表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

クレイス

酷い男。存分に悔やむがいい(笑)

 グランバニア王国の有力貴族マクイルオス侯爵クレイスは銀髪碧眼と恐ろしく整った容姿を持ち、そして政治的手腕も陛下に信頼されるほどである。そんな彼だから、寄ってくる女性は多く、一夜の付き合いも数えきれないほどしてきた。クレイスは自分の容姿の事は理解していたし、女性の扱いに関しても自負していた。


 それなのに、と今彼の目の前で仲睦ましく寄り添っている男女の女性の様子を見て、クレイスは唖然とし、そしてそれまでその女性に対して行ってきた自分の行動を振替り、自身を殴り倒したい気持ちで一杯になったのだ。




 半年程前の事だった。クレイスは勢いで妻レイアに「離縁しよう」と告げてから一晩経ったのだが、その自分の幼い行動に思い直して反省し、邸に帰った。すると、邸内の使用人たちがいつになく慌てふためいていた為、疑問に思って何があったのか、と声をかけたのだ。


ーーー奥様が、昨日外出したきり戻られていないのです。


その言葉にクレイスは唖然とした。もしかして自分が昨日離縁を告げた為に実家に帰ってしまったのだろうか、とそちらに連絡をさせたが、実家にもそんな連絡も入っていないと言われてしまった。何の情報も入らないままさらに2日が経ち、何処にも連絡が無く帰ってこない妻に、クレイスは焦っていた。


 そんな中仕事に穴をあけるわけにはいかないと思い、職場である王宮に出仕すると、彼の同僚であるエールストスがにこやかに訪ねてきた。


「やぁクレイス。いつになく疲れているようだね?ところでマクイルオス夫人は元気かな?」


その同僚であり友人である彼の態度と言葉に、クレイスは辟易した。この時のクレイスにとってはこの目の前にいる友人が彼がレイアに離縁を告げようとした原因だったからだ。


「そんなこと、お前の方がよく解っているんじゃないのか?」


苛立ちを隠さずにクレイスはエールストスにそう言う。何を言われたのか分からない様子のエールストスは、何があったのかクレイスに詳しく詰め寄った。


「3日邸には帰って来ていない。お前のところに行っているのではないのか」


苛立ちを隠さずにクレイスがそう言うと、エールストスは険しい表情を見せた。


「俺のところに来るはずがないだろう。……クレイス、君はレイア嬢に何をしたんだい」


いつになく怒っている様子の友人の様子と、告げられた事実に驚きながら、正直にクレイスは今回の事を詳しく話す。すると、エールストスはクレイスの肩を痛むほどに掴み、怒鳴っているのではないかと思うほど声を荒げた。


「信じられない……!君は何処まで馬鹿なんだ!!レイア嬢は彼女なりに君を愛して、態度の変わった君に戸惑ってそれを相談しに来ていただけなのに!」


「何だって……?」


唖然としてクレイスは激高している友人を見つめた。そうして、自分の勘違いに気が付くと、今までの彼女に対する自分の態度に後悔をした。


俺は、なんて勝手で、なんて馬鹿なことをこの2年間彼女にしてきたのだろう。


 結婚した当初は、クレイスにとってレイアは煩わしい存在でしかなかった。何より、結婚で縛られることを嫌っていたのだ。だから、一夜の情事で付き合えるような女のところへレイアから逃げるように通っていた。その中の一人にダラムアト元伯爵夫人も含まれていた。


しかし、自分がいかに無下にしても慕ってくる彼女に対して、一種の独占欲の様なものがあることを自覚したのは、二人で社交パーティに赴いても自分ではなく友人のエールストスの隣に居るレイアを意識するようになってからだった。


お前は俺の妻だろう。なのに何故他の男の隣に居るのだ。


苛立ちを隠さずエールストスの隣に居るレイアを強引に邸に連れ帰り、彼女に向かって告げた。


「あなたはマクイルオスの利になることだけを行えばいい。……俺に恥をかかせるな」


考えるとあたっているとしか思えないが、クレイスはそう言えばレイアは行動を慎むだろうと、そう思っていた。……自分の事を棚に上げていることに気が付いたのは、彼女が自分に対して反論してきた時だった。


「お言葉を返すようですが、クレイス様は結婚した時に私に’好き勝手にしてもらって構わない’と仰っていたではありませんか!貴方様は私に干渉するなと仰ったのに、ご自分はこちらに干渉なさるのですか!」


その言葉に、結婚初日に彼女に告げた自分の言葉を思い出し、目の前で涙を流すレイアを見てクレイスは自分が彼女にいつの間にか執着と、そして恋愛感情を抱いていることに気が付いたのだ。


 それからというもの、クレイスは少しでもレイアとの関係を改善しようと夕食の時間を共有して彼女との時間を増やそうと心掛けた。また、それまで付き合いのあった女性とも関係を切った。クレイスにとって彼女たちは恋愛感情を持ったり持たれるような関係ではないものであったから。

しかし、そう簡単に今までのレイアとの関係が変わるわけが無く、夕食は気まずいまま終わってしまう。クレイスはそれに憤りを感じざる負えなかった。


そんな時だ。仕事が早めに終わったので、レイアと時間を過ごそうかと考えて邸に帰ってきた時に、レイアがエールストスを訪ねて留守であると聞いたのだ。


ーーーそんなにエールストスがいいのか。


そう考えただけでクレイスはレイアに対して苛立ちを覚えた。そして、帰宅してきた彼女に対して、思っても居ないことを告げてしまったのだ。


「そんなに俺の事が煩わしいのならば、そう直接俺に言えばいいだろう!あなたと居ると、本当に疲れる。……もういい。離縁しよう。それがお互いの為だ」


そのまま彼女の顔を見ずに、邸を出たのだ。


 



 クレイスは、自分の伝手を使って片っ端からレイアを探した。

そうして、ようやく見つけた情報に、自分が離縁を告げた後に彼女がダラムアト元伯爵夫人を訪れていたというものがあり、夫人のところに話を聞きにやってきたのだ。

夫人はクレイスの姿を見ると、媚びるようにすり寄ってきた。


「ああ、クレイス様。やっと私のところへ来て下さったのね」


そんな女の様子に辟易しながらクレイスは尋ねた。


「今、俺の妻の行方がわからなくなっている。行方が分からなくなる前にあなたを訪ねていたようなのだが、何か知らないか?」


夫人は、眉を顰めた。


「まぁ。そうやってクレイス様のお手を煩わせるなんて妻として失格ですわね。……それよりも、今夜は泊っていかれるでしょう?別れると言われた時は悲しかったけれど、邪魔な奥様がいらっしゃらない今なら、気兼ねなく一緒にいられるわ」


「悪いが、君とは別れると言ったのはレイアが邪魔だったからじゃない。……俺が彼女を愛しているからだ」


そのクレイスの言葉を聞いて、夫人は激高した。


「どうしてですの!?あんな他の女に子供が出来たと聞いたくらいで諦めるような女より、私の方がよっぽどあなたを愛しているというのに!」


そこまで言って夫人ははっとした。

その様子を見たクレイスは、夫人と妻の間に何があったのかおおよそを察し、怒りと嫌悪を夫人に対して遠慮なくぶつけた。


「レイアを何処にやった?」


クレイスに睨まれて耐え切れなくなった彼女は、全てを話した。

夫人は、レイアが彼女を訪れた後に手のうちの者に頼んでレイアが乗って行った馬車の後を追わせたという。王都からでて山の方へ向かったと報告を聞いたが、それでも、レイアが何処に居るのかまでは知らないと語った。


クレイスは舌打ちをした。そしてそのまま山の方へレイアの捜索を騎士に依頼し、自分も向かう準備をし始めた。


そうして、山間部の小さな村に彼女の姿を認めるまで、半年の月日が流れていた。








「レイア、本当に俺の事を憶えていないのか」


そう言ってクレイスはレイアに詰め寄る。彼女の美しい栗色の髪も、琥珀の瞳も、その香りも、レイアだと告げているのに。


「……それが私の名前なのですか?」


首を傾げる彼女を可愛らしいと思うが、クレイスはもどかしくてしょうがなかった。


彼女に会えたら真っ先に今までの事を詫びて、自分の腕の中に閉じ込めたかったのだ。それなのに、自分の妻であるという事実が彼女の中にない今、クレイスはそうする資格がない。……そして、今その資格を持っているのはレイアの隣で彼女の肩を抱いている男ーーーアランであることが、クレイスにとって苦痛でしかなかった。


「リィーン」


アレンがレイアに優しく語りかける。


「君はリィーンだろう?過去に何があったとしても、今の僕にとっても君にとっても事実だ。それでも、リィーンは過去を思い出したいのかい?」


その言葉を聞いて、クレイスは焦った。そんな彼の様子にも気づかずに、レイアは答える。


「……いいえ、アレン。私はあなたに助けられ、そうして一緒に過ごす内に幸せを感じてるわ。これ以上にないくらい、幸せなの。……だから、思い出せなくても、いいの。だって、思い出そうとしても思い出せなかったのだもの、きっと思い出さなくてもいいって、過去の私が言ってるのよ」


そう言ってレイアはアレンに向かって本当に幸せそうに微笑む。そして、それを聞いたクレイスは雷に打たれたような衝撃を受けた。


ーーー記憶を無くすほどに、レイアにとって自分との時間は酷いものだったというのか。


クレイスは自分を呪ってやりたくなった。自分の中にあった彼女に対する甘えと、彼女に償うことで罪悪感を軽くしようとしていた事に対して。


 レイアはクレイスとの記憶を全て失った。

それは、クレイスにとって彼女に償うことすら許されない、ということだ。もう彼女に触れることも許されないのだ。

その現実を突きつけられて、クレイスは足元が崩れ落ちるような感覚に捉われた。


目の前に居るのに、手が届かない。触れたくても、その権利すらない。


アレンとレイアが仲睦ましく微笑み合っている様子を見て、クレイスはそれがとても眩しいものに感じた。


始めからレイアに向き合っていれば、今レイアの隣に居たのは俺だったのかもしれないのに。


そんなことを考え出したらキリがなかった。


このままレイアはアレンと過ごす方が健やかに過ごせるのかもしれない。ズタズタに傷つけたクレイス連れ帰って償うように接したとしても、それはクレイスの自己満足でしかない。そんなことはクレイスは理解していた。


だけど。それでも。


クレイスはレイアという愛しい人を手放すようなことはしたくなかった。





何だかこのまま終わっても私は良い気もするのですが(だってレイアちゃんが幸せそうなんだもの)、もうちょっと続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ