名もなき二人の話
光る汗を風にとばして、
君はまた笑顔で言うの。
「私はこの世界に生まれちゃいけないひとだった」
光る涙を風にとばして、
僕はまた苦笑で言うの。
「そんなこと言っちゃいけないって話したはずだよね」
君と最後の思い出作りに、ふたりで海に行った。
呼吸の間隔が早くなる君を心配しながら。
やっと着いた海を眺めたら、君は目を細めて言った。
「私、こんな景色を見ながら死にたかったわ」
僕も目を細めながら、
「いつでも見せてあげるよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「私が死んじゃっても?」
「君は死なない」
「……ほんと?」
「ほんとさ」
そして何も言わなくなってしまった君の横顔をそっとうかがい見ると、
君は横に顔を向けて、見えないようにしてしまった。
そんな君に、もう癖になってしまった苦笑をひとつすると、小さく
「ばかね」
と言われた。
「ねぇ」
「なに?」
「私が死んだら、泣かないでね」
「君もしつこいな、君は死なないって言っただろう」
苦笑する。苦笑しながら、君が言った言葉を思い出した。
『あなたの困ったように笑う顔が好きよ』
だから癖になってしまったよ、全く。
君はそっと僕の肩に頭をもたげ、目を閉じる。
疲れたのか、と心配した僕に君は見透かしたように言う。
「大丈夫、この時をもう少し楽しみたいだけ」
君の頭の重さを感じ、君が生きていることを感じた。
「君は、こんなにも生きているのにね」
そっと君の頭を撫でると、君は軽く鼻をならした。
ふ、と君の頭が酷く重たく感じた。
慌てて君の顔を見ると、静かに目を閉じて、
息をせずに、眠っていた。
「……がんばったね、お疲れさま」
僕は涙を幾つも流しながら、それでも苦笑して、君に最後の言葉をかける。
「愛してる」