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不要とされたシリーズ

神子は、不要と判断された

作者: ゆめ@マンドラゴラ
掲載日:2026/05/12

 この国の神子は、奇跡を起こさない。


 雨を降らせることもない。病を癒やすこともない。

 枯れた大地を一夜で緑に変えることもない。


 ただ、問題が起きないように調整している。

 それだけだった。


 旱魃が起きないように、空の巡りを静かに整える。

 疫病が広がらないように、人の巡りを穏やかに保つ。

 争いが激化しないように、言葉の行き違いを目立たない形でほどく。


 誰も気づかない程度に。

 誰にも見えない形で。


 結果として、何も起きない。

 だから、評価もされない。


「神子様は、何をしていらっしゃるのかしら」


 そんな声を、神殿の廊下で何度も聞いた。


「仕事しているようには見えないわよね」

「何も起きないし……」

「本当に、あれで務まっているのかしら」


 扉一枚隔てた向こうで、神子はそれを聞いていた。


 簡素な部屋で、静かに手を止める。

 そして、誰に聞かせるでもなく呟く。


「つかれた」


 その声は、誰にも届かない。


 問う者はいない。

 理解する者もいない。


 ただ、何も起きていないという結果だけが、そこにあった。


「……奇跡のひとつでもあれば」


 誰かが、ため息まじりにそう言った。

 小さく頷く気配が、いくつか重なる。


 それ以上は続かない。

 言葉にするまでもなく、答えは出ているという顔だった。


 誰も分かっていなかった。

 奇跡とは、問題が発生した後にのみ、価値を持つものだということを。


 神子は奇跡を起こすもの。

 民を救うもの。

 目に見える恩恵を与える存在。


 それがこの国の認識だった。


 目に見えない働きは、働きとして数えられない。

 だから神子は、地味だと言われた。

 役に立っているのか分からないとも言われた。


 それでも、静かに神子は調整を続けた。


 評価は不要だった。

 結果が維持されていれば、それでよかった。


 この国は、長く安定していた。

 災害は起きず、疫病は流行らず、戦も大きくは広がらない。


 奇跡のない平穏。

 それが、この国の当たり前だった。


 


 転機は別の神子が現れたことだった。


 彼女は奇跡を起こした。

 望まれるがまま雨を降らせ、軽度の病を癒やし、自然の周期を無視して花を咲かせる。

 目に見える結果に、人々は歓喜した。


 その雨は、必要な時期ではなかった。

 その病は、いずれ癒えるものだった。

 周期を外れた花がどうなるのか、考える者はいなかった。


「これこそが神子だ!」

「なんと尊き力……!」


 王もまた、その力を歓迎した。


「素晴らしい。これぞ神の御業」


 宮廷は華やいだ。

 神殿は賑わい、民は新しい神子を称えた。


 比較は自然に行われた。


「前の神子様は、何もなさらなかったな」

「やはり、本物ではなかったのでは」


 声は次第に大きくなり、やがて決定に変わった。


 不要。


 その一言で、全てが片付けられた。


「神子は一人でよい」

「役に立たぬ者を置いておく理由はない」


 神子は呼び出された。

 王の前に立たされ、告げられる。


「お前はもう不要だ」


 声は平坦だった。


 怒りも、憎しみもない。

 ただ、判断だった。


 神子は頷いた。


「承知しました」


 それ以上の言葉はなかった。

 引き止める者もいなかった。


 神子は静かに神殿を去ったが、見送る者はいなかった。

 この国は安泰だと、誰もが信じていた。




 最初に起きたのは、小さなズレだった。

 風の向きが僅かに変わった。


 誰も気に留めない程度の変化。

 維持されていたはずの均衡が、ゆっくりと崩れ始める。


 やがて雨は降らなくなり、土地は少しずつ乾いていった。


「神子様が雨を降らせてくれるから心配ない」


 人々はそう言って笑った。


 次に疫病が流行り始める。

 原因は分からない。

 ただ、急速に広がっていった。


 軽微な病まで癒やし続けた結果、病に対抗する力が育っていなかったことに、誰も気付かなかった。


「奇跡で癒やせばいい!」


 新しい神子は癒やした。


 だが、癒やしても癒やしても、患者は増え続けた。

 雨を降らせる余力など残っていなかった。


 争いが起きた。


 些細な言葉の行き違いに、誰も気付かなかった。

 本来なら解けていたはずの誤解が積み重なる。


 止める者はいなかった。

 いや、止め方が分かる者がいなかった。


 行き違いはほどかれないまま積み重なり、やがて争いという形で現れた。




 誰かが言った。


「……前の神子は、何をしていた?」


 その問いは遅すぎた。


 旱魃は広がり、疫病は止まらず、争いは連鎖する。

 もはや一人で対処しきれる規模ではなかった。


 それでも責任は、神子に押し付けられた。

 問題を消すことはできても、発生を防ぐことはできない。


「……前の神子がいた時は、こんなことは起こらなかった」


 誰かが呟く。


 誰も否定できなかった。


 何も起きていなかった理由が、そこにあった。

 何も起きないように、されていたのだ。


 気付いた時にはもう遅かった。




 一方で、元神子は別の土地にいた。


 小さな村。

 名も知られていない場所。


 彼女は畑の端に座り、空を見上げる。


 風の流れは綺麗に整っている。

 人の動きも、緩やかで穏やかだった。


 それで、十分だった。


 村は何事もなく過ぎていく。


「今日はいい天気ですね」


 村人が気軽に声をかける。


「ええ、本当に」

「明日もこうだといいですな」

「はい」


 それでいい。

 何も起きないことが、正しい。


 遠くの国のことは、もう考えない。

 必要とされなかった場所のことを考える必要はない。



 神子は不要と判断された。

 あの国は、神子という愛し子を与えるには不適格と判断されたのだ。


――誰に?


 答えは、示されない。


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― 新着の感想 ―
演出とかパフォーマンスが必要だったんですねぇ 平安時代の陰陽師も日食とかの天体ショーをうまく使ってたわけだし、王家か神殿に宣伝力なかったのが敗因でしょうね。国を治めるの下手! ずっと真面目に頑張ってる…
成果が見えないと評価されないからね・・・。 この国の為政者は本来するべ告知を怠り、その平穏の上に胡座をかいた結果がご覧の有り様と言う事やね。
まぁ……あれですね。 自分達で選んだことなんだから、全部受け入れて欲しいですね。 えっ、生命の危機? 知らん知らん
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