第4話 学び舎
「女の子だ!」
板に書き物をしていた男の子が立ち上がり、廊下から部屋を覗いていた私を指差し、大きな声で言った。
ちょっと怖くなった私は、入り口の陰に身体を隠す。
「先生。女の子が居ます。新しい子かな」
部屋に居た私と同じくらいの齢の女の子が言った。
すると、陰になって見えなかったけど、大人の女の人が居て、こちらを覗いてきた。
「あら、本当。どこから来たのかしら? お名前は? お父さんかお母さんは?」
「あっ、あの、お初にお目にかかります。あなた様のお名前は存じあげませんが、わたくしはアンリエット……と申します。以後、お見知りおきを……」
ひとりの時は、自分で挨拶するように言われていた。ただ、旅に出てから家の名前は出さないようにとも注意されていた。あと、名前を知らない人への挨拶もわからなかった。
「まあ、これはご丁寧に。初めまして、アンリエットさん。わたくしはゼナと申します。学び舎の教師をしております」
「学び舎……?」
その女の人は、私の挨拶にちゃんと返してくれたので、ちょっとだけ安心できた。
「そうよ。ここで文字の読み書きと算術を教えて――」
「アンリエット? 先生、またアンが増えた!」
「こんにちは。私もアンって言うの。この子と、こっちの子もアンだよ」
「私はアンネだってば」
「オレはアンリル!」
20人くらいいる子のうち、同じような名前の子が6人もいた。
「ほおら、静かに! 何人いたっていいでしょ? みんな、救国の賢女様のお名前を頂いているのだから」
「救国の賢女様……?」
ゼナさんに聞き返した。
「そうよ。あなたのご両親も、救国の賢女様に肖って付けられたのだと思いますよ」
「知らないの?」
「オレちゃんと習ったもんね」
「救国の賢女様、アンリット様!」
◇◇◇◇◇
「アンリエット、こんな所にいたのね」
席のひとつに着いて皆の勉強を眺めていたら、お母さまがおじさんと一緒にやってきた。
「ゼナ先生、中断してすまない。こちらは――」
「先生? ゼナ? もしかして魔術学院の生徒だったゼナ!?」
お母さまがおじさんの声を遮った。私がやったら叱られる。
「もしや、ベンネヴュッテ様!? リガノからお戻りとは存じませんでした!」
「それが実は……」
「いや、詳しい話は後にしよう。まさか、ふたりが知り合いだったとはな」
「あの……、ゼナ先生――って、もしかしてここで授業を?」
「ええ、学院のような魔術は教えておりませんが、平民としても役立つようなことを教えております。ああ、そっか。アンリエットってもしかして……」
「ええ、同じ年に亡くなったあの子から……」
「では、アンリエット様を魔術学院へやるためにこちらへ? ベンネヴュッテ様もようやく復学されるのですね!」
「それが……」
「まあその話は後にしようではないか。生徒たちが待ちくたびれておるぞ。授業を済ましてしまいなさい」
おじさんがそう言ったので、ゼナさんが勉強を再開した。私もそのまま聞いていた。
◇◇◇◇◇
「本当に、アンリット様の生まれ変わりのよう。特に黒髪が……」
ゼナさんが言うと、お母さまが髪を撫でる。
「最初はもっと色が薄かったのだけど、だんだん黒くなってきたの。本当にあの子みたい」
「ええ。懐かしゅうございます。魔術学院ではきっと優秀な生徒になられるでしょう」
「それがね、ゼナ。恥ずかしい話、私、いま一文無しなの」
「まさか! だって、ベンネヴュッテ様は先代の国王陛下の……」
「陛下が退いた影響は大きかったわ。理由もそうだけど、伯父上も一緒だったのがよくなかった。父も責任を感じて後を継がなかった。伯母も同じ意見。それに……あのとき、私が王都へ向かったから、夫も王都を手助けに来て亡くなった。私のわがままで……」
お母様がうつむく。
「そんなことはございません! アンリット様はあのとき、ベンネヴュッテ様が約束を守ろうとしてくれたと、大変喜んでおられました」
「そう言ってくれて嬉しいわ。でも、結局それが発端で義弟から命まで狙われ、危うくアンリエットを失う所だった……」
「では、魔術学院は……」
「難しいでしょうね。お金も要るようですし……」
お母さまも、ゼナさんも黙って俯いてしまう。
けど、おじさんが――
「いや、むしろここは学院に入れてしまうのも手だ。今は寮もある。少なくともアンリエットに外部から手は出せぬようになる。――金についてもいい考えがある。神殿からの優秀な特待生として推薦し、試験に合格すれば良いのだ。寮での生活費はタダになるぞ」
すると顔を上げたゼナさん。
「ベンネヴュッテ様、アンリエット様の読み書きや算術、躾はどの程度?」
「その点でしたら問題ございません。魔術に関する事以外は、しっかり学ばせてあります」
3人とも、私を見た。




