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勝負をするなら勝ちましょう 1

「エヘ」

 自分の部屋の姿見に映る僕はとても清楚な姿で素敵な笑顔を浮べていた。

「…………」

 情けない――がくりと肩を落とす。

 何が悲しくて宏隆の為に、白のブラウスに紺のブリーツスカート、そして、ストライブ柄の膝丈まであるニーソックスで足元を飾り、最後に羽織るのはトレンチコートという可愛い格好を披露しないといけないのだ。

 いやね、理由は判るよ。

 あの野球勝負の結果だからね。

 でもアレは僕の勝利だったよ!

 にもかかわず「それじゃ、由乃には一日オレとデートして貰うかな。可愛い格好でくるんだぞ」なんて言われなくてはいけないんだ。

 くそぉ! これが宏隆以外なら、見栄の為に幾らでもやるさ。

 しかし、奴は僕の正体を知ってる訳だし、いじめか! いじめなのか! 

 だから罰ゲームって言うんだよね。

 ……はぁ、行くか――

 時間は無情にも過ぎるだけ、そろそろ出ないと待ち合わせ時間に間に合わなくなる。

 そう思うと財布の入った小さなポシェットを肩に掛けて自室から出るのだった。

 変なところで僕も律儀だよね。



 約束は10時、春のポカポカ陽気の中、5分前に待ち合わせ場所の駅の改札に着くと、長身に甘いマスクをした苛めっ子、こと宏隆がすでにいて、壁に寄りかかりながらさりげなく辺りの様子を伺っていた。

 ジーンズにパーカーという気楽な格好だ。

 僕には気合入れるように言った癖に、自分はそれかとツッコミを入れたい。

 宏隆は僕に気付いたようで片手を挙げる。

 見つかったか……

 仕方ないので、こちらも手を振って合図を返した。

 そのまま近付いていき、

「お待たせ! 待った?」

 定番の挨拶をしてみる。

 居なかったから帰るという手段もあったのに、惜しかった。

「おう、30分前には居たから結構待ったぞ。ほら、由乃のことだから遅刻でもしたら速攻帰りそうだろ? 折角のデートなのにそれはあんまりだからな」

「そ、そんなことしないよ……」

 宏隆め、僕の性格をよく理解してやがる。

 内心、女の子は、「次の日と勘違いしてたの」テヘで、遅刻を24時間しても大丈夫という理屈でサボってもいいじゃとか思ってたぐらいだからね。

「だけど――」

 宏隆はそこまで言うと僕の全身を顔を上下にさせながら眺めて、右手を突き出して親指を立てた。

「流石由乃だな、めっちゃオレ好み!」

「そ、そう、良かった……」

 そんなにじっくり見ないでよ! 急激に顔が熱くなってくる。

 約束とはいえ恥かしい。

 今みたらトマトみたいになっていると思う。

「オレ結構楽しみにしてたからな。由乃が本気でお洒落してくれて結構嬉しいわ」

 宏隆は満面の笑みを浮べている。

 誉められているのはとても嬉しい。見栄王だからね。

 だけど……僕の本性を知っててよくこんな表情を浮べれるよ。

「なぁ、宏隆、わたしのことどう思ってる訳?」

 気が動転していたのだろう――油断して余計なこと迄口にしたことに気付いた時には遅かった。聞かないようにしていたのに、口から出した言葉はもう戻らないのだ。

 恥ずかしさで赤かった顔が今度は青くなり少し体が震えだした。

 遊園地の時のように、宏隆だから悪いことは言わないとは判っているけど、もし変なことを言われたら――そう考えると恐いのだ。

 口では強がっているけど、実際は結構打たれ弱かったりする。

「うん? そうだな。中身は輝だけど見た目は由乃ちゃん。この身体の持ち主の宏隆の初恋の相手でもある……正直オレも戸惑いが無いと言われたら嘘になるけど――天然になった由乃ちゃんと考えれば大いにアリじゃないか? 初めて判った時に冗談で言ったけど是非彼女にしたいぐらいだ。なんせ親友で親と居る時間より長い関係だったんだからな、でなければデートなんて誘わんって」

 その軽い言い様に、ホッとする。

 そして、宏隆は嘘を付く奴じゃないので本心なのだろう。

 彼女にしたいというところも……

 ならば僕の心は……これは正直判らない。

 宏隆のことは確かに好きだ。それは親友として一緒に育ち、気兼ねすることもない関係だったのだから今更言わなくてもいいだろう。

 ただ、男女として考えると宏隆程割り切れていない。

 由乃の気持ちを考えれば、このまま宏隆と付き合えば相思相愛になるのだろうけどね……

 はぁ、こんなの僕らしくないか。内心で溜息を付く。

 宏隆は今の僕を好意的に見てくれているんだし、信用も出来る。

 それなら、今を楽しむしかないよね。なるようになるさ。

「そかそか、わたしが好きなんだね。これだけの美少女を彼女にしたいのならば頑張らないと駄目だよ」

 僕はクルっと回ってスカートの裾を広げて下から宏隆の顔を見上げると、人の悪い笑みを浮べた。長い艶のある後ろ髪が釣られて舞う。

 さっきまで、恥かしがったり怯えていたのが嘘のように気分が軽かった。

 そもそも、僕は根が単純――

 違う! 心がピュアだからね。細かいことを考えるのは苦手なのだ!

「……そ、そうだな。まぁ、今日は楽しませてやるよ。オレは男だからな!」

 宏隆が一瞬呆けていたが、最後にはチクリと嫌味を言われた。

「むっ! 男ならちゃんとエスコートするんだぞ!」

 少し頬が強張ってしまったけど、それ程ダメージを受けてはいない。

 なんせ、宏隆は僕に惚れているのだからね。

 昔から言うよね。先に惚れた方が負けなのだ。

 やれるものなら僕を惚れさせてみろってもんだよ。



 白桜学園のある方向とは真逆の電車に乗り、この辺りでは一番大きな駅である新関駅で降りた。複数の路線が乗り入れている基幹駅でもある。

「なぁ、宏隆何処に向かっているの?」

 今日のデートは宏隆がプランを決めているので、僕は何も知らされていない。

 いい加減教えて欲しいよ。

「着いてからのお楽しみって奴だ。ホラ急ぐぞ」

 宏隆が僕の手を掴もうとしたので、軽く避けてあげた。

「…………」 

 宏隆は意表を突かれたみたいな表情を浮べたけど、僕が何? と微笑んだら、顔を顰めていた。

 初デートで手を握れるなんて甘いよね。

 そのまま、宏隆について歩くこと15分程して、1つの建物に着いた。

 パッと見た感じは普通の民家に見える。

 唯一変っているのは、二つの入り口があることぐらいだ。

「此処?」

「そう、此処だ。きっと由乃なら大喜びして、宏隆さん大好きって抱きついてくるに違いないぞ」

「ふーん。そうなんだ」

 男は妄想の生き物って言うから優しい僕はその件には触れないであげるよ。

 え? 僕もそうじゃないのかって? 

 ははは、僕みたいに出来た人間はそんな夢みたいなこと口走らないよ。

 自信満々な宏隆に背中を押されながら、1つの入り口に近付くと小さな木の看板が掛かっていた。

 白銀座、プラネタリウム。 

 その下には、大人500円 、中高生、300円、子供、無料と値段が載っており、此処が何なのかやっと把握出来た。

「嘘、こんな場所にプラネタリウムがあるの?」

「ああ、驚いたろ? オレも偶々見つけてさ、由乃が星を好きなのを知ってるから、連れてきてやろうと思った訳さ」

「うわ! 凄い! 宏隆やるじゃん!」

「そうだろそうだろ」

 宏隆は目論見通りという感じで胸を張って威張っている。

 僕と妹の名前は6月にちなんでユピテルとユノ、そのことから神話や星座が好きになり、星を眺めるのが好きになったのだ。

 小さいながらも天体望遠鏡も持っていた。

 何故過去形なのかというと、輝の部屋にはあったのだけど、由乃の部屋には存在しなかったのだ。

 なので実物とは言わないまでも、プラネタリウムで星座を見れるというのは僕にとってはとても嬉しかったりするのである。

「さっさと入ろうよ!」

「おう!」

 もう居てもたってもいられず、僕は宏隆の手を握り引っ張って中に入っていった。


   

 チリンというドアベルを鳴らしながら入り口のドアから入ると、小さなカウンターがあり、その脇にはデニムのエプロンをした髭頭の優しい目をしたオジさんが椅子に座っていた。

「いらっしゃい、うちは予約専門だけど予約の方かな?」

 僕達に気付いて立ち上がると笑顔を向けてくる。

「え?」 

 僕は興奮していたのが嘘のように冷めていくのを感じた。

 お預けを食らった猫のような気分だ。

 しょぼんと横に居る宏隆を見上げると、安心しろとばかりに僕の頭を撫でて半歩前に出た。

 そこで、今迄宏隆の手を握っていたのに気付き、慌てて離した。

 無意識にしてたけど、何してるの僕!

「はい、今日の11時からの分で予約していた直江です」

 オジサンは髭を弄りながら、カウンターの予定表を探りだす。

「直江さん……と――確かに、本日の11時から2名の予約だね。料金は先払いになるけど構わないかい?」

 顔を上げて確認してきた。

 うわ、宏隆偉い! 心の中で感謝する。

「はい、大丈夫ですよ」宏隆は頷く。

「それじゃ、高校生2名だから600円になるよ」

「判りました」

 宏隆はポケットから財布を取り出して払おうとしている。

「あ、300円だよね。わたしの分は宏隆に渡せばいいかな?」

 僕は慌ててポシェットの中から財布を引きぬいた。

「いや、別にいいって、デートの時は男が払うものだろ?」

「でも悪いよ」

 僕が渋っていると、

「ははは、こういう時は彼を立てるものだよ。ありがとうってお嬢ちゃんが笑顔を見せれば十分さ」

 オジさんが笑いながら助言した。

「ほらな、それじゃオレが払っておくからさ」

「はい、まいど」

「あ!」

 僕が止める前に、宏隆はオジさんにお金を渡してしまった。

 むぅ、そんなに気を使わなくてもいいと思うんだけどね。

 なんだか納得いかないよ。 

「ほら、言う事は?」

 宏隆がウインクなんぞをしながら僕を面白そうに見ている。

 うう、オジさんが居るからなぁ……

「あ、ありがとう――」可愛く見えるように、はにかみながら笑顔を作ってみた。

 これぐらいはサービスだよね。僕は本来サービス精神が旺盛なのだ。

 オジサンは、若いっていいねぇとか呟きながら目を細めていた。


    

 オジさんに隣の部屋に案内されると、天井が半円形になっており6台のリクライニングシートがあった。

 11時まで残り10分、僕達の他に一組の男女が居てすでにスタンバイしていた。

 僕と宏隆はその2人の邪魔にならない場所に並んで座る。

 その際に、入ってから僕のことを見惚れたようにずっと注目していた男の人が彼女と思われる人に殴られていたのがちょっと面白い。

 浮気はいけないよ浮気はね!

 ――そして、時間になり先ほどのオジサンが中に入ってくると電気が暗くなる。

 やがて天井には綺麗な音楽と共に星が映し出されていった。 

 オジさんの話は面白く、知識も豊富で退屈させない。

 しかし、15分もしたころだろうか、横の宏隆からすぅすぅという寝息が聞こえてきた。

 ……ありえない。

結局無難なところで罰ゲームはデートにしてみました。


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