえてくる。
――――現段階で女が生活で困っていることといえば、襲ってくる山賊たちではなく、妙に魔獣に懐かれてしまったことだろうか。
どうやら魔獣は「餌をくれている」と思っているようで、女を主人だと慕うようになった。とはいえ、女としても家の外の死体を食ってくれることは確かに助かっている。その上、懐かれたからといっていつも側にいるわけでもないし、女の気配に怯えた魔獣は一定の距離を置いて女に接しているために、そこにも大きな問題はない。
それではいったい何に「困っている」のか、と言うと――――あんまり家の近辺をうろちょろとされると「魔獣駆除」だという人間が森にやってきて、正直騒がしくしてたまらないのだ。
あまりにうるさいからいつもそれも女が消しているのだが、それも魔獣は勝手に「守ってくれている」と思っているようで、さらに懐かれて悪循環なのだが、女はそれに気づいていない様子である。
そうして、入った者は出てこれない、ということから「帰らずの森」と呼ばれるこの森のことを、地域住民は「魔獣が人を無差別に食べているからだ」と憶測から噂してはいるのだが、厳密にはこの女が原因であったりする。
しかしながら、それは当然明かされることもない。
女は今日もその家でゆったりと椅子に座ると、何をするでもなくただ目を閉じていた。