チャンスが来た! 3
その後の攻防は両ピッチャーが奮闘して、最終回である5回表まで0ー0のまま進み、僕達の攻撃は既にツーアウトを取られていた。
何故このような流れになったのか――それは、うちのクラスの大熊君が頑張ったのもあるけど、宏隆が女子によるファーボール作戦を克服してしまったからだ。
その解決策は、何も女子に対しては速球等必要無く、手加減した球でも十分三振が取れるという単純なものである
相手にも智者がいるということなのだろうね。
現在は、ラストバッターの僕がバッターボックスに入るところだった。
此処で僕に順番が廻って来る辺り、運命を感じるものがある。
きっと好感度の神様が活躍しろと言っているに違いないね。
早速僕は、先制攻撃とばかりに、怯えた仕草でバットを構えてみた。
宏隆の顔に嘘臭いと書いてあるけど、怯えた女の子に投げれるものならやってみろだよね!
宏隆が構えを見せ、僕もバットを握る手に力を込めながら、今か今かとボールが来るのを待っている。
しかし、宏隆が足を振り上げて投げたボールは躊躇することのない剛速球だった。
「きゃ!」
慌てて尻餅をついて避けるのと、僕の倒れた正反対を通ったボールがキャッチャーミットに吸い込まれるのは同時だった。
「ボール!」
「「「「「ぶーーー」」」」
審判の判定と会場中の宏隆に対するブーイングが重なる。
僕はそれを聞きながら内心でほくそ笑みつつ健気に立ち上がるフリをする。
多少涙ぐむのも忘れないよ。
実際は、僕にはまるで当たりそうもない場所だったから大げさだけど、僕みたいな美少女がこんな格好をすれば、周りが味方になってくれるという計算付くの行動なのだ。
まったく、素直に手加減しないから苦労するよね。
多少汚いと言われても世の中勝利者が歴史を作ると言うし、今のままだとあんな重い球打てないんだから、勝つ為には宏隆に投げさせない雰囲気を作るしかないのである。
「大丈夫、由乃ちゃん?」
現に、宏隆のチームのキャッチャーさんが心配そうに声を掛けてくれた。
「ええ、ちょっと恐かったけど大丈夫ですぅ」
僕は、か弱く、頑張るヒロインを演じてみる。
この仕草を見せれば男なんてイチコロだよね。
「本当にゴメンね。直江の奴は頑固でさ」
「いえ、気にしないで下さい。勝負は本気でやらないと駄目ですからね」
健気に微笑むと、キャッチャーの人は感動したようにくぅと声を漏らしていた。
これで彼が剛速球を投げさせるような真似をしないだろう。
キャッチャーがサインを出すのだから、かなり楽になったね。
全ての仕込みが終わり、ジャージの埃をポンポンと払って再び宏隆と対峙した。
宏隆は明らかに頬の辺りを引き攣らせていた。
さて、宏隆くんどうするのかな? 心に余裕の出来た僕は次の投球を心待ちにする。
宏隆とキャッチャーの人が時間を掛けてサインの交換をし、渋々宏隆が1つ頷いてボールを投げた。
僕はそれを見送ると、
「ストライクゥ」
審判の声がグラウンドに響き渡った。
僕はまるで手が出ないみたいな感じでテヘっと舌を出す。
実際は、今迄の剛速球ではないので打てそうなのだが、コースが際どいから見逃しただけなのだ。
でも、今の投球でもう勝ちは決まったと判断出来る。
手加減しなくてはいけなくなった宏隆に負けるとは思えないよ。
――その後、宏隆は投げ難いのか、ボール、ボールと2球続けてしまい、カウントは1ー3になった。
通常ならファーボールでも良い場面だが、僕と勝負中の宏隆にそれは無い、次が勝負だ。
此処でバットを外野方向に示してホームラン宣言したくなるのを自重する。
余裕があるところを見せては演技がばれちゃうものね。
僕は自然体のままバットを構え、ぐぬぬと言わんばかりの宏隆が投げるのを待つ。
僕の目が笑っているのは仕方ないよね!
さぁいらっしゃい!
僕の心の声と宏隆が投じたのは一緒だった。
宏隆の投げたコースは、甘いストライクのボール。
「ふふん♪」
僕は素早くテイクバックしてボールを引き込むと金属バットを振りぬいた。
「カキーン」
腕に伝わる痺れる衝撃の後、ボールは金属バットに押し出されるようにしてぐんぐん外野に向かって飛んで行き右中間に落ちた。
「なっ!」
キャッチャーの人が驚愕しているのを横目に僕は腰まで届く黒髪を後ろに揺らしながら1塁に走りだした。
味方ベンチからは歓声が、相手側からの焦る様子を横目にベースランを加速させる。
2塁に付いた時に、ボールを拾ったのが相手チームの女子だと気付いた。
ならば――すかさず3塁に向けて走りだす。
女子の投げる球に力はない、
その間に僕は3塁に滑りこむことに成功した。
「「「「由乃ちゃん(上杉さん)すごーい!」」」
その声援に応えるように立ち上がって右手を振ると、更にワーと歓声があがった。
うう、なんですかこれ気持ちよすぎるよ! 見栄王の面目躍如だね。
宏隆に思わせぶりな視線を向けてみたら、軽く睨まれむっつりと頬を膨らませていた。
くくく、僕に勝負を挑むなんて100万年早いのだよ宏隆くん!
さて、宏隆をからかうのは一先ず置いておいて、これからどうしたものか考える。
ツーアウト3塁となったとしても、次のバッターは女子なのだ。
宏隆の球を打てるのかと言われると正直微妙である。
現にバッターボックスに入った女の子は大事な場面を迎えて緊張のあまり震えていた。
僕なら快感なのだけど、困ったものだよね。
仕方がないから僕が人肌脱いであげることにした。
決して、もっと目立ちたいからじゃないよ! でも、ふふふ。
宏隆が投球モーションに入ろうとする時に、
「リーリー♪」
大きめに塁を離れてリードをとり注意を散漫にさせることにした。
右投げの為三塁が良く見えるのだ。
所詮素人、こんな場面には慣れていない筈なので効果は抜群に違いないよね。
「くぅ!」
目障りそうな宏隆は、それでも球を投げた。
結果は「ボール!」
くくく、動揺しているね!
宏隆は僕を睨んでくる。
うわ女の子に向かってする目付きじゃないよ? 宏隆くん。
僕は含み笑いを浮かべながら、先ほど同様にリードを取った。
「リーリー♪」
宏隆が僕の行動に肩を震わせているのが良く判る。
いやぁ、思惑通りですよ!
「由乃煩い!」
「こら、直江私語禁止だぞ!」
すぐに審判に叱られた宏隆は、マウンド上でイライラしながら奥歯を噛み締めている。
忍耐力無さすぎだね。
「くすくす」僕は思わず声が漏れてしまった。
いかんいかん、可憐なヒロイン路線の為には此処で我慢しないとね。
コホンと咳払いをして、
「リーリー♪」
リードを取る。うん、効果があるなら実践しないとね。
此処でやめるなんて言葉は僕の辞書には載ってないよ!
――僕の努力の甲斐もあり宏隆は大乱調、8番、9番の女の子をファーボールに出してしまい、ツーアウト満塁になった。
そして――
試合が終了し、僕達はホームベースを挟んで整列している。
勝者は――1-B、宏隆のチームだった。
結論から言うと満塁にしたのがいけなかったのだ。
満塁にしたことにより、僕のリードを無視出来るようになってしまい、更に1番バッターが男子に代わったことで、宏隆が本来の実力を取り戻すきっかけを与えてしまったのだ。
その結果、1番の男子はあっけなく抑えられて終了した。
残された5回の裏の1-Bの攻撃だが――これも淡白に終わった。
そこで、この試合は球技大会の為、0-0で引き分けという訳にもいかず勝者はジャンケンで決めるという特別ルールが持ち上がる。
僕らの代表は勿論――僕、ではなくて奈菜ちゃん。
なんとなく運が強そうだからだ。
相手は、宏隆だった。
僕が出てくると思ったらしい。
宏隆の執念と奈菜ちゃんのロリパワーがぶつかったのだが、奈菜ちゃんの善戦虚しく勝負は宏隆に軍配が上がってしまった。
まぁ、ジャンケンだからそれも仕方がないだろう――
しかし、此処で疑問が沸いてくる。
さっきから、僕を見る宏隆の顔が緩みまくっているのだ。
僕と宏隆の勝負は圧勝で僕なのにどういうことなのだろうか?
負けて頭がおかしくなったとしか考えられないね。
お互いに礼をして、解散すると、
「おーい、由乃ちょっとこっちこーい」
早速宏隆が僕を呼び止めた。
僕も宏隆に奢ってもらうものを相談する必要があるから、ほいほいとそちらに向かう。
宏隆は目立つところで交渉する気はないらしく、皆から少し離れたところまで僕を連れていった。
「さて、由乃は何をしてくれるのかな?」整った顔を業とらしく崩してにニヤけている。
やっぱり、おかしい――
「勝ったのはわたしなのに、なんで宏隆に何かしないといけないのかな?」
「はぁ? どうみてもうちのクラスが勝っただろうが? トーナメント表を見なくても判るだろ?」
「いやいやいや、だって宏隆にわたしは2打数1安打、それもスリーベースヒットだよ。守備でも宏隆の打球を捕ったわたしの勝ちだよね?」
うん、間違いないよ。
「そんなの知らんぞ。オレはチームの勝負をしてたのだ、でなければピッチャーなんて疲れることをする訳がないだろうが」宏隆はさも当然とばかりに頷いている。
「ええええええ、そんなの聞いてないよ!」
「いいや、言いました。そして、オレのチームが勝った、結果が全てだよな」
「いや、え、うそ、そんな~~!」
「で、何をしてくれるんだ?」
「う……」
どうしよう……由乃ちゃんピンチです。
球技大会編終了! 次回、由乃の罰ゲームは……




