起きたらお兄ちゃんでした!
朝起きたらお兄ちゃんになっていました。
……呆然としたけど、頭の中にはお兄ちゃんの記憶があり、特に不自由はなさそうなのは安心した。
しかし、感情的には納得いかず、阿鼻叫喚することになる。
これからどうしよう、と悩んでる間にも時は無情に流れていく。
その結果、お兄ちゃんを演じると決めるのにそう時間は掛からなかった。
覚悟を決めると、新鮮さを感じた。
筋肉質で力強い体、身長も私より高く普段より上から見る景色も面白い。
下半身の間に、変なものがある気がするけど、それは……
うん、気にしないことにしよう――恥かしいから。
そう羞恥を誤魔化している時だった。
「輝、今日お前の当番だろうが! 早く作れよ!」
部屋の外からはお父さんの怒鳴り声が聞こえた。
今の光景を見られてなくてホッとする。まだ顔が少し赤いよ。
それにしてもお父さん。
私に大しては甘いぐらいだったのに、この反応は意外だよ。
お兄ちゃん苦労してたんだね。
私は言われるままに部屋から出て、リビングに顔を出した。
我が家はリビングからキッチンに入るので、必然的行為とも言える。
部屋の間取りはまるで変ってないのもありがたかった。
本当に、私とお兄ちゃんが入れ替わっただけなんだと実感する。
「輝! 今日は急ぐって言ってただろ! 早くしろよ!」
お父さんは私に気付いたみたいで、新聞を片手に持ちながら文句を言ってきた。
「あ、うん。すぐ作るから待っててね」
その瞬間お父さんに変な顔された。
「妙に今日は素直だな? 何か悪いモノでも食べたのか?」
「そ、そんなことないよ。気のせいじゃないかな?」
確かにお兄ちゃんの話し方や、態度は違うと思い出す。
急に変ったら怪訝な顔をされるのは当然だと反省することにした。
「ま、いっか、早く作ってくれ」
「あいあいさー」
こんな感じかな? 普段とは違う話し方に少し恥かしかった。
私が朝食を作ると、お父さんは素早く食べ終えて出掛けていった。
どうやら今日は大事な発表会があるらしい。
さて、一人になった私はこれからどうするか考える。
運がいいのか卒業休みな訳だし、特に強制的に出掛けないといけないことも無いのだ。
それで、気付いてしまう。
私が行きたかった白桜学園付属高校にはもう通えないのだ。
お母さんと一緒のフレイヤになるのがひそかな夢だっただけに、寂しい気持ちになってくる。
でも、お兄ちゃんになった今、フレイヤなんてなれる訳が無いのだから諦めるしかない。
元々私の性格では無理そうだったしね。
お兄ちゃんみたいに明るく見栄っぱりならなれただろうと思うと少し羨ましいよ。
時間が出来たので、お兄ちゃんの部屋を物色することにした。
心の中で輝お兄ちゃんにゴメンなさいと謝る。
誰にでもプライベートがあるからね。
お兄ちゃんの部屋は、男の部屋らしく全体的にブルーの配色をした部屋だ。
小物とかも置いてなくて、可愛くない。
私の趣味的にはイマイチだけど、普通の男子ならこれが当たり前なんだろう。
はぁ……でも何でお兄ちゃんになったんだろ? さっぱり判らないよ。
そう溜息を付いた時だった。
玄関脇にある電話がなったので、慌てて取りに向かうことにした。
着信を見ても携帯というのだけは理解出来るけど誰からは判らなかった。
重要な用事かもしれないと思い、電話に出ることにする。
「はい、上杉です」
少しノイズが聞こえた後、
「あ、その声は輝か? 今大丈夫かぁ?」
低い男の声が聞こえ、親しげな感じが伝わってくる。
「あ、うん。大丈夫だけど……」
誰だろうと考えながら、無難な返事を返しておく。
「そかそか、今日これから暇か?」
「暇といえば暇だけど、どうしたんだ?」
「いやさ、ちょっと大事な相談があるんだわ。てか、輝もいい加減携帯ぐらい買ってもらえよな。家に電話するのめんどいんだが」
え? お兄ちゃん携帯持ってなかったんだ。
言われた私が驚いた。
そして、記憶を探ると何度も交渉して断られているのを思い出す。
私は中学に入ってすぐ、危ないからって持たせてもらったのに、お兄ちゃん不憫だ……
「そ、そうは言うけどさ、父さん買ってくれないんだから仕方ないだろ」
「はぁ……まぁいいわ、まさか親友である俺のお願いを聞かないって事は無いんだろ?」
親友? 胸がドクンと高鳴った。お兄ちゃんの親友と言えば一人しかない。
宏隆さんだ。私は恥かしくて声を掛けれなかったのに、お兄ちゃんは一番の友達になっていた。
不公平だよ! でも、これからは一緒に居られるのか、えへへと顔がにやけてしまう。
「ああ、問題ないよ。どうしたんだ?」
声が上ずらないように注意する。
「そだな、とりあえず。お前の家にすぐ行くから、そこで話すわ」
「了解」
そこで電話は切れた。
はぅ、宏隆さんが家に来るなんて!
幸せすぎるよ。
……何か準備でもしといた方がいいのかな?
でも、お兄ちゃんそんなことしなそうだし――
とりあえず、飲み物ぐらいならいいよね?
まだ3月だし外は寒いのを考慮して、暖かい紅茶を入れて待つことにした。
しかし、予定外なことが起きる。
私が紅茶党だからいつも用意してあったのに、お兄ちゃんとお父さんはコーヒー党だったのだ。
うー、渋々コーヒーを用意することにした。
後で絶対、紅茶を買うことを誓う。
お湯を沸かし、インスタントコーヒーを入れていると、
「ピンポーン」
丁度良くチャイムの音が鳴った。
緊張しながら、玄関のドアを開ける。
そこには、憧れの宏隆さんが笑顔を浮べていた。
急いできたのか少し息を切らせている。
いつ見てもかっこいいよ……
「いらっしゃい」
「お邪魔するぞー。何か良い匂いがするな?」
宏隆君は鼻をクンクンさせている。
「あ、うん、コーヒー入れてたんだ。飲むでしょ?」
「おう、気が利くな。それじゃお邪魔します」
「先に部屋いってて」
「あいよー」
宏隆さんは勝手知ったる家という感じで、私の部屋に進んでいく。
それを見送りながら、私はコーヒーをトレイに持って自分の部屋に向かった。
宏隆さんは小さなテーブルの横にあるクッションに腰掛けていた。
私は、テーブルの上にコーヒーを2つ置き、対岸のクッションに座ってコーヒーを勧める。
「どうぞ!」
「おう、ありがとう」
宏隆さんはお礼を言うと、カップを口に含み、
「うん、美味いな」
ふぅっと息を吐いた。
「それで、何しに来たの?」
「実はな……」
私が尋ねると宏隆さんは神妙な顔をして、次の言葉を話すのを躊躇している。
「どうしたの?」
私の方が内心困った状態なので、それどころじゃないというのが本音だけど。
「あ、うん、そうだな。言わないと判らないよな……」
「うん。遠慮せず言ってよ」
「…………」
少し時間が経ち、宏隆さんが目をつむり奥歯を強く噛んで何かを堪えるようにした後、決意をしたように目を開いた。
「オレが、もし別の宏隆だって言ったら、輝は信じてくれるか?」
その宏隆さんの言葉に、思わず驚愕してしまう。
「いや、そうなるわな……ゴメン、聞かなかったことにしてくれ」
私の表情を見ていた宏隆さんが、自嘲するように言った。
「あ、別に違うの。宏隆さんのせいじゃなくって――」
ハッとして手で口を押さえた。慌てていた為に自分の口調で話してしまったのだ。
今度は、宏隆さんが驚いたように目を丸くしている。
「宏隆さん? 輝がそんな風に言うとは、まさか!」
ビクッとして肩を震わした。こんな簡単に墓穴を掘るとは……戻れるならさっきの私に文句を言いたいよ。
「いや、悪い、驚かす気は無かったんだ。もしかして、オレと同じなのかと思っただけなんだ。こうなったらハッキリ言うが――オレは輝の知ってる宏隆じゃない。この見た目で言っても信じて貰えないかもしれないが、親友の輝にはいずれバレると思うんだ。だから、今日告白しに来たんだ」
私は冷静に宏隆さんの台詞を反芻していた。
そして、私と同じことが起きてるんじゃないかと結論が出てしまう。
というよりそれ以外説明出来ない。
「宏隆さん告白してくれてありがとう――実は、私もそうなんです。朝起きたら輝お兄ちゃんになってたのです。私の本当の名前は由乃って言います」
「由乃ちゃん!?」宏隆さんは先ほどよりも大きな声を出して驚いている。
「そうです。知らないですよね……」
「いやいやいや、オレと同じクラスの上杉由乃ちゃんだよね?」
「はい、って! 私の知ってる宏隆さんなんですか? あ、さっきから名前で……すいません」
「どちらかと言えばそっちの方が嬉しい。じゃ……なくて、はぁツマリは同士ってことか……」
「そうみたいですね……」
でも、こんな状況に一人だけじゃなくてホッとする。
それも、憧れの宏隆さんと……
「なんなんだろうなこれ……」
「本当に判りません」
お互い苦笑いを浮べるしかなかった。
それから1カ月後、今日も宏隆さんは私の部屋に遊びに来ていた。
「なんかオレって報われない気がする」宏隆さんがやりきれない顔をして呟いた。
「そうかな? 僕は結構楽しいけどね」私はクスリと笑う。
「だってさ、オレの初恋がこんな形で壊されるとは思ってもみなかったもんな」
「うーん。僕だってそうだよ。でもね、親友ならずっと一緒に遊べるし、僕はこれはこれで良かったと思うんだよね」
実際、女の子のままなら宏隆君と仲良くなれていた自信だってないのだ。
それなら、輝お兄ちゃんには悪いけど、このままでもいいかもしれない。
なんて考えたら罰が当たるのかな……
丁度キリが良い処ですので、前々から書こうと思っていた番外編、由乃視点を書いてみました。
もうちょっと内気な少女にしようとしたのですが、まぁ作者が書くとこうなってしまうらしいですw