響き合う声、約束の光
泉の暴走が鎮まり、森に静寂が戻った。 ラクスとマーレは、穏やかな水面を見つめていた。そこには、封印の役目を終え、深い眠りについたソルの姿が、まるで美しい真珠のように精霊の光に守られて沈んでいる。
「……ソル様。次は、私たちがあなたを連れ戻す番です。」今のソルの状態は巨大な魔力譲渡と契約の解除によって心身が疲弊している姿であった。眠っているだけなのでいつかは目が覚めるがそれが何年後になるかはわからない。
ラクスの決意に満ちた呟きに、隣に立つマーレが力強く頷いた。 彼は、取り戻したばかりの声で、けれど大切に言葉を紡ぐ。
「ああ。彼女が守ってくれたこの領地を、今度は俺たちがもっと良い場所にしていこう。……一緒にな。」
その声は、かつての生意気な少年時代とも、沈黙を守っていた苦渋の月日とも違う、領主としての覚悟とラクスへの深い慈愛に満ちた響きだった。
翌日、事後処理を終えた二人は、ガリアスと共にエティエンヌの待つ執務室へと向かった。 そこには、国境での作戦を完璧に遂行したカイルも同席していた。
「――ほう。その喉、ようやく『愛している』と言えるようになったようだな。」
カイルが不敵に笑い、マーレの肩を叩く。 エティエンヌは優雅に椅子に腰掛けたまま、満足そうに扇子で口元を隠した。
「マーレ、その声で初めて発した言葉が、公式の挨拶でなかったことは不問にしてあげます。……ラクス、あなたもよく決断しました。これからのヴァルデムは、あなたたち二人が支えていくのですよ」ガリアスは妻の隣で、穏やかに二人を見守っていた。セバスの件は深い傷を残したが、若き獅子と魔女が手を取り合う姿に、領地の新しい夜明けを見たのだ。
そして、領主就任の「やり直し」となる公式式典の当日。 控室で正装に身を包んだ二人は、出番を待っていた。
マーレは、かつてないほど豪奢な領主の正礼装を纏い、背筋を伸ばして立っている。その威風堂々とした姿は、もはや誰の目にも疑いようのない、ヴァルデムの正当なる主だった。
「……ラクス。そんなに離れて立たなくてもいいだろう?」
ふいに掛けられた声に、ラクスは肩をびくりと震わせた。 あの日以来、マーレが口を開くたびに、ラクスの心臓は騒がしく跳ね回っている。
「っ、いえ……その、衣装が崩れるといけませんから。」そして視線は合わせない。いや、合わせられないのだ。沈黙していた頃の彼は、視線や手帳の文字で想いを伝えてくれた。それはそれで甘美な時間だったが、今の彼は違う。低く心地よい「声」が、耳元から直接脳を揺さぶってくるのだ。
「こっちへおいで。」
抗えない響き。マーレが歩み寄り、ラクスの腰にそっと手を回した。 密着した体温以上に、彼の喉が震えて発せられる吐息が、ラクスの首筋をくすぐる。
「……声が戻ってから、お前は俺の目をあまり見てくれないな。嫌いになったか?」
「そ、そんなわけ、ありません! ……ただ、その、声が……あまりにも……」
「あまりにも?」
マーレが意地悪く、彼女の顔を覗き込む。
「……素敵、すぎて。……ズルいです、マーレ様」
消え入るようなラクスの告白に、マーレは我慢できなくなったように、短く、幸せそうに笑った。
「そうか。なら、今日からは一生、この声でお前を口説き続けることにするよ。覚悟しておけ」
扉が開き、式典の開始を告げるファンファーレが遠くから聞こえてくる。 マーレはラクスに腕を差し出した。 ラクスはその腕に、今度は迷うことなく自分の手を重ねる。
「行きましょう。私たちの、新しい始まりへ」
二人の歩む先に、ヘルバの精霊たちが祝福の風を吹かせた。 沈黙の森は終わり、今、愛と魔法の歌がヴァルデムの空へと響き渡っていく。




