第1話 王都へ!
「奥様! アンリエット様を吐かせてくだされ!――乗ったぞ! 馬車を出せ!」
激しい雨の中、馬の嘶きが聞こえた。
乱暴に馬車へと放り込まれた私は、僅かな苦みのある、ぬるりとした水を飲ませられる。
「アンリエット、吐くのです! つらいでしょうけれど吐くのです!」
お母さまが私の口に指を入れると、鉄の味がした。
オエ……――と嘔吐くがそれだけ。
「――ごめんね、アンリエット」
そう言ったお母さまが強引に指を喉奥まで挿し入れると、胃の中の物が吐き出された。
私に謝りながら、お母さまは同じことを繰り返した。
「それだけ出せば大丈夫でありやしょう。奥様も手当てを」
「ええ、ありがとう。ですがまさかエド、あなたが助けてくださるとは……」
エド――いつもなんだか怖い顔をしてる、屋敷の近くで見かける酔っ払いのお爺さん。
「なあに、オレは……いや、あたしぁ、先代に借りを返しただけでありやすので」
「エドも無理にそんな言葉を使わなくていいのですよ。普段通りで」
お母さまは私を膝に抱き、左手で背中をさすりながら、右腕をエドに任せる。
「ええ、ありがとうござんやす。――あと、ゴディの兄貴からも後を頼まれやした」
「そう、ゴディに……」
ゴディ――去年亡くなられた魔法使い。お母さまと私の味方だった。
「できやした。とりあえず手持ちがねえですのでこれで。痕が残らないといいんでやすが」
ふたりの会話を聞きながら、どうしてか眠くて仕方がなかった私は瞼を閉じた。
◇◇◇◇◇
「すいやせん、奥様。肉は手に入りやせんでした」
お母さまと私、それからエドは、一旦、馬車と離れることになった。立ち寄った村でエドが食べるものを買いに行っていた。
「仕方がありません。彼らも商人ではありませんもの」
「レメント銀貨じゃ信用できないっつうんでさ。まったく、公爵様は戦事には有能でやしたが、こと政はいい加減で……公爵家の信用も地に落ちたもんでさ……」
「民には申し訳ないかぎりです……」
「ああいや! 奥様のことを申しているわけではございやせんよ!」
「何も食べるものがないの?」
私が聞くと、エドは皺だらけの顔をめいっぱいニコリとさせた。
「大丈夫でやすよ、アンリエット様! ほら! ちょうど潰したばかりの、牛の骨と尻尾の端切れを譲ってもらいやした」
「骨をかじるの? わたしに食べられるかな?」
ハハハ――と笑うエド。
「いや、失礼しやした。こりゃあですね、売り物にはしづらいがぁ、スープを取ればすんげえ旨いんでやすよ。髄もやわらかくて食べやすいでやすぜ」
「へえ……」
「骨を売ってくれっつったら、向こうも、こっちがよくわかってるってぇ理解したのか態度も柔らかくなりやしたから、明日は干し肉くらいは売ってくれるやもしれやせん」
「よかった。エドのおかげですね」
お母さまもそう言って、ほっとしていた。
それからエドは、スープを作ってくれた。お母さまが魔法で鍋を温め、エドが灰汁を取りながら煮込んでくれた熱々のスープは、エドの言う通りとってもおいしくて、寒い秋の星空の下でも暖かく過ごせた。
◇◇◇◇◇
「エドは料理人だったんだ」
「ええ。傭兵団の料理人だったんでやすがぁ、あるとき神さまから戦士の祝福を授かっちまったんでさ。まったく余計なことをと思いやしたが、こうしてアンリエット様を助けることができて、まあ、世の中なにが役に立つかなんてぇわからねえもんだなって」
「わたしも祝福、授かれるかなあ……」
「ええ、アンリエット。王都には祝福を授けてくださる大賢者様がいらっしゃるから、あなたにもきっと……ね?」
それからお母さまに聞いた。叔父様が私たちの命を狙っているんだって。だから、王都のおじいさまの所へ行くの。
叔父様からは良く思われていなかったのは知ってた。子爵だったお父さまは、お母さまのせいで死んだのだ――と、お父さまの弟の叔父様から何度も聞かされていた。お父さまは、私が生まれる前に魔族との戦争で死んだ。




