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レイア

 レイアがマクイルオス侯爵クレイス様に嫁いで、もうすぐ2年になる。栗色の美しい髪と琥珀の瞳を持つ彼女は周囲が手本にするほどに妻としてその友好関係を広げ、素晴らしく模範的な行動をし、マクイルオス家にとって利になるように行動してきた。それはひとえに政略結婚にもかかわらず夫クレイスを愛しているがための行動だった。


 しかし、今彼女はその築きあげてきたものをすべて捨てて、どこかに姿を消したかった。そのために外出先から邸にも戻らず、御者に頼って王都からどこか辺境の地へ行く馬車に揺られている。


ーーー耐え切れなくなったのだ。





全ての始まりは3年前、レイアが16歳で、25歳のクレイスと家の関係で婚約をしたことだった。

レイアは貴族に生まれたのだし、自分は家の為にいつかは政略結婚をしなければならない、そのために恥かしくないようにしておこうと幼い頃から教養を深め、自分を磨いてきた。

 それに、彼女の両親も政略結婚であり、不仲とまでは行かないが距離感のある生活をしていたので、どうせなら政略結婚でも楽しく過ごしたい、と思っており、彼女は結婚相手である彼を愛するようにと努力をしていたのだ。


 そして、彼女がクレイスを心から愛するようになるのにはそう時間がかからなかった。

それまで恋なんてしたことが無かった彼女だが、クレイスは銀髪に碧眼と大変見目麗しく、社交界でも女性が近くに居ないことなどない程であり、そんな彼の妻となれることを本当に誇りに思っていた。



 しかし、クレイスはそうは思わなかったようだった。実際に結婚をし、初夜を迎えた時彼はレイアに対してこう言ったのだ。


「俺はあなたに何かを求めることは無い。俺は自分の好き勝手にやらせてもらうし、あなたもそのようにしてもらって一向に構わない」


つまり彼にとってレイアは同居人で、それ以上でもそれ以下でもなく、干渉してくるな、ということだった。


レイアは悲しくなった。けれど、塞いでもしょうがないと彼に迷惑がかかれないように、そしていつかは振り向いてもらえるように、自分の役割をしっかり果たした上で積極的にクレイスに関わって行った。


 クレイスは自分に必要以上に関わってこようとするレイアが鬱陶しいようで、家で事あるごとに近づいてくる彼女から逃れる様に、家に居る時間が極端に少なくなっていった。帰って来ても、レイアが寝ている深夜であることが多く、彼から漂ってくるのは男が付けるような香の匂いではない。

そんな状態になって気付かない程レイアは鈍くない。


ーーークレイスには愛人がいたのだ。


 彼には自分以外の愛する人がいて、自分は彼がその女性と結ばれるには障害でしかなかったのだと気づいても、レイアはクレイスを愛していた。けれど、クレイスの迷惑になるようなことはしたく無かった為、それならばせめてマクイルオス家の為になるようなことをしていこうと決心し、婦人たちの社交の幅を広げて行った。そして、その成果は周囲の評判から解るほどで、彼女の立場はそこでは高いものとなって行くのに時間はかからなかった。もともとレイアは頭がよく回り、人付き合いが良い方であったから。


 そんなレイアの評判は貴族内でも広がって行き、’何処にでも顔の利く婦人’といレッテルを張られるようになれば、彼女に近づいて来ようとする貴族は多くなる一方だった。

 クレイスと夫婦で出るある社交パーティでもそれは顕著に出ており、クレイスが彼女の下を離れれば、レイアは婦人の社交の場で会えないような男性たちに囲まれ、長い時間そのような状態になった彼女の顔に疲れが見えてきた。

そんな頃だった。


「マクイルオス夫人、どうかこの私と踊っていただけませんか?」


 彼女をその輪から助けたのは、夫ではなくその職場の友人であり、結婚式にも参列していたというエールストスという、これまた見目麗しい独身の男だった。

早く逃れたかったレイアは快く承諾し、エスコートされながらダンスの会場へと向かった。


 ダンスの間、エールストスはレイアに向かって笑みを絶やさず、様々な話題を振ってくる。

例えば、あそこのお菓子は美味しい、などという些細なものばかりで、貴族間の損得を追及する堅苦しい話に嫌気がさしていた彼女にとって息抜きになる者であり、エールストスの話は興味を引くものばかりであり、その社交パーティー以降は社交の場に出ると彼と居ることが多くなったのだ。


 一月前のある社交パーティーでも例の如くエールストスと取り留めもない話で盛り上がっていた時だ。笑いあっていた二人の前に突然クレイスが現れ、レイアは何が何だかわからない状態のまま強引に邸へと連れ帰らされた。そして、寝室で二人きりになるとクレイスは厳しい表情でレイアに言った。


「あなたはマクイルオスの利になることだけを行えばいい。……俺に恥をかかせるな」


 その言葉にレイアの頭の中は一瞬真っ白になった。

レイアはマクイルオスの為に心を尽くし、頭を回してやっと今の社交の場での地位を手に入れたのだ。苦労して、やっとのことで手に入れた自分の力だった。それなのにクレイスの恥になるということはどういうことなのか。

クレイスの言葉の真意を理解する前にその理不尽さでレイアの感情は高ぶり、今まで溜まっていた我慢の限界が来てしまった。


「お言葉を返すようですが、クレイス様は結婚した時に私に’好き勝手にしてもらって構わない’と仰っていたではありませんか!貴方様は私に干渉するなと仰ったのに、ご自分はこちらに干渉なさるのですか!」


 その言葉にクレイスは呆然とレイアを見つめて立ちつくし、レイアは抑えきれずに涙を流した。

今までクレイスの為にと努力して頑張ってきたことは、彼にとって恥でしかなかったのだ。その事実を突き付けられたようで、悲しくて苦しくて。クレイスの視線から逃れたくてレイアは自分の自室へと逃げ込んだ。  


 クレイスにあわせる顔が無くて数日自室に引きこもっていたレイアを外に連れ出したのは、夫ではなく、エールストスだった。

彼は「いつか話していたお菓子を食べに行こう」と言って連れ出したのだ。レイアは気が進まなかったものの、彼の優しさにほだされて、二人でカフェに行った。


 いつものように取り留めのない話をしながらその時間を楽しんでいたのだが、急にエールストスの表情がいつになく真剣になったので、レイアが首を傾げていると彼は尋ねてきたのだ。


「……貴方はクレイスを愛していらっしゃいますか」と。


レイアは即座に頷いた。どんなに理不尽でも、彼女にとってクレイスは政略結婚でも夫であり、それは生涯変わらないものだと思っていたから。始めからそう覚悟して一途に彼を愛してきたのだ。


そのレイアの覚悟を聞いたエールストスは、それまでの表情を一変してふわりと微笑んだのだった。





 それから帰宅すると、珍しくクレイスが邸におり、夕食を共にと誘われる。結婚してから初めての事だったのでレイアは驚いたが、顔を合わせずらいのは断る理由にならないと思い承諾した。

クレイスも先の事があった為気まずいのか、二人の間の会話はほとんど無く、そのままの空気でその夕食は終了した。

その後もクレイスが帰宅する時間が早まり、二人は夕食を共にするようになるが、どれも同じような空気で終わってしまう。レイアはその夫の態度の変化に戸惑いを隠せず、自分の対応の仕方が解らなくなってきていたので、エールストスに相談をしに行った。


 その話を聞いたエールストスは、

「根気よく待ってあげてください」

と微笑みながら言うだけだったので、成果が得られなかったが、とりあえずこの状態を維持しようと思い直し、レイアは帰宅した。



 邸に戻ったレイアを待っていたのは、いつかのように厳しい表情をしたクレイスだった。彼は、レイアの姿を見るや否や、こう言い放ったのだ。


「そんなに俺の事が煩わしいのならば、そう直接俺に言えばいいだろう!あなたと居ると、本当に疲れる。……もういい。離縁しよう。それがお互いの為だ」


そのままクレイスは入れ違うように邸を出て行った。レイアは唖然としてその後を追うことさえできなかった。……離縁など、考えたことが無かったのだ。


 クレイスの事を愛していた。だが、レイアとの離縁を考えるほどに彼は自分が煩わしいのだろう。……きっと 自分はもう彼にとって何の価値もないのだ、そう考えるとレイアはやるせなくなる。そして、それに追い打ちをかけるようにレイアの下に呼び出しの届けが来た。


 差出人は、ダラムアト元伯爵夫人。

若くして夫を亡くした彼女は、金色に輝く髪と青い目をもつ美人であり、……クレイスの愛人であった。


 それまでの立場上にも無下にできないと考えたレイアは、渋々ながらも彼女に会いに行った。そこで彼女に告げられたことは、レイアにとって衝撃を受けるほどであった。


ーーークレイスとの、子供ができたの。


面倒そうに初夜にクレイスに抱かれた後、一度も彼と身体を重ねていなかったレイアにはそんな兆候がみられる筈もなかったが、ダラムアト伯爵夫人がこのように言うのだったら、やはり彼女は愛人で、クレイスと彼女は何度も逢瀬を重ねていたのだろう。


 レイアは足元から崩れていくような感覚に陥った。

政略結婚のうち自分の重要な義務であると思っていたことの一つが、クレイスとの子をもうけることだった。しかし、身体を重ねていない為にそれを果たすことはできない。だからそれ以外を完璧にこなそうと努力してきたのだ。

それが、元とはいえ伯爵夫人という位の彼女と、クレイスの間にできたとなれば、マクイルオス家の人々はその子を跡取りとして考えても申し分がない。……子供が出来ないレイアよりも、ダラムアト元伯爵夫人の方が、彼の妻として相応しいと考えてもおかしくはない。まだ正式ではないにしろ、クレイスが離縁を求めたのはこの為だったのだ、とレイアは思った。


 本当に私はクレイス様にとって邪魔な存在でしかなかったのだ。


レイアは悲しむよりも笑いが込み上げてくるようだった。それは自嘲のものだったが、もう何もかも考えるのが嫌になった彼女は、早々にダラムアト元伯爵に告げた。


「私はもう消えるので、どうぞ安心してクレイス様の傍に行ってください」


そうしてそのままマクイルオス邸に戻ることなく、自分についてきた使用人から逃げ、御者に頼んで馬車でそこから遠い所へ行こうと考えた。離縁の事は実家に連絡も正式に来るだろうし、その時に実家に顔を出せば何も問題はないだろう。  






 王都からどれほど離れただろうか。レイアがのる馬車は道の悪い山路を登っており、そこは隣が崖になっているという危ないものだった。今までを振り返っていたレイアは一際大きく揺れた馬車に現実に引き戻された。

その揺れは道が悪い故なのだろうと始めは思っていたのだが、外で聞こえる馬の鳴き声にレイアは違和感と不安を覚える。

そして、気付いた時には馬車が横に傾いていた。そこで、全てを察したレイアは、心の中で呟いた。



ーーー私があの人を愛したこと自体が、間違っていたのだ。







---------------------------------------



 ある山に囲まれた自然豊かな村があった。そこは大きな湖も近く、平地もあり農作物も作れる為に食糧に事欠くことがない。住んでいる人々も皆顔見知りであり、お互いに協力して生活をしているようだ。


 そこに、ある一人の栗毛の美しい髪と琥珀の瞳を持つ若い女性が家の隣にある畑で丁寧に水やりをしていた。


「やぁ、今日も天気がいいね」


「そうですね」


村人に突然声を掛けられても、嫌な顔せず笑みを見せ、一生懸命に村人達を手伝う彼女は、村の中では評判の娘だ。


「そうだ、今日は湖で魚が大量に釣れたんだ。よかったらもらってくれ」


そう言って村人の若い男が彼女に持っていた魚を渡すと、彼女は男が頬に赤をさすほどに綺麗な微笑みを見せた。


「ありがとうございます」


二人がそのままとりとめのない話をしていると、急にあたりが騒がしくなる。気になって二人がそちらの方向に目を向けると、騎士の様な恰好をしている男が数人と、いかにも身分の高そうな男が1人、こちらに向かてきている所だった。


 銀髪碧眼の美しいその身分の高そうな男が彼女と男の目の前で立ち止まると、その男は村人の男の方を睨みつけ、それに怯む男を見ると、彼女の方に視線を向ける。そして、男は口を開いた。


「やっと見つけることが出来た。……レイア、無事で良かった。この半年、俺は自分のふがいなさとあなたに対しての自分の酷い行いを、悔やんでも悔やみきれなかった。……だが、俺は貴方を迎えにきた。それは、やり直したいと思ったからだ。……どうか、帰ってきてほしい」


そうしてそう真摯に告げた男はレイアと呼ばれた彼女に手を差し出した。


 その手を見て、彼女は戸惑った。

そして思考を巡らせ、しばらくたった後にその手から男の瞳に目を向けて、それから首を傾げた。


「何を仰っておられるのか私にはさっぱりわかりません」


その彼女の言葉に、男はぐっとつまる。だが、それでも口を開いた。


「レイア、あなたが俺に怒りを感じている気持ちは痛いほどわかる。だから、俺に償わせてくれ」


その男の言葉に、やはり首を傾げた。彼女の態度に何か不安を感じたのか、男は眉を顰める。

その二人の様子を見ていた村人の男が、その男に向かって口を開いた。


「あなたが、半年前にリィーンを崖から落としたのか?」


その言葉に、男は反応した。


「リィーン?この娘はレイアだろう。俺が見間違える筈が無い。それに、崖から落とした……?」


不安げに彼女を見る男に対して、彼女は告げた。


「あの、大変失礼なことをお尋ねしますが、貴方様は私のお知り合いなのでしょうか?」


告げられた言葉に男は一瞬唖然とした顔をし、それから焦ったようにリィーンの肩を掴んだ。


「俺が解らないのか?2年間共に生活して居ただろう!?……俺はお前の夫のクレイスだ!」


「夫……?クレイス……?」


本当に解らないという様子でリィーンは困ったように首を傾げる。それを見て、クレイスは唖然と呟いた。


「記憶を……なくしたというのか……?崖から落ちて……?」


そんな様子の三人のところへ、もう一人男が寄ってきた。


「リィーン?何かあったのかい?」


「あ、アレン、おかえりなさい」


アレンと呼ばれた男にリィーンはクレイスが見たこともない様な笑みを見せた。その様子でクレイスは全てを察した。そうして、後悔をする。




ーーー何もかも、俺は遅かったのだ。







誤字、脱字などありましたら教えてください。


***


私個人的に、酷い男は悔やんでも悔やみきれないほどに精神的ダメージを受けるべきだと思うんですよね笑

特にこと恋愛に関しては本当にそう思います。こういう話はハッピーエンドも良いとは思うけど、ひどい扱いを受けた女の子が報われているバットエンドでも全然良いなぁとも。

結構主人公たちが可哀想な話が好きなんですよ。ひねくれてくれてますよね(苦笑)

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