第6話 水魔法
「どっ、どうしたの!? 大丈夫??」
ミルマキアが、涙を流す私を心配して声を掛けてきた。
「ううん、なんでもない。大丈夫」
なぜそんな気持ちになったのか。さっきまでの気持ちは、すぐにどこかへ飛んで行ってしまい、理由がわからなかった。
◇◇◇◇◇
トラエクさんに呼ばれて、屋外教室へ戻る。さっきのアフマズルさんが戻ってきていた。他にも、ロフォール卿という方がいらっしゃった。そのロフォール卿が呪文を唱えると、屋外教室は壁も無いのに風が止み、ほんのりと暖かくなった。
私はいくつもある長椅子の、いちばん前の席に着く。トラエクさんやミルマキアはロフォール卿と一緒に、教室の後ろから見ていた。
「あー、アンリエット。この時間だけは、オレは君の先生なんで、アフマズル先生と呼ぶように」
やる気がなさそうにアフマズル先生は言った。
「はい、アフマズル先生」
すると、アフマズル先生は挨拶もそこそこに、真っ黒い壁に白いチョークで文字をたくさん書き始めた。長い文章を、カツカツと音を立てながら、ただつらつらと書いていく。
「はい、これ読める人ぉ~~って読めるわけないか。古語だもんね」
「…………瞳よ瞳、我が瞳。三の眼に映るは水星の、時の流れに棲みし者。瞳よ瞳、彼の瞳。六の眼に映るは旋律の、流れる先を我は見て――」
「はい、そこまで! そこまでぇえ! 読むだけなら誰でも読めるよね……」
んんっ!――と咳払いしたアフマズル先生。
「――この長い古語の呪文は、正しく読むだけで、なんと魔法になるのです。これは古王国で使われていたという、古の水魔法。小魔法、或いは古語魔法とも言います。いいですかぁ? 見ててください」
そう言ったアフマズル先生は、長い呪文を唱えて――
「――ヴァトンスカスタリ!」
最後にそう言った途端、彼が手にしていた小さな杖の先から、水の球が飛んでいった。
「すごい……」
「だろぉ?」
「お母さまみたい……」
「お母さまかよ…………」
「――ええと、今日はこの水魔法を覚えてもらいます。正しく読めなければこの魔法は発動しません。上手く行かなくてもまだ明日があります。ただし、家に帰って練習することは禁止します。いいですかぁ? これが守れない人は入学できません」
「はい、先生。――じゃあ……」
私は書いてある通りに、その呪文を唱え始める。すると、最初は眠たそうに呪文を聞いていたアフマズル先生の表情が、だんだんと真剣になり、私の目の前に大きな水の球が現われはじめると突然叫んだ。
「外ォー!! 外へ向けてェ!!」
「水よ放たれよ!」
ドン!――と大きな音がしたと思ったら、教室の外に白い雲ができた。そしてそれは太陽の光を反射して、キラキラ光る虹を作った。
「――綺麗……」
雲も虹も、あっというまに消えてしまったけれど、胸のドキドキはいつまでも消えなかった。
「――先生?」
アフマズル先生の姿が見えないので、机に両手を突いて覗き込むと、机の向こう側に頭を抱えて屈んでいた。
「いっ、いやあすごかったね! 初見で発動するとはね!」
立ち上がった彼は教室の奥へ目をやった。すると、そっちではトラエクさんもロフォール卿も口をぽかんと開けていた。ただひとり、ミルマキアだけが親指を立てていた。
◇◇◇◇◇
「すごいね! まさか風魔法も、土魔法もあっという間に憶えちゃうなんて!」
帰りの馬車でミルマキアが興奮して、さっきから同じことを何度も繰り返す。
「うん」
「水のかけっこで、あのアフマズルって貴族も参ったしてたもんね!」
「先生に悪いことしちゃった……」
「いいのよ。最初なんてすっごく偉そうにしてたから、あのくらいはいい気味ね。それに、アンリエットが謝ったら、気にするなって言ってくれたじゃない」
「うん」
結局、神殿へ帰っても同じように話すものだから、みんな笑って、私はちょっと恥ずかしくなった。
◇◇◇◇◇
「えー。試験も残すところあと1日となりましたがぁ」
アフマズル先生が、授業の最初にそう言った。
「……先生、まだ2日目ですよ?」
「いいの! もう教えることが無いから、あと1日でいいの!」
後ろを振り返ると、トラエクさんが頷いていた。
「では、注目! この黒板に掛けられた絨毯。お城の高級文官の執務室に掛かっている絨毯を借りてきました。さて、この絨毯。いくらくらいでしょう! はい、アンリエット君!」
「金貨……30枚くらいですか?」
「はい正解! 何でこんなことまでわかるの、この子…………」
「なんとなく……です……」
「このお城から借りてきた絨毯。汚したりダメにしたりすると、先生が怒られます! もしかすると、金貨30枚を払わないといけなくなるかもしれません! 返すのに何年もかかります!」
「? はい……」
「えっと、こういう壁に掛けてある絨毯。簡単に燃えたりはしませんが、もし、一度火が付けば全てが灰になってしまいます。いいですか? 放火というものは、それだけ罪深いものなのです」
「…………」
「これから教える火魔法、それから魔術学院で覚える魔術というものは、誰かを傷付けたり、誰かの財産を傷付けたりすることがあります。それをアンリエットにも、身を以て理解してもらおうと思います」
では――と、呪文を唱え始めるアフマズル先生。だけど、昨日の古語の呪文とは違っていた。そして――
ボワッ――と絨毯に火が燃え広がった!
「えっ……えっ……」
それはみるみるうちに燃え広がり、アフマズル先生の服にまで火が付いた!
「やだっ! やだっ、火が! 助けて、エスラ!!」
目の前に青い炎が広がり、誰かの名前を呼んでいた。




