第10話 年明け
あれからひと月。13月が終わって『名前のない日』が訪れる。『名前のない日』は一年でいちばん日が短い。みんなが家族や大事な人と静かに過ごす日。
「アンリエット、君が部屋を片付けてくれたから、私の大事な物が見つかったんだ」
「あら、アンヘル。それは何?」
アンヘルさんがそう言って、小さな箱を見せてくれる。
最近、お母さまとアンヘルさんはよく、隣り合ってソファーに座る。
「大事な物なのに失くしていたのですか?」
「そうだね。目に入るのが辛かったのもあったし、引っ越しや仕事で忙しかったのもあったかな。――これはね、私が少年の頃、私が作ってアンリットへ贈った物だったんだ。アンリットが亡くなって、形見分けに頂いた。これをアンリエット、君にあげよう」
小さくて、角の丸い箱。木が組み合わせっていて、模様になってた。
手渡されると、表面はつるつるしていて、中でコトコト音がする。
「何が入っているのですか?」
「さあ。何を入れるかは聞いていたけど、私も中身はちゃんと確認してないんだ。開けられるかな?」
開けようとしても蓋がない。鍵穴も無いし、留め金もない。
「…………開けられません」
「こうするんだ。見ててごらん」
アンヘルさんが指を滑らせると、箱の表面が動いていって、最後に小さな引き出しが開いた。
ころん――と、転がり出てきたのは黒くて丸い物。
「石?」
「これは大昔に死んだ生物が石になったんだって、アンリットが教えてくれた」
「あの子、変わった物に興味を示していたものね。石なんて特に」
お母さまがそう言って、ふたりともクスと笑う。
黒い石の真ん中には、変な形の虫みたいなのが浮き彫りのようになってた。
「うん、変だけど面白いと思います」
「じゃあ、箱と一緒に、君にあげよう。合格祝いだ」
ありがとうございます――と、お礼を言って、箱と石をいただいた。
新年を迎えて、私は8歳になった。
◇◇◇◇◇
年を明けて4日目は魔術学院の入学式。王都の貴族の間では、7歳で社交界に連れて行かれるようになり、8歳で魔術学院に入学するとアンヘルさんから聞いた。アンヘルさんに2人乗りの馬車で送ってもらい、荷物は先に寮へ運んでもらった。
「それじゃあね。いってらっしゃい、アンリエット」
アンヘルさんが手を振る。
今朝、魔術学院の青と白のお仕着せを着ると、お母さまは涙を流して喜んでくれた。
私は、子爵家の娘ではなく、神殿で学んだ平民として入学することになった。
白の館の前には、両親に送り出される生徒たちがたくさんいた。小さな人だかり、大きな人だかりを躱しながら玄関を目指す。ポーチの短い階段を上ると、入り口の左右には青いお仕着せを着た鎧の人が立っていた。
「あの……新入生のアンリエットです。入ってもいいですか?」
ちょっと怖かったのもあって声を掛けたけど、ピクリとも動かず、こっちも見ない。
困っていると――
「アンリエット君じゃないか!」
声を掛けてきたのはアフマズル先生。
「――ああ、ここの衛士はこうする決まりなんだそうだ。気にせず入りたまえ」
「ごきげんよう、アフマズル先生。教えてくださってありがとうございます」
「先生はやめてくれたまえ。オレはまだ、先生には成れてないんだから。アフマズルでいいさ」
だけど、そのアフマズル先生……アフマズルさんが、ドン!――と突き飛ばされ、こちらへよろける。
「ほら、退けよアンリ! ロゼリア様の邪魔だよ」
だけど、アフマズルさんは何も言い返さず、入り口から離れる。すると、大きな人だかりが目の前を通り過ぎていった。
「アンリ?」
「えっ、ああ……そう。オレの名前。アフマズルは家の名。ほら、貴族ってさ、祝い名が先に付いて、名が後から付くだろ?」
「うん?」
「2年くらい前の新入生から、知の化身に肖った名前が急に増えたんだ。そしたら、オレは関係ないのに一緒にされて……。だからアンリエット君、君のことも悪く言ってしまった。すまない」
胸に手を当て、頭を下げるアフマズルさん。
「気にしません。私の名前は、お母さまがつけてくれた大事な名前なので」
「…………そうか。そうだな。ありがとう」
どうしてかお礼を言われた。
それから、衛士の間を抜けて、白の館に入った。
中は冬とは思えないほど暖かかった。あまりに暖かいので外套を脱ぎ、玄関で名前を告げて預かってもらった。奥へ進むと広い廊下が伸びていて、天井がとっても高かった。その廊下の先には、二階を渡る弓なりの橋まで掛かっていた。
ただ…………その橋の真ん中から下の私たちを見下ろす黒い長衣の女の人。じいっと私たちを見て、目を凝らしていたのがとても怖かった。




