昔の話題は楽しいもの
「宏隆には特別指令があるから、頑張ってね!」
「はぁ? 何でオレが――」
現在、宏隆と登校してる最中だ。小春日和の風が心地よく、僕達が歩いてる歩道には白桜学園の生徒をチラホラ見かけることが出来た。
それにしても、もっと前から宏隆が同じ学校と気付いていれば更に好感度アップさせることが出来た筈。今からでも頑張ってもらわないとね。
「初恋の由乃ちゃんのお願いなんだから聞いてよね」
「いや、そうなんだけどさ、何か由乃の見栄を満足させるだけな気がする」
「違うって! 妹の夢を叶える為に僕が頑張ってるの」
「そうなんだろけどさ、オレの予想だと7:3で由乃の趣味な気がするんだが」
むむむ、さすが親友だけあって僕のことを把握してるな。
「別にいいじゃない。結局は同じ結果になるんだしさ」
「――たく……しゃーねーなぁ。ヒロイン、ええと……フレイヤだっけ? それになる為にオレは何をすればいいんだ?」
宏隆はやっと納得したようだ。強い味方が出来たね。
「ええとね。1-Bで僕の魅力を広めてよ。例えば――由乃ちゃんって可愛いとか、素敵、彼女になりたい、みたいな感じ? 宏隆には女性票は期待してないから、男性票を任せたよ!」
「うわ、あざといこと考えてるな。てか由乃はオレのクラスでも十分有名だぞ?」
「おお! さすが僕、内から迸る美しさにみんなイチコロなのか」
「ええとな。見た目もあるだろうが、天然っぽくて見てて和むみたいな意見が多いかもしれない」
天然……何処までも僕に付きまとうのか。
「昔っから天然とか言われるけど、そんなにかなぁ? 僕的には知的でクールが似合うと思うんだけど」
宏隆は右手を顎の下に持ってくる。
「うーん。ぶっちゃけ天然以外の何者でもないんじゃね?」
「……しくしく、いいんだ――って、それを踏まえると、僕は何も考えないで普通にしてる方が人気でるのかな?」
「どうだろう。でも由乃ってさ、昔から訳の判らない間に周りから好かれるんだよな。あれは一種の才能だと思うぞ」
「嬉しいような、嬉しくないような微妙な表現だな……まぁそれは判ったけど、頑張って僕の魅力を広めてくれたまえ宏隆君」
「それって人にモノを頼む態度か?」
「宏隆だから言えるのさ。気を使わないって楽だなぁ」
「たく、貸しだからな」宏隆が苦笑しながらヤレヤレと首を振っている。
口では文句言うけど、宏隆は優しいから絶対やってくれるけどね。
下駄箱で宏隆と別れ教室に向かう。
1-Cの教室に入ると、京香さんと奈菜ちゃんが席に座っていた。玲はいつものように遅刻寸前だろう。
通り道の京香さんに挨拶をして、奈菜ちゃんの後ろの自分の席に鞄を机の横に掛けて座った。
すると、すぐに奈菜ちゃんが僕の方を振り返り人の悪い顔をした。
「由乃ちゃん見たですの!」
「何を見たですの?」
「あー。すぐ由乃ちゃんはですの言うですの!」
「あはは、奈菜ちゃんに会ったら1日1回は言わないといけないでしょ?」
「そんな必要無いですの!」
「はいはい、それで、鏡に映る小人さんでも見たの?」
「……さりげなく奈菜のことを苛めてる気がするですの」
「そうかなぁ? 小さい奈菜ちゃんは可愛いけどねぇ」頭をぽんぽん叩く。
「子供扱いしちゃ嫌ですの! それより、さっきの件を教えてですの!」
奈菜ちゃんは僕の手を頭からどかしながら、ガシっとその手を握ってきた。
まるで逃がさないとでも言うようだ。
「さっきって何だろ? ラブレターの件?」
「由乃ちゃん又貰ったですの?」
「うんうん。今日は2通だったよ」
「相変わらず由乃ちゃんはモテルですの」
「そうでも無いけどね。誠意を込めて書いてくれたものだから、捨てれなくて大変なんだよ」
「それよりですの! 今朝一緒に来た男子が噂の彼氏ですの?」
奈菜ちゃんの声に周りの黒い人達が急にピクリと体を振るわせた。聞き耳を立ててるのがすぐ判る。
何を緊張してるんだろね。
といっても、別に彼氏でもなんでもないんだから安心してもらうことにしよう。
アイドルは彼氏を作ってはいけないらしいし、男性票は重要だよ!
そもそも、男と付き合う気なんてこれっぽっちもないしね。
「今朝一緒って事は、宏隆君のことかな?」
「そういう名前ですの?」奈菜ちゃんに逆に聞かれた。
「それ以外思いつかないけどね。宏隆君とは小学校からの幼馴染だよ。家も近くだし、偶々同じ電車だったから一緒に来ただけだよ」
奈菜ちゃんがすごい残念そうな顔をしている。
「ツマラナイですの。由乃ちゃんに彼氏さんが出来たって京香さんから聞いてたですのに……」
「へぇ……そうなんだぁ?」ジトーっと京香さんの方を見ると、僕の視線を感じたらしい京香さんが慌てて教室の外に出ていった。
どうみても逃げたね。助けてあげたのに恩知らずだよ!
一方周りの黒い人達も胸をホッと撫で下ろしてるみたいだ。
うん、この反応はこれで面白いね。
「でもですの、由乃ちゃんに彼氏さんが出来ても楽しそうでしたけど、奈菜はやっぱり出来なかった方が良かったですの」
「どうして?」
「もし彼氏さんが出来たら、奈菜と一緒の時間が減っちゃうですの。奈菜は由乃ちゃんと一杯遊びたいですの!」
なんて可愛いことを言うんなんだろうね!
「奈菜ちゃんの気持ちは嬉しいよー」頭をなでなでする。
「だから子供扱いは嫌ですのーー!」
奈菜ちゃんは今日も元気だ。
次の教科が美術の為、玲、京香さん、奈菜ちゃんと美術室に向かって廊下を歩いている。
「さっき由乃と男子が楽しそうにしてたけど何かあったのか?」玲が後ろ向きに歩きながら話してくる。
「玲、危ないから横に来なさい!」
「ちぇ、これだから妖怪小言おばさんは……」
京香さんの指示に従って、玲はすぐに僕の隣、奈菜ちゃんの反対に来ると京香さんに肩を竦めて見せた。
「なんですって!」
「ついでに、妖怪おこりんぼうになったな」
「…………」京香さんが体をぷるぷるさせている。
「京香さん気にしちゃ駄目ですの。うさぴょんは何も考えてないですの。損するだけですの」奈菜ちゃんが指を一本前に立て先生のように諭した。
「そうだぞ。アタシの言葉で怒るなんて、京香はまだまだだな!」
玲、けなされてるよそれ……
「た、し、か、に、玲の言葉なんて、ピポポタマスに言われたようなものだしね。私としたことが未熟だったわ」
「おお、その名前、なんか可愛いな」
「確かにキュートな響きですの」
「…………」京香さんが無力を感じたみたいに肩を落とした。
玲を馬鹿にしたつもりだったのに、2人のこの反応は予想外だろうしね。
それにしても、ピポポタマスがカバと気付くのはいつのことだろうか。
「それで、京香に邪魔されたが、さっきなんで盛り上がってたんだ?」
玲が再び僕に聞いてきた。京香さんが黙ったから満足したようだ。
「あれはね、昔流行ったドッキリマンの話だよ」
「おお、ウェハースチョコに入ってるシールの奴か?」玲が目を輝かせた。
予想外の反応だね。
「そう、それのことだよー」
「アタシもあれ結構買ったぞ! ヘッドココロンが欲しかったけど出なくて悔しかったんだ」
「一番人気だったしね。わたしも狙ったけど無理だった――ヘラクレストは持ってたけどね!」ふふんと自慢気な顔をする。
「おお! 赤と緑の二種類ある奴だよな。すげーな」
「でしょ、でしょ!」
「アタシはハイパーゼウスは持ってたぞ!」玲がどうだとばかりに胸を張った。
「凄い、第一弾のキラじゃない。わたしはまだその時は集めてなくて、手に入らなかったんだよね」
「2人共! その話判らないですの。奈菜も判る話にしてですの!」奈菜ちゃんがむくれたように頬を膨らましている。
「あはは、ごめんごめん」
「ロリには、高度な話だったようだな。大きくなったら判るかもしれないぞ」
「過去の話っぽいのに、判るようになる訳無いですの!」
普通の女子はドッキリマンは知らないよね。
ちなみに由乃の知識を持つ僕は女子の話題も困ることはないんだけど、やはり実感のある男子の方が楽しいのは仕方ないよね。
「玲は判るけど、由乃さんがドッキリマンにはまってたのは以外だわ」
それまで黙っていた京香さんが話に加わってきた。どうやら立ち直ったみたいだ。
「そうかなぁ。1人3個までだったから、結構苦労したんだけどね」
「あーあれね。良く判る話だわ。玲が私を無理やり連れていくことで6個買うのに成功してたもの」
「うわ、ズルイねそれは。わたしは素直に3個しか買ってないのに」
宏隆とかも皆集めてたし、そんな卑怯な技使えないよ。
「おいおい、京香が玲ちゃん遊ぼうよーと家に来るから、そのついでに手伝って貰っただけだろ」
「……あれは、私の人生の恥部だわ。どこで間違えたのかしら」
「2人は昔っから仲良しさんですの。奈菜と由乃ちゃんみたいなものですの!」
ドッキリマンネタじゃなくなったら奈菜ちゃんも嬉しそうだ。
「「違う(わ)!」」玲と京香さんが即否定した。
「でも、わたしも2人は仲が良いと思うよ。遊園地で京香さんがお手洗いから戻らなかった時、玲は凄い心配そうな顔してたからね」
「おい、それは言っちゃ駄目だろ!」玲が慌ててボクの意見を誤魔化そうとした。
「へぇそうなんだ?」京香さんは皮肉な口調で言うが、どこか嬉しそうに玲を見る。
「京香さんもわたしが助けにいったら、玲は居ないの? と言ってたし、イザという時は玲が守ってくれると思ってたんだよね?」
「そ、それは……」今度は京香さんが慌てる番だった。顔を赤くしている。
ふふふ、奈菜ちゃんに余計なこと吹聴した仕返しをしとかないとね!
この後、玲と京香さんを僕と奈菜ちゃんがからかうという珍しい光景が美術室に着くまで繰り広げられるのでした。