朽ちて、尚。
「ご臨終です。」
藤沢一家はしくしくと泣いている。
藤沢和雄、享年17歳。
死因、自殺。
「お前がもっとちゃんと教育しておけば…!」
「…何よ…仕事ばかりでろくに家にもいなかったくせに…!」
和雄の両親は息をしない和雄の前で泣きながら言い争う。
和雄は高校では理系で成績優秀な、飼っている犬を愛し、母親の弁当は必ず残さず食べる高校生だった。
休みの日には好きだったサッカーを友人と楽しむ。
しかし、彼には秘密があった。
バイ・セクシャルであった。
誰にも話したことはなかったが、ある男子生徒に恋をし、どうしても伝えたくて、もどかしい思いを手紙にして渡した。
好意を持たれた同じクラスの男子生徒から「男が男を愛するなんて気持ちが悪い。」と言われ、遺書に「バイ・セクシャルになりごめんなさい。それでも、好きでした。」と一言残し、制服のネクタイで首を吊って亡くなった。
遺体が安置された和室で、母親は何度も泣きながら冷たい顔を撫でる。
父親は我慢ができず酒を飲みだし悔し涙を流している。
2人は依然として会話すらできていなかった。
ピンポーンと玄関から鳴る音に、ハンカチで涙を拭きながら、母親が走っていく。
「こんばんは。」
「この度はご愁傷さまです。」
「和雄さまのご遺体のお清めに参りました。」
ハイエースに乗ってきたのは納棺師の佐和子と相方の富雄だった。
佐和子はこの仕事を選んで10数年になる。
この世の終わりという区切りを付ける仕事だ。
「…はい。和室に…おります。」
「遺書が…。」
「バイ・セクシャルだなんて知らず…。」
母親の目は酷く腫れ上がり泣き腫らした様子が滲み出ている。
「…そうだったのですね…。」
「心中お察し致します。」
「できる限りのことはさせて頂きます。」
深くお辞儀をしたのち、和室の和雄と対面する。
端正な顔立ちは青ざめ、人ではなく遺体となった現実。
口は少し開き首には赤黒く首吊りの跡が喉仏から耳の後ろあたりに斜めに入っている。
「この度はご愁傷さまでした。」
「これよりお身体をお清め、逆さ水の儀を行います。」
富雄がハイエースから重たい遺体を洗うためのクーラーボックスのような大きな箱を持ってきており、水道と繋ぎ体を洗う。
「逆さ水とはこの世の不浄を洗い流す儀式でございます。」
「杓で足元から胸に向かって一気に水をかけてさしあげてください。」
真っ先に向かったのは泣きながら酒を飲んでいた父親だった。
和雄…と、小声で少し涙ぐみ、別れを痛感する様は決して子育てに無関心な父親とは思えなかった。むしろ愛情を注ぎたいが故に単身赴任でも熱心に仕事に向き合っていた所での家族との別れなのだろうと佐和子は真剣な眼差しで見守っていた。
次いで母親の番がきた。
父親よりも涙ぐみ、手が震えている。
父親と同等に息子を愛していたのだろう。
そして、別れが突然訪れ、息子のバイ・セクシャルであったことを遺書で知り、なぜ今まで和雄の孤独に気づけなかったのかと自責の念が詰まっている。
佐和子は丁寧に髪をシャンプーで泡立てて洗う。
富雄は体をまたゆっくりとたくさんの泡で熱心に洗い、湯灌の儀が終わりを遂げた。
髪を乾かし親族に見えぬよう手で少し隠しながら、佐和子は綿を鼻や口に入れていく。
死化粧は佐和子が担当した。
泣きじゃくる親族の前で和雄の事を考えてみた。
たった一度「気持ち悪い」と言われただけで、17年の人生は終わってしまった。
「…お辛いでしょう。」
佐和子は独り言のように呟いた。
それは母親に、父親に、そして和雄に対しての言葉であった。
聞こえたのかは定かではないが、もの言わぬ和雄以外は一層涙ぐむ音で和室は時を止めていた。
血色をよく見せるためにまずは顔のファンデーションを塗った。
化粧をしているように見えぬようバランスに集中して紅を薄く重ねる。
首の赤黒い跡も一等濃いファンデーションでできる限りは隠すことができた。
「こちらでよろしいでしょうか。」
佐和子は両親に尋ねる。
「………はい。」
「まだ、生きてるみたいで…。」
「和雄が笑って……見えるんです。」
限界だったのだろう。涙が止まらない母親は、
「あり…がとう……こざ…い…ます………。」
と溢れんばかりの涙を泣かしながら、愛する息子を見つめていた。
「…俺が代わってやれたら…。」
奥でぽつりと父親が言う。
涙がこぼれる前に酒を飲み耐え忍んでいる。
「………私事になりますが。」
佐和子が納棺を終えた和雄を見つめながら、遺族に静かに語りかけた。
「わたくしも、バイ・セクシャルです。」
「苦痛も、想像の範疇ではありますが、理解ができる所存です。」
はっと母親は佐和子を見つめた。
その時ばかりは涙ぐむ顔から、息子の理解者が現れたという、母親の顔になっていた。
「この世は終わっても、和雄さんの想いは生き続けます。」
「どうか、ご自身を責めぬよう、ご自愛くださいませ。」
ハイエースに乗って帰っていく途中、運転する富雄が佐和子に話しかけた。
「佐和子が遺族と話すのを初めてみたよ。」
「そして、本当にバイなの?」
佐和子はふっと微笑んでこう答えた。
「そうよ。」
「わたしがあの世で和雄さんに会えたら、バイ・セクシャルでもいいのよ、辛いこともたくさんあるけれど、それだって人生なのよ、ってお伝えしたかったわ。」
「…そうか。」
佐和子は最後に一言だけ呟いた。
「愛することに制限があるなんて、わかって貰えない思いを抱え込むなんて、つらかったでしょうね。」
「…………。」
「いいのよ。バイ・セクシャルでも、フラれても、あなたの人生の価値は何一つ変わらないのだから。」
「しあわせって、人の数ほど種類があるもの。」
佐和子はこころの中で思った。
何百と人の死に携わってきたが、朽ちても、尚、その人のことは誰かのこころで生き続けている。




