姉妹!
放課後に裏庭で待ち合わせることが決まり、僕と京香さん、それに宏隆の三人は途中で合流して向かうこととなった。
裏庭は小さな広場となっており、中央の大きな桜の木を囲むようにして複数のベンチが置かれている。これが4月の初めなら満開の桜を見れたかと思うと残念だ。
時間的に人の気配が無く、まだ相手である柿崎姉妹の姿を見ることが出来なかった。
とりあえず、僕達はそこにある一つのベンチに座って待つことにした。
「いやー。これが両手に華って奴か、オレってばモテ気が来たのかもしれないな」
宏隆がご満悦という表情だ。
妙に真中に座りたがった理由がこれなのだから開いた口が塞がらない。
「宏隆君は、華より砂遊びだろうから、その辺で山でも作ってればいいんじゃないかな?」
「へー、直江君って案外子供っぽいのね」
僕の冗談を真に受けた京香さんがクスリと笑った。
「真ん中をくり貫いて水を流すのがロマンだよな――って、何が悲しくてそんなことしないといけないんだ!」
「あら違うの? ――危うく由乃さんに騙されるところだったわ」京香さんが眼鏡を弄りながら軽く僕を睨む。
「いやでもね。京香さんは知らないだろうけど、宏隆君って砂場の帝王と呼ばれてたんだよ。毎日泥だらけになるから、バリアを張らないといけないぐらいだったのだから」
「そうなんだ。でもそのバリアって何なの?」
「透明バリアのことだね。宏隆に触れられると、宏隆菌が移るから緊急避難用に有効的だったのさ」
「あー! あったわねそんなの。玲もそんな感じなことしてたわ」京香さんがポンと手を叩いた。
「そうなの?」
確かに玲なら男の子に混じって暴れていたようなき気がする。
思わず想像して噴出しそうになった。
「て、由乃だって人の事言えないよな」
宏隆が慌てて言い直したの気付いた。
輝と言いそうになったな!
「へー、どんなことかなぁ?」
目に力を込めてミスったら許さないと訴える。
「す、滑り台の主と言われてたじゃないか」
「わたしが? 宏隆君、まだ若いのに可哀想。ボケるのは早過ぎると思うんだ」
確かに僕はそうだったが、由乃がする訳ないんだよ。
「いや、でもさ、『ふはは、下民共が我を見上げて命乞いしてるわ』とか言って覇王ごっことかしたじゃないか」
だ、か、ら、それは輝であって由乃じゃない。僕の好感度が下がるじゃないか!
「あはは、宏隆君は冗談が上手いね。わ、た、し、がそんなことする訳無い、よ、ね? 」笑顔を浮べて、京香さんの死角から宏隆のお尻辺りを抓った。
「うっ――す、すまん冗談だ……お、面白かった、か? ははははは」
宏隆はその攻撃でやっと僕の言いたいことを理解したらしく、乾いた声を出している。
顔を歪めただけで大声を出さなかったのは誉めてやろう。
「まぁまぁ、どっちでもいいわよそんなこと、2人が本当に仲が良いってことは判ったからね」京香さんがニヤニヤ人の悪い顔をしている。
これは拙い、軌道修正しとかないと――
「うーん。仲が良いというよりは、腐れ縁って感じだよ?」
「……そうだなぁ、一番気が合うのは確かだと思う」
宏隆――その表現微妙。一応僕は女子な訳だから一番好きなのはお前だ! みたいに聞こえるじゃないか。
現に京香さんの顔が人が悪いから極悪にパワーアップしているよ。
はぁ……どうしたもんだろね。
そう溜息をついていると、コツコツと地面を鳴らして小柄な人物が走ってくるのが見えた。
ツインテールですぐに誰だか気付く、亜美ちゃんだ。
亜美ちゃんはその勢いのまま近付いてくると、体を投げ出し、僕の脇の下から手を回して抱きついてきた。
「お姉さま!」
「うわっ!」
「え?」
宏隆、京香さんの驚く声が聞こえる。
僕はというと、いきなりの出来事に目を白黒させていた。そして、我に返る。
「ちょっと、亜美ちゃん苦しいって」力を入れようとしても、座った体勢と脇の下に手を入れられてしまった為力が出せない。まさか、昼間の件で外せない形を学んだのか!
「お姉さま、良い匂いですー」その間も、亜美ちゃんはクンクンと僕の髪に鼻を押し当てて匂いを嗅いでいた。
ちょっと! ……顔が赤くなってくる。
人前で自分の体臭を喜ばれるなんて羞恥としか言い様が無い。
「止めなさいっ……て」
「お姉さま、首も綺麗!」亜美ちゃんは今度は顔を首筋にスリスリしてきた。
「ひゃん……」
こ、これは拙い。
助けてと横に座っている宏隆に視線を送った。
宏隆はすぐに僕の意図を察知してくれたようで、右手の親指を立ててくれる。
流石親友だ、信じてる!
「じゃー、オレも由乃の髪を堪能させてもらうかな」
……そうじゃないだろ! 宏隆に期待した僕が馬鹿だった。
というか、何でお前もなんだよ!
しかし、これが予想外の結果を産む。
「はぁ? お姉さまの体は私だけのものよ。汚い手で触れないでくれる?」
亜美ちゃんの注意が宏隆に向いたのだ。
「おいおい、オレの手の何処が汚れてるっていうんだ! 失礼な奴だな」
「確か、宏隆菌とか由乃さんも言ってたような?」京香さんがボソッと呟いた。
どっちの味方なの京香さん……
ここは宏隆に協力して僕を開放させて欲しいのに。
「ほら、お姉さま本人も言ってます。ばい菌はシッシです。さっさと立ち上がって他の場所に移動しなさい。お姉さまの横の席は私のものなのよ!」
「なんでお前のモノなんだ。先着順だろうが!」
……段々と2人がヒートアップしてきた。
だが、僕にとっては大チャンスが到来したようなものだろう。
この隙に首に回されてる手を――って、離れない。
どんだけ、強く握ってるの!
その時だった。
「あっ!」
「うぐぅ!」
京香さんの何かに気づいた声と、亜美ちゃんのくぐもった悲鳴が重なった。
更に、僕の拘束が解けていく。
何が起きたのか把握しようとすると、
「亜美、人様に迷惑をかけては駄目といつも言ってるだろ?」
背の高い美女が、器用に亜美ちゃんの両ツインテールを後ろに引っ張っている姿が見えた。
全く気配を感じさせなかったことに驚く。
「痛いってば裕美姉。どうしてそう暴力性なの、サイアクだよ!」
亜美ちゃんは振り返りもせず文句を言う。
それにより正体が判った。
この人がフレイヤなのか……
凛とした大人の女性という雰囲気で、ショートカットが良く似合う、女子に大層人気が出そうな容姿の持ち主だった。
「亜美が迷惑をかけているからだろ。文句あるのか?」
「そうやって、すぐ脅す!」
「脅すとは聞き捨てならないな。そもそも……」
その後、姉妹喧嘩が5分ぐらい続いた。
「すまない。見苦しい処を見せてしまったね」
やっと落ち着いたようで、柿崎先輩が僕達に照れ笑いを浮べている。
一方の亜美ちゃんは、ぷーっと頬を膨らましてまだ不満そうだった。
「「「いえ、とんでもないです」」」
慌てて僕達が立ち上がろうすると、柿崎先輩に手で止められた。
「そのままで。今日は私の用で来てもらったのだから、このまま話を聞いて下さい」
上級生にそうまで言われては従うしかなく、僕達は再びベンチに腰を下ろす。
そして、タイミングを見計らったようにして、
「先日は、うちの愚妹がお世話になったようで、本当にありがとうございました」
柿崎先輩は深く頭を下げた。
「そんな、大したことはしてません。それに、亜美ちゃんからお礼は何度も言われました。柿崎先輩、どうか頭を上げて下さい」
「そうですよ。オレなんて後ろから小突いただけですし、何もしてないようなものです」
「私も口を出したはいいものの、逆に由乃さん達に助けられたぐらいですから」
三種三様にして柿崎先輩を宥める。
「そうですか、そう言って貰えると助かります。君達は謙虚なんだね」柿崎先輩は顔を上げると、ホッとした表情を浮べた。
「だから言ったじゃないの! 裕美姉はおせっかいなんだよ!」
ここぞとばかりに亜美ちゃんが文句を言う。
「そうは言うがな……」
「だから、なんでそこで素直に納得しないの!」
まぁ、普段の亜美ちゃんの行動を見てると柿崎先輩が心配になる気持ちは良く判る。
しかし、この時僕はこれがフレイアになる人なのかと関心していた。
妹の為とはいえ、こうも簡単に年下の者に頭を下げることが出来る人は少ないだろう。
それを何の問題も無くしてみせるのだ。自分の中で何か芯が一本通っているに違いない。
「はいはい、亜美ちゃんも落ち着いてね。心配してくれる良いお姉さんじゃないの」
「むぅ、由乃お姉さまが言うなら…・・・仕方ないです」
「ちょっと待て。なんで私が裕美姉で、上杉さんが由乃お姉さまなんだ? それなら私も裕美お姉さまと呼ぶのが筋だろう?」
僕の意見でやっと亜美ちゃんが納得してくれたと思ったら、今度は柿崎先輩から不満の声が上がった。それも、どうでもいいような理由で。
「ふん、裕美姉は、裕美姉で十分なんだよ。由乃お姉さまは、可愛いし、強いし、頭も良くて、とにかく素敵なんだから。裕美姉なんてただ暴力性なだけじゃない」
「なんか酷い言われようだな。でも、確かに……」
柿崎先輩が僕を上下にジーっと見ている。
「あの、何か?」少し怯えた声を出してしまった。
だって、亜美ちゃんと姉妹だし、抱きついてくるかもしれないよね?
「ああ、失敬、そう怯えないでくれ。上杉さんは可愛いなと思ってな」
柿崎先輩はうんうん頷いている。
何の説明にもなってないような、ってあれ?
「あの、そういえば、まだ自己紹介をしてないのに、何故私の名前を知ってるのですか?」
「そういえばそうだった。これは恥かしい真似を。実は以前から知ってはいたのさ。その容姿で目立っていたのもあるが、伝説の織田弥生さんの一人娘だからな」
「あ……そういうことですか。わたしは自分から言ったことは無いのですけど、何処から漏れたのでしょう?」
苗字も違うし、普通なら気付く訳ないよね。
「いや、そう警戒しないでくれ、実はうちの担任の先生から教わったんだ。私がフレイヤだから特別だと思う」
「……なるほど」
いずればバレルとは思っていたけど、そんな落ちがあったのか。
伝説のフレイヤの娘、これ利用すればもっと早く好感度を上げれただろう……
でも、どうせなら親の七光りじゃなくて、実力でフレイヤになりたいから黙っていたのだ。
それが見栄王の矜持って奴だもん。
「ねー。その由乃お姉さまのお母様、織田弥生さんってどんな方なの?」
亜美ちゃんは知らなかったのだろう、柿崎先輩に尋ねている。
京香さんも興味津々という感じで、顔を柿崎先輩に向けていた。
「あれ? てっきり由乃お姉さまとか呼んでるぐらいだから知ってると思ったが……亜美知らなかったのか? うちの学校で唯一3年連続でフレイヤになった女性だ」
「「「えええ!」」」
亜美ちゃん、京香さんは判るけど、なんで宏隆まで驚く!
お前には全部話してるだろうが!
フレイヤ、カッコイイ系お姉さまにしてみました。
天然キャラは由乃一人で十分ですよね……