第5話 お城へ
「確かに。これでしたら十分。いえ、それ以上です、ベンネヴュッテ様」
お母さまから教わった文字の読み書きや算術を見せてあげると、ゼナさんがそう言った。
「よかった。あとゼナ。様なんてつけなくてもいいのよ。ご学友でしょ? その方が嬉しいわ」
「いえ、私の中ではベンネヴュッテ様はいつだって素敵なお姉様でしたから。呼ばせてください」
「そう……ありがとう。それはそうと、アンリエットが推薦されると、他の子に影響が出ないかしら?」
「最近はめぼしい祝福を受けた子は皆、貴族たちが養子にとってしまうのです。学院も、誰でもと言う訳にはいかないようですし……」
「そう……。なかなかあの子の思うようにはいかないのね」
「それもあって学び舎を頑張ってるのです、私は」
「すごいわ。なかなかできる事じゃない」
するとゼナさんがぱっと顔を輝かせた。
「ベンネヴュッテ様! ベンネヴュッテ様も手伝っていただけません? ここなら食事に困ることはありませんし、アンリエット様を寮へやるなら融通も利きましょう?」
「ええ、ありがとう。考えておくわね」
そうして、私は魔術学院の試験を受けることになった。合格したら、お母さまとは離れて暮らすことになるみたいだけど、お母さまがずっと望んでた魔術学院への入学。喜んでくれるなら頑張ろう。
◇◇◇◇◇
しばらくの間、お母さまと私は神殿で生活して、私はお城へ通うことになった。試験は1週間。お母さまがよく使うような魔法を覚えるんだって。でも、ゼナさんが言うには、覚えられるかどうかは大事じゃない――って。どういう意味なのかな。
神殿のおじさん――シグヴァルドさんが呼んでくれた馬車で、案内をしてくれる女の子と一緒にお城へ向かっていた。
「ミルマキアは魔術学院には行かないのですか?」
馬車の中で、私の1つ年上の女の子、ミルマキアに聞いた。
「あたしは商人の祝福を授かったから、母さまのお仕事を手伝うつもりよ。魔術は要らないわ」
「商人……」
「そうよ。お金を数えるのってとぉっても楽しいの! ゼナ先生なんか、たくさんお金を稼ぐ才能があるのに、ほとんど寄付しちゃうのよ」
「そうなんだ……」
「そう。だからもし、あなたが出世して、たくさん儲けるようになったら、あたしを雇ってね」
「うん」
よくわからないけれど、そう返事をした。
◇◇◇◇◇
「いつもお世話になっております、トラエク様。先日お持ちした主神官シグヴァルドの手紙にございました、特待生として推薦させていただきたい娘を連れて参りました」
両手を胸に、軽く膝を曲げて挨拶するミルマキア。私よりもずっと上手に挨拶する。
私も慌てて膝を曲げる。
「ご苦労様です。今回もミルマキアは試験を受けないのですか? とてもしっかりされていて頭もいいのに、惜しいと思いますよ」
「お褒めに与り、光栄に存じます。ですが、わたくしは商人として女神さまより祝福を授かりましたので、お受けする訳には参りません。その分、アンリエットを宜しくお願いいたします」
「はい、承りました」
トラエクというお城の人は、こっちを見た。
「お初にお目にかかります。トラエク様へ、ご挨拶をお許しくださいませ」
「ええ、どうぞ」
「わたくし、アンリエットと申します。この度、神殿のシグヴァルド様より紹介いただき、魔術学院の敷居を跨ぎたく、参じさせていただきました。つきましては――」
「へえ、よく躾けてあるじゃないか。馬車まで用意させて、まるで貴族の娘みたいだ」
私の言葉を遮って、声を掛けてきた若い男の人。
「――けどさあ、名前。その名前が良くないよ。知の化身の偽物が、いったい何人出てくれば気が済むんだ」
「知の化身……」
「なんだ、そんなことも知らないのか。お前の親は、知の化身の名に肖って、お前の名を付けたんだ」
「アフマズル君、今回は君の先生となるための試験のひとつも兼ねているのですよ。そのような態度では評価が下がりかねません」
「だってさぁ、まさか平民の相手をするなんて聞いてないし」
「誰であっても変わりません。魔術学院の理念を忘れてはなりません」
「ちっ…………」
「どこへ行くのです」
「小便!」
そう言ってその男の人はどこかへ行ってしまった。
「すみません。彼もあれで優秀な生徒なのですが……」
「いえ、トラエク様の御心遣いだけで十分です。――アンリエット。貴族様にはいろんな方がいらっしゃいますから、今のような方でも上手く付き合えるようになりませんとね」
「は、はい……」
◇◇◇◇◇
トラエクさんは、城の中庭を案内してくれた。石畳の道をずっと奥へ行くと、白くて大きな建物が見えてきた。
「あちらが生徒たちの学び舎、『白の館』です。名付けられたのは、知の化身、アンリット・フォル・ドバル様でいらっしゃいます」
「救国の賢女……」
「街の方ではそう呼ばれますね。貴族の間では知の化身と呼ばれます。試験はこちらで行われます。どうぞ」
案内されたのは、白い建物の右の奥。芝生の間を石畳の通路が通っていて、その先には屋根の下、石でできた長椅子がたくさん並んでいた。
「――こちらは屋外教室で、寒くなってきた今の時期はあまり使われていません。アンリエットさんには、ここで小魔法を学んでもらいます」
屋外教室というのは、同じような造りでふたつ、それから奥には丸い東屋が。
「――そちらは生徒たちがときどき使ってる東屋です。どれも、石の部分は知の化身がお作りになられたのです。ああ、そちらは――」
キラキラ光る湖が見えたので、そっちへ行くと――
「――演舞台です。知の化身が最後に残されたもので、毎年、新年の3日には――」
美しい曲線を描く楕円形の階段席と、手摺のある舞台があった。
その入り口の柱の陰には『アンヘルとアンリット』の文字。
私はどうしてか、胸の奥が急に痛くなって、ぽろぽろと涙をこぼしていた。




