お姉さま!
抱きついてきたツインテールの女の子は柿崎さんだった。
そう、夢のねずみ王国で助けた1ーBの美少女である。
「ええと……柿崎さんどうしたの?」
まだ僕の肩に頭を乗せ、腰の辺りに手を回してる柿崎さんに優しく尋ねた。
柿崎さんは僕と見詰め合う体制まで顔を離すと不満そうな表情をする。
その際にツインテールが揺れてシャンプーの良い香りが漂ってきた。
「お姉さま。そんな他人行儀じゃ嫌です! 亜美と呼んでください!」
「……それなら亜美ちゃんと呼ぶね。あと、そろそろ放して欲しいんだけど……」
「お姉さま嬉しい。これで私達の絆が一つ縮まりましたわ!」
亜美ちゃんに逆に力を込められた。
今度は、顔を胸に押し付けられている……
女の子だからありなのかな? いや、そんな訳ないだろ!
「判った、判ったから、この格好だと話し辛いからね!」
亜美ちゃんの顔を、両手で胸から引き剥がして説得する。
「うぅ……お姉さまがそこまで言うなら――」
亜美ちゃんはそう言って渋々だけど開放してくれた。
まだ諦め切れないないような目をしている。
何故か背筋から嫌な汗が……
男なら可愛い女子に抱きつかれるのは、羨望の眼差しを受ける行為に違いない。しかし、今僕は同性な訳だし変に思われるだけだよね。現にお昼休みの廊下には複数の生徒が居て、僕達のことを興味深く見ているのだから油断出来ないのだ。
「そ、それで、何の用があるの?」
とりあえず本来の目的を聞いておかないとね。
「はい、実はお姉さまにこの間のお礼を言いに来たのです!」
「ああ、あの件は気にしないでいいって言ったじゃない」
「そんな訳にはいきません。あのお姉さまの勇姿! 今でも私の目に焼きついているんです。夢で見た王子様なんですから!」
お、う、じ、さま? 僕女の子だよね?
「それなら京香さんや宏隆君も協力してくれたし、宏隆君は男だから向こうの方が王子様に似合うんじゃない?」
自分で言って笑いそうになる。顔に出さなかった僕GJだね。
宏隆は確かに見た目格好いいけど、アレが王子様なら世の王子様に失礼だもん。
「直江君にも感謝してはいます。ですが彼は男、男なんて危険な生き物なんですよ! それに、本庄さんを助けたのがお姉さまじゃないですか――美しいだけでなく、強くて知性も兼ね備えた持ち主、理想の王子様なのです!」亜美ちゃんの目が夢見る乙女になっている。
うわ、なんだこの熱い視線は――
そうか! 玲だ玲に似てるんだ。この娘もソッチなの?
これはマズイね……
「あはは、そんなにおだてないでよ。それと、さっきから気になってたけど、そのお姉さまってわたしのことなの?」
「勿論です! 由乃お姉さま以外いません!」
「そうなんだ……出来れば、由乃だけの方が嬉しいんだけどね」
「判りました。お姉さまとお呼びしますね」
「由乃……」
「お姉さま」
「上杉……」
「お姉さま」
「宏隆君……」
「獣!」
「由乃ちゃん……」
「お姉さま」
「京香さん」
「ノーコメント」
うわ、ちゃんと反応したよ。てか『ノーコメント』って……
サドとか女王様とかは流石に恩人だけあって言えなかったのかな?
そして、意地でもお姉さまから変えないのか……
「うーん。亜美ちゃんとわたしって同い年じゃない。お姉さまって表現は変だと思うけど」
「私は気にしませんわ。由乃お姉さまは、お姉さまなのです!」
むぅ……何を言っても聞いてくれそうにないね。
もうあれだ――時間が全てを解決してくれるに違いない。諦めも必要だよ……
そもそも、女になった僕なんだから、この程度大したことないと信じたい。
「はぁ……亜美ちゃんには負けたよ。好きに呼んで」
「ありがとお姉さま。大好きです!」
「おっと!」
亜美ちゃんが素早く抱きついてこようとしたので、その頭を素早く右手で押さえた。
ツインテールが振り子のようにブンブン揺れて見た目的に結構面白い。
「お姉さま酷いです! そのお姉さまの柔らかい胸を堪能させてください!」
亜美ちゃんが頬をぷーっと膨らましている。
「いやいや、堪能とか無いからね」右手は亜美ちゃんの頭を抑えたまま、左手で胸を隠すように防御する。ちょっと顔が赤くなってしまった……表現が直接的過ぎるよ!
「お姉さまの、胸は私のモノなのです!」
何故に!
「わたしの胸はわたしのモノだからね」
「なら、私とお姉さまのモノにしましょう!」
「わたしだけのモノだからね」
「むー。でも、そんな冷たいお姉さまも素敵です!」
おかしい、最初見た時は大人しい感じの娘だと思ってたのに、あれはひょっとして気のせい? まさか男が近くに居たからだったなんてことでは――今の状況を見るにあり得るかも……
世の中不思議がいっぱいだよ。
「ええと、それじゃ用件は済んだのかな?」
うん、これは逃げるが勝ちだね。
「あ、お姉さまが余りに可愛いから忘れるところでした。実は、うちの姉が改めてお礼をしたいと言ってまして、都合の良い時間を尋ねるように言われてたのです」
「え! ぼ、わたし以外にも居るの!」
予想外の発言に危うく僕と言いそうになったってば!
「あはは、実の姉のことですよ。柿崎 裕美って聞いたことありませんか?」
どこかで聞いたことがあるような……あ!
「ひょっとして、本年度フレイヤの柿崎先輩のこと?」
「ええ、その裕美姉のことです。場所と時間は何処でも構いませんので、良かったら会ってやって欲しいんです。会わせろ会わせろしつこいので、実はお姉さまの教室に押しかけようとしてたのを留めている状況なんですよ。一回会って貰えれば収まると思いますから、無理でしょうか? 本当は由乃お姉さまと2人だけの方がいいのに……」
最後のは聞かなかったことにしよう。
でも、次のフレイヤを狙ってる僕的には会って損は無いね。
というより、プラスの部分が多いに違いない。
「うん、別にわたしは構わないけど、それなら、宏隆君と京香さんも一緒の方が良いのかな?」
「ああ、そうですね。一緒の方が良いかもしれません」
「了解、京香さん達の都合を聞いてみないと判らないから、そだね、後で連絡するよ」
「判りました。それで、その……」
亜美ちゃんが言い辛そうにモジモジしている。
「どうしたの?」
「ええとですね――け、携帯のアドレスを教えて欲しいのです!」
「あっそんなこと、ちょっと待ってね」
スカートからスマフォを取り出して赤外線を飛ばしてあげると、亜美ちゃんはデコレーションのされた携帯を握り締め、「ピロリン」と無事完了の音がなったのを聞き満面の笑みを浮べた。
「わーい。これで無事姉妹になれましたね!」
「えーと、アドレス交換しただけだよね?」
「姉妹ですよ!」
「メル友かな?」
「姉妹なのです!」
「ケータイ友達?」
「姉妹と決ってます!」
「姉妹?」
「そうなのです!」
うん、凄い反射神経だね。この思い込みの強さはある意味才能かもしれない。
その後、お昼休みも少なくなってきたので別れることとなる。
ご飯をまだ食べていないから仕方が無い。
亜美ちゃんが「一緒に食べましょう!」と言ってくれたけど、京香さん達の時間を聞いてみるからという理由で断った。
あの亜美ちゃんが居たら、僕が百合と間違われるかもしれないしね。
女子票的にはそれもアリだけど、男子票的にはマイナスだと思うし。
しかし、情けは人の為ならずとは良く言ったもので、人助けはしとくものだね。
フレイヤと知り合いになれたなら、僕の好感度アップに大きな助けになるだろう。
野望に一歩近付いたよ!
本年度のフレイヤの正体が……
これぞ、芋づる式ですね。
連載前から用意しといたキャラなのに、中々出せずに苦労しました。