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沈黙の断罪、金の天秤

ヴァルデム城の「接見の間」には、冷ややかな空気が張り詰めていた。


中央に座るマーレは、一言も発さず、ただ彫像のように深く椅子に背を預けている。その金の瞳は、目の前で傲慢に足を組むガルダ帝国の使者、ヴォルフを無感情に射抜いていた。


「……さて、若き領主殿。調査の結果はどうでしたかな? 無能な精霊たちの代わりに、森を焼き払う決心はつきましたかな?」


ヴォルフが勝ち誇ったように笑う。その背後には、彼の子飼いの騎士たちが威圧的に控えていた。


マーレは答えず、横に立つファロスに僅かに目配せをした。


「……あいにくだがな、ヴォルフ殿。森を焼く必要はなくなった。代わりに、あんたの首が飛ぶ証拠が揃っちまってな。」


ファロスの声と共に、部屋の隅に控えていた一人の女性が一歩前に出た。


白衣のような上着を羽織り、眼鏡の奥で冷徹な光を放つ研究員――ナーウィスだ。


彼女は手にした銀のトレイに、森で回収された「呪具の残骸」と、複雑な術式がびっしりと書き込まれた数枚の解析書を並べた。


「……何だ、その女は。研究員ごときが、外交の場に何の用だ。」


ヴォルフが不快そうに顔をしかめる。ナーウィスは表情一つ変えず、淡々とした口調で告げた。


「この呪具に刻まれた魔力波形を解析しました。供給源はガルダ帝国、第十三魔導工房。……そして、この術式を起動させるための『固有認印』。ヴォルフ殿、あなたの魔力指紋と、九十九パーセント一致しましたわ。」


「なっ……! 貴様、何をデタラメを!」


ヴォルフが椅子を蹴り立てて立ち上がる。


だが、ナーウィスは冷ややかに、手元の魔道具のスイッチを入れた。


空中に浮かび上がったのは、呪具から抽出された鮮明な光の図形。それは、ヴォルフが密かに工房へ発注した際の「契約魔法」の残滓だった。


「言い逃れは無用よ。この証拠は、既に我が領のガリアス先代領主を通じて、ガルダ本国の大使館へも写しを転送済みです。……外交問題にするか、ここで静かに『事故』として処理されるか。選ぶのはあなたよ。」


ナーウィスの容赦ない突きつけに、ヴォルフの顔が土気色に染まる。


彼は隣のファロスを睨みつけたが、ファロスはいつになく真剣な、氷のような笑みを浮かべていた。


「……旦那はな、あんたに二度とこの地の土を踏ませないと言っている。これ以上森を汚すなら、次は『魔道具』じゃなく、この剣が直接あんたの喉を断つことになるぜ。」


ファロスがマーレの代わりに宣言すると、ヴォルフは崩れ落ちるように膝をついた。


護衛の騎士たちも、主人の「証拠」を突きつけられては動けない。


マーレはゆっくりと立ち上がり、手帳を一枚破ると、それをヴォルフの足元に滑らせた。


鋭い筆致で書かれた、最後通告。




『今すぐ、私の領地から消えろ。』




ヴォルフは這うようにして部屋を後にした。








静寂が戻った部屋で、ナーウィスは深く息を吐き、眼鏡の位置を直す。


「……お疲れ様、ナーウィス。最高にクールだったぜ。」


ファロスが歩み寄り、彼女の肩に手を置こうとして、躊躇い、代わりに手近にあった椅子を引いた。


ナーウィスは僅かに頬を緩め、彼を一瞥する。


「銀の林檎酒……三本に増やしてもらうわよ、ファロス。」ナーウィスは徹夜で固まった身体を伸ばす。呪具の出どころを突き止めるのは彼女にとって造作もないことだったが、その後の「証拠固め」の書類作成は苦行以外の何物でもなかった。


規則と前例を重んじる役人たちを黙らせ、国際的な証拠として完成させるまでの孤軍奮闘。その疲労も、ヴォルフの失墜した顔を見れば「三本の酒」で釣りが来るというものだ。


「……ああ、喜んで。」


二人のやり取りを背中で聞きながら、マーレは再び窓の外、遠く霞むヘルバの森を見つめた。


政治的な敵は退けた。けれど、自分の中にある「欠落」は、未だ埋まらないままだ。


(ラクス……。君が守ろうとした森は、繋ぎ止めた。……次は、私が。)


マーレは、熱を持った喉の傷跡をそっと押さえた。


(名を、呼べたらーー)


領主という地位も、剣の腕も、彼女を物理的に守る役には立つ。彼女の瞳に触れるたび、胸の奥で熱く脈動し始めている。この気持ちに名をつけるとすれば、それは。




「……旦那。『現場確認』ですか? さすがに部下たちも、領主様がそんなに熱心に山登りをするなんて聞いてねえぞって顔をしてますよ。」


ラクスの家があるあたりをじっと見つめていたマーレに、ファロスが肩をすくめて声をかけた。


マーレは答えず、ただ上着を手に取る。それを見たファロスは諦めたのか「やれやれ」という顔で自分も用意を始める。


先代の魔女ですら「様子見」と匙を投げた呪いだ。それを今さら、代替わりしたばかりの若い魔女に相談しに行くなど、建前としても苦しい。だが、マーレの筆致は迷いなく紙に踊る。しかし、なぜひと思いに無理だと言ってくれなかったのか、先代は。それならば諦めもつく、だが、「様子見」とはどういうことなのか。理由は聞いても教えてもらえなかった。先代の魔女は二年前から姿が見えない。父が言うには仕事だということだが。先代の魔女より伝言を預かったのも父だった。何かが腑に落ちない。




『声を取り戻す鍵が、あそこにある。……確信しているんだ。』

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