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獅子の法廷、断罪の旋律

セバスが泉の深淵で果て、精霊の門が封じられた数日後。 ヴァルデム城の謁見の間には、重苦しい空気が立ち込めていた。


集まったのは、セバスの甘い言葉に乗り、陰で甘い汁を吸っていた貴族たち――「セバス派」の面々だ。彼らはマーレが声を取り戻したことをまだ知らず、この混乱に乗じて、マーレの廃嫡や統治権の委譲を目論んでいた。


「……マーレ様。先代の片腕であったセバス殿を、独断で『裏切り者』として始末したという報告、到底信じられませんな。ましてや、その場にいたのは素性の知れぬ魔女の娘と、他領のカイル殿のみ。……これはクーデターではないのか?」


派閥の筆頭格である老貴族が、不敵な笑みを浮かべて詰め寄る。 マーレは壇上で、まだ一言も発さず彼らを見下ろしていた。その隣には、正装に身を包み、堂々と立つラクスの姿がある。


「声の出ぬ領主に、この国を任せるわけにはいかない。ヴァルデムの安寧のため、我々が一時的に――」


「――安寧、だと?」


広間に、低く、けれど地鳴りのように響くバリトンが轟いた。 貴族たちが、雷に打たれたように硬直する。


マーレが一歩、前へ出た。


「セバスの私室から押収された裏帳簿。そして、ベルンハルト領から提供された武器密輸の証拠。……それらすべてに、貴殿らの署名サインが残っている。これでもまだ、安寧という言葉を口にするか?」


「ま、マーレ様……声が……!?」


「私の声が失われていた二年間、貴殿らはこの地を帝国に売り渡す準備を着々と進めていた。……だが、忘れるな。ヴァルデムの主は、精霊に選ばれ、法を守る者だ。」


マーレが右手を挙げると、背後の扉が開き、エティエンヌとカイルが、鉄の鎖に繋がれたセバスの手下たちを連れて現れた。


「ベルンハルト領主代理として証言しよう。……ここにいる面々は、我が領の治安を乱し、国際的な犯罪に加担した共犯者であるとな。」


カイルが冷ややかに告げると、セバス派の貴族たちは一斉に膝をつき、顔を青ざめさせた。


「……ラクス」 マーレが名を呼ぶ。 ラクスは静かに歩み出ると、手にした古びた羊皮紙を広げた。それは、セバスが隠蔽しようとしていた、先代ガリアスによる「真の統治条文」だった。


「条文第十二条。……領地を害し、外敵と通ずる者は、その爵位を剥奪し、全財産を領民の救済に充てる。」


ラクスの凛とした声が、広間の隅々まで染み渡る。 もはや、反論できる者は一人もいなかった。


「……連れて行け。お前たちの罪は、一生をかけて償わせる」


マーレの断罪は、冷酷な死ではなく、彼らが軽んじていた「教育」と「労働」という重い責任を課すものだった。 こうして、ヴァルデムの膿は完全に切り取られた。




「……さて、残された者に告げる。」


ガリアスの重厚な声が、反逆者たちの去った静寂を震わせた。 彼は懐から、精霊の鱗粉によって微かに発光する、古い羊皮紙を取り出した。それを見たラクスの瞳が、驚きで見開かれる。それは彼女の師、ソルがかつて大切に保管していた、あの特例条文だった。


「これは、私と先代魔女ソルが、次代へ遺した最期の『遺言』であり、新たな『法』である。」


ガリアスは、壇上のマーレとラクスを交互に見つめ、一言一言を噛みしめるように読み上げた。


(通称:比翼の誓約)


【前文】 ヴァルデム領主ガリアス・ヴァルデム(先代)および、ヘルバの森の守護者・先代魔女は、ここに領地の永劫なる安寧と、次代を担う者らの幸福を願い、古き慣習に優先する特例を定めるものとする。


【第一条:魔女の禁忌に関する例外措置】 魔女は古来より領主に深入りすべからずとの不文律がある。しかし、次代領主マーレと次代魔女ラクスの間に育まれた絆が、個人の情愛を超え、精霊との調和および領民の繁栄に寄与すると判断された場合、両名の婚姻およびそれに準ずる関係を、ヴァルデム領主家および森の理において全面的に容認、かつ祝福するものとする。


(中略)


【結びに代えて】 この書面は、両名が自らの意志で手を取り合った時、初めてその効力を発揮する。 親愛なる息子マーレと、愛しき愛弟子ラクスへ。 運命に翻弄されず、己の心に従ってヴァルデムの未来を切り拓かんことを。


読み終えた瞬間、広間は言葉を失ったような沈黙に包まれ、直後、沸き立つような感嘆の声が漏れた。 それは、長年この地を縛ってきた「魔女は孤独であるべき」という呪いが、親の愛によって解き放たれた瞬間だった。


マーレは、震える手でラクスの方を向いた。 ラクスもまた、涙を湛えた瞳でマーレを見つめ返している。 二人の耳には、遠くヘルバの森から、精霊たちが喜びの歌を奏でるような風の音が聞こえていた。


「……マーレ」


ラクスが、皆の前で彼の名を呼ぶ。 マーレは迷うことなく、その細い指先を強く、熱く引き寄せた。 ガリアスが満足げに頷き、カイルは「やれやれ、親馬鹿な遺言だ」と皮肉げに、けれど誰よりも嬉しそうに口角を上げた。


「――ヴァルデムの獅子と、森の魔女。二人の契りは、今ここに、精霊と法の名において承認された!」


ガリアスの宣言と共に、城内の鐘が鳴り響く。 それは二人の苦難の終焉であり、比翼の鳥として共に歩む、新しい時代の幕開けだった。

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