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「え?」「あ?」「どうぞお先に」隣国の王子が二人いたパターン

作者: しらら
掲載日:2026/02/02


「え?」

「あ?」

「どうぞお先に」

「そうか、ならば遠慮なく行かせて貰おう」



   ***


 

「またぁ?」

 新米外交役人ロッチが叫ぶ。

「何で行く先々のパーティーで、公開婚約破棄が起こる訳?」


  我らがローザリンド王太子殿下は、ただいま絶賛外遊中。

 国賓として招かれた某国のパーティーで、また婚約破棄断罪劇が始まって、付き人一同うんざり顔。

 まぁ今回の殿下は、同時に立ち上がった他国の王子に先を譲ってこちら側に戻って来てくれたので、ひと安心ではある。


「流行ってるんじゃねぇの? ほら、流行り物には乗っとこうってあるじゃん、若い奴の間で」

 手を頭の後ろで組んで呑気に吐き捨てるのは、護衛騎士のジーク。


「そうは言っても国賓を招くようなパーティーを中断し、いちいち醜態をさらすとは、下賤(げせん)の極みにございます」

 眉間にシワを寄せるのは、筆頭お目付け役アーサー卿。

 他の数人の付き人も、ひとまず落ち着いて、場の成り行きを見守っている。


 殿下は、トレードマークのプラチナブロンドの睫毛をフサフサさせながら、ホール中央で晒し者になっている令嬢と、話し掛ける隣国王子をじっと見つめていらっしゃる。

 宝石の瞳はキラキラと、夜空に煌めく星々さえも嫉妬して顔を背けると言われる清麗の(かんばせ)。見慣れている筈のロッチでも、いまだに目を奪われてしまう。


「壇上の者どもは、あのように細くか弱い令嬢に、言い掛かりとも言える理不尽な言葉を投げ付け、貶めていた。彼女はきっと深く傷付いているであろう、早く救ってあげて欲しい」


 そして相変わらずお優しい殿下でもあらせられる。



「分かりませんよ、最近は令嬢の方がしたたかだったりしますからね」


「そうなのか? ジーク」


「そうそ、昨今は、サックリ二つ返事で了承したり、ここぞとばかりに歓喜したり、そもそも不実な婚約なんぞとっくの昔に解消済み、なんてパターンもありますからね。

 オプションで辺境スローライフに移行してヒャッホーとか」


「ジーク先輩、殿下にあまり濁った知識を与えないで下さい」


「辺境スローライフとは何だ? 楽しそうだ、ロッチ、わたしもやってみたい」


「あぁもお、殿下が興味をお持ちになっちゃったじゃないか」




「辺境スローライフではありませんな。商才炸裂一人立ちパターンでした、ハッハハ」


 知らない男性の声に、ロッチは振り向いた。

 先ほど殿下が先を譲った隣国王子と、付き人らしき年配男性がこちらへ歩いて来る。

 笑みを浮かべる年配男性は髭がグルグル巻いていて、いかにも役人という風情。

 王子の方は黒髪(あか)眼、改めて見るとかなりなイケメンだが、眉間にシワを寄せて不機嫌そう。


「ショウサイサクレツ……?」

 殿下は長い睫毛をパチクリさせて首を傾げられる。


「美容商品で、既に一発当てているらしいです。権力の助けは無用、と言われました、ブハハ」


「そちらの王子殿下を袖にするとは随分と目の越えたご令嬢で」

 アーサーが目を細めて牽制を放つ。


「いやいや、そのくらい自立心のある令嬢の商売の方が気になりましてな。聞けばかなりな将来性のある画期的発明品。早速独占売買の約束を取り付けました。

 先を譲って頂いた事に感謝致します。貴国の王子殿下がお優しい謙虚な方で良かった」


 煽られてヒクリとなる一同の前で、黒髪王子が眉間のシワを深くして、グルグル髭の袖を引いた。


「私は、先を譲って貰った礼を言いに行きたいと言った。貴殿のそれは礼なのか?」


 髭はムッと口を閉じ、此方の国の面々も驚いて、何か言おうとしていた者も止まった。

 緊張した空気の中、ローザリンド殿下のホンワカとした声。


「それで、あの令嬢は救われたのですか?」


「あ、はい、我が国に来て頂いて、私が後見となります」

 慌てて返事をする黒髪王子。


「ならば良かったですねぇ」

 殿下の穏やかな波長に、荒みかけていた空気がとろけた。さすがであらせられる。


 ホールを見ると、黒髪王子の側近らしき黒に朱縁のハーフマントの一団が、令嬢を囲い込んで連れ去る所だ。

 壇上の元婚約者とピンク髪令嬢は呆然と見送っている。


 ロッチは、前に立つアーサーの拳に青筋が浮き上がるのを見てしまった。

 商才溢れる有能令嬢、タッチの差で貴重な国益を取り逃し、悔しさひとしおなんだろう。


(うわぁ、不機嫌になるぞぉ。殿下に言わない分、こっちに来るんだ……)


 ロッチが肩を竦めている所、ローザリンド殿下はのほほんと、黒髪王子に話し掛けていらっしゃる。


「美容関連とは女性用の化粧品などですか?」


「そうです、これからウハウハ利益を見込める画期的商品で…………ぇぐっ」


 割り込んで話し始めるグルグル髭に、殿下は手を前に出してハッキリと拒絶を示された。珍しい事だが、殿下はやる時はキッパリと意志を示される。

 そりゃそうだ、声を掛けたのは同等の身分である黒髪王子だけなのだ。


(俺が学んだ国際社会マナーでは、そういう順列もハッキリしていたけれど…… グルグル髭の国ではどうなってんだろ?)

 ロッチも鼻から息を吐きながら、口を結んで成り行きを見守る。


「ああ、うむ」

 静かになって、黒髪王子はやっと声を出せた。

「色が綺麗なだけのただの化粧品とは違うようだ。肌を健康に整え、人間本来の美しさを引き出す美容液だと……彼女はそんな風に言ってた。私も素晴らしい発想だと思う」


 黒髪王子、口下手なんじゃなくて、グルグル髭のせいで喋れない環境にあるだけなんだ。大変だなぁ。

 殿下がフムフムと聞く体制に入っているので、王子も心なし声が弾んでいる。


「その証拠に彼女の肌は、白粉も塗っていないのに本当に綺麗だ。瑞々しいというか、透明感があるというか、髪も見たことも無いほど滑らかで。使用者だと教えられた女性たちも、人混みの中で群を抜いて輝いていた」


「そんなに? 素晴らしいですね」


「だろ?」


「是非、我が国とも取り引きして頂きたいものです」


「あ、今の所、大量生産は出来ないと。聞けば、育成の難しい希少植物が必要で。まぁそこは俺……私が引き受けて、土と環境を研究すれば見通しは立ちそうで……」


「あ――あ――」

 髭が慌てた感じで遮った。

「我が国の守秘ですので、王子殿下、その辺で。将来的に量産するかどうかは、まだ未定です。ま、気長にお待ち下さい。それまではうちの独占ですので、くれぐれもご承知置き頂きたい」


(さっき殿下が釘刺ししたのに、分かってないのかな、このオジサン)


 ロッチにまで呆れられる髭の物言いに、黒髪王子は困った顔になり、アーサーの拳の青筋が増えた。

 周囲もハラハラする空気の中、殿下一人、別世界の住人のようにフワリと、黒髪王子に話し掛けられる。


「わたしは王子殿下にひとつお願いが出来てしまいました。言っても宜しいですか?」


「うむ」


「殿下! 王族は気安く返事をしてはなりませぬ!」

 髭が叫んだ。

「先を譲った事を恩に着せたいのでしょうが、あの令嬢が能無しの地雷物件だった場合、共に背負ってくれた訳でもありますまい」


(うん、それは筋が通ってるかな)と、ロッチは少し同意した。まぁ殿下の場合、令嬢が地雷だったらそれこそ放って置けず吹き飛ばされに行って、俺らが後始末でエライ目に遭うんだけれど……


「先を譲ってくれたのは好意なのだな?」

 黒髪王子が不意に(たず)ねた。


「はい」


「で、殿下!」

「他国から受けた好意も悪意も捨て置いてはならぬと、私は貴殿に教わった」


 髭を遮って、黒髪王子は自分の意志で続け、殿下をじっと見た。

 殿下は嬉しそうに微笑み返される。


「耳を傾けて頂いたこと感謝します。では言いますね。その美容液、わたしに一瓶、売って下さい」


「ひと瓶?」

「はい、ひと瓶」

「そのくらいなら彼女の手持ちにありそうだが……」

 拍子抜けして目を丸くする黒髪王子。

「『好意の見返り』がそんな物でいいのか?」


 殿下はにこやかに「はい」と答え、後ろのアーサーは(ああ、折角の、交渉に持ち込めそうなチャンスだったのに!)という感じで更に拳を震わせている。

 でもアーサーは、殿下が話しておられる最中は、余程の事がない限り口出ししない。殿下だけでなく相手に対しても相当失礼だし、何より他国に舐められる。


「ほほぉ、幻想的な美貌で売っていらっしゃる王太子殿下だけあって、お肌の張りが最重要事項で? ブハッ、ブハハ」


 空気を読まずにしゃしゃり出る髭。もうこいつ黙らせて。

 殿下の要求がささやかだった時点で安心した拍子に、また煽り始める。基本、煽るのがデフォな人なようで。

(こんなのが外交役人で大丈夫なのだろうか)

 なんて考えているロッチの前を通って、とうとうアーサーが動いた。微笑みの額に般若を宿らせて。


「そういえば今思い出したのですが」

 髭役人の肘をガッと掴む。

「なに、些細な事です。貴国の貿易の、とある主力商品の関税計上についてのお話で」


「え? え?」

「そうですね、あちらでゆるりと」


 言うが早いか、腹心の部下と数人で、髭に何を言わせる暇も無く引き摺って行った。相変わらず動きに無駄も容赦もない。


(あ――あ……)



 黒髪王子は、離れた椅子に座らされる髭を無表情で見やってから、肩を下ろして殿下に向き直った。


「ひと瓶くらいなら直ぐに渡せると思う」

「ああ、ありがとう」


「こちらこそ、先を譲って頂いた事、感謝する」

 やっとお礼を言えた。

「本当は一人で言いに来たかったのだが」

 小さな声で付け足した。


 二人の間に和やかな空気が流れ、


「美容液、殿下が使われるのか? それとも意中の女性でもいらっしゃるか?」

「ああ、フフフ……」

「おやおや」


「部下の妻に与えたいのだ」


 一同、僅かに前にのめる。


 黒髪王子はフサスグリみたいな赤い目をパチクリさせる。

「え、部下の妻……はあ……」


「で、殿下、そのようなプライベート、あ、あまり軽々と……」

 ロッチの上役(うわやく)が、思わずといった感じで口を挟んでしまった。

 殿下はそちらを向いて、憂いをおびた宝石の瞳で見上げる。


「マリサ・ストラスフォード夫人に」


「は、はい?」

 一気に動揺する一同。そう、この一団の長、アーサー・ストラスフォードの愛妻。

 彼はあちらで髭の対応をしている為、こちらの会話は聞こえていない。


「夫の代行で宮廷に出入りされる事が多いらしく、たまにお会いするのだが、最近どうしても目の下の隈に目が行ってしまう。

 彼女が大層優秀なのは分かっているが、それゆえ頑張りが過ぎているのではないかと心配になる。

 領地は収穫期であるし、管理の大変な時期であろう」


「はい……」

 役人、付き人一同、やや視線の行き先を失くして返事をする。

 この外遊事業その物が、アーサー卿の手腕なくしては有り得ない。彼は絶対必需品。彼がいるからこそ、当初の予想を超えて大きく成果を上げている。


「アーサーはわたしの外遊に無くてはならない。居なくなると困る。一重にわたしが心許ない半人前なせいだ。

 アーサーを背後の憂いなく送り出してくれるマリサ夫人に、わたしが感謝を示すのは当然ではないか?

 そして、国一番の公爵夫人が外見に元気を失くしているのは、国益を損なうに等しいと、わたしは思う」


「殿下……」


「とても良い美容液だと聞いて、わたしは一番にマリサ夫人の目の下の隈を思い出してしまった。

 そうだな、わたしは刹那的に狭い範囲の事しか考えられぬ、まだまだ未熟な王太子だ、反省する、許せ」


 殿下は声を落として睫毛を伏せられた。

 黒髪王子も何だか口を結んでモゴモゴさせている。




「いいえ、反省される事などないと思います」


 幼さが残るがはっきりとした明るい声が、殿下の斜め後ろから響いた。


 いつの間に、黒マントの侍従に囲まれた先程の令嬢が立っていた。少し前にそこに来て、話し掛けるタイミングが無いまま、殿下の言葉を聞いていた感じだ。

 いきなり他国の王族に話し掛けてしまった非礼を詫びてから、彼女は優雅に自己紹介をした。

 つい数分前まではこの国の伯爵令嬢で、今は勘当されて平民の、新鋭有力商会のオーナー、だそうだ。


「国を支える方々の、更に背後から支える女性に、健康に笑顔でいて貰いたいという願いは、国益に繋がる立派なお考えだと、私は思います。

 本日、販促用に一ダースほど持参しておりましたので、全部お持ち下さいませ。王太子殿下の部下の皆様に、家でお待ちの大切な方に、言葉と共に手ずからお渡し頂けますようにと願います」


 凛とした女性(ひと)だ。黒髪王子が言ったように、肌も髪も本当に美しい。

 キラキラしている。黒髪王子もボォッと見つめている。


 そしてロッチは、(えっ、俺も貰えるの? やったあ!)と、新婚の妻の喜ぶ顔を思い浮かべて、心で小躍りしていた。



 アーサーは、あちらで何をやっていたのか、グルグル髭が蒼白で崩折れているのを背景に戻って来たが、自分がいない間に何を話されていたかを聞き、青くなって白くなってしばらく放心していた。



 ***



 ホールに音楽が流れ、パーティーは落ち着きを取り戻す。

 例の商才令嬢が黒髪王子と躍り、今、我らがローザリンド殿下と交代した所だ。


 連続ダンスになるのに令嬢は元気一杯で楽しそうだ。聞けば、元婚約者には一度もエスコートされた事がなく、ダンス自体が初めてだという。

 聞いて殿下はとても張り切っておられた。本日の王子様(ファンタスティック)リードもキレッキレだ。


 ロッチはひんやりした壁際で、殿下周囲の動きを警戒している。

 肩書きは外交役人だが、護衛も兼ねている。っていうか、そちら方面で使い勝手が良いから外遊メンバーに抜擢されている。

 でないと自分みたいな雑事ですら覚えたてのペーペー、貴重な予算を使って毎回同行させて貰えない。


 と、隣に一人の男性が寄って来た。

 先程見た、黒髪王子の黒衣の側近の一人だ。


「ち――す、お疲れさん」


 軽い。髭役人も相当だったが、これはあちらの国の国民性なのか、彼ら一団だけの性分なのか、ちょっと分からない。


「あ、どうも」

 軽く返事をしておく。


「お互い大変だよな、王子様の外遊の付き添い」

 彼は一団で一人年若い感じで、同じく童顔で下っ端っぽいロッチに親しみを持ったのだろう。


「そうですね、想定外の事が起こるとワタワタしちゃいます」


 ロッチは相手に合わせた。こういう口が軽そうな者からは、込み入った情報も得られそうだ。


「ね、お宅もあれだろ? 他国の婚約破棄サレ令嬢狙い」


「は?」


「今、流行ってるから狙い目だって。こういうパーティーで公開婚約破棄される令嬢って、だいたい有能な掘り出し物じゃん」


「え、まさか、皆がそうとは限らないでしょう?」


「いやいや、並みの女の子なら普通に両家間の話し合いで婚約解消できるっしょ。

 相手が文句の付けようのない有能な令嬢だから、浮気を正当化したい男は自分の立場を守る為、こういう衆目の場で言い掛かりを付けて印象操作するしかないんだって。

 最初の誰かが成功しちゃったんだろうね、後々どうなったかは知らないけれど。

 で、何だか流行っちゃったと。

 それに気付いた我が国は、こうして遠征に出ては有能令嬢を狩りまくってるって訳」


「はあ……」

 マジか……?


「またまたぁ、惚けちゃって。お宅も同じ狙いでしょ。

 いいよなぁ、あんな尊味(とうとみ)のある王子様、しかも次期国王。どんな令嬢もたなびいちゃうよね。

 うちなんか大変。第三王子だし教養もイマイチだし。だけど、黒髪(あか)眼って人気らしいんよ、見せ餌に丁度いいんだってさ。

 他に王弟チームと辺境伯チームも動いてるけど、今の所うちのチームが一番成績良いの。えへへ」


「チーム……とか、あるんだ……」


「だって卒業シーズンとか掻き入れ時なのに、パーティー重なるじゃん」


「う、うん……」


 ロッチの頭で色んな順列がグルグル回っている。


「しっかし、持って生まれた『やんごとなき感』の無さだけはどうしようもないんだよなぁ。喋るとボロが出るからあんまり喋るなって言ってんのに、言うこと聞かねぇんだ、あいつ」


「…………」


「羨ましいよ、お宅の品格のある王子様。頭も良さそうだし、こう、高貴のオーラっていうの? ほとばしっててるじゃん。

 何もしなくても令嬢が寄って来そうなのに、さっきみたいに自立女性が喜びそうな台詞までサラサラ出て来るしさ。

 あれ、マニュアルとかあるの? あったらちょっと写させてよ」


「…………」



 ロッチは逃げ出したくなって来た。

 婚約破棄が流行りだとか有能令嬢狩りだとか、今日はじめて聞いた言葉だ。


 勿論、殿下の外遊にそんな項目は無い。

 今シーズンの外遊の連発は、成人したばかりの我が国の王太子を各国にお披露目するのが目的だ。


 と言っても、そう、確かに……


 ローザリンド殿下の人離れした稀有な容姿と吸引性を売りにしている事には間違いない、偉そうな事は言えない。


 殿下はああやってホワッとしておられるだけで、ご婦人ばかりかオジサンまでも虜にし、いつの間にか勝手に有利な関係を築いている。


 アーサー卿なんて、『儚げな少年の面影を残した一番(しゅん)な今の内に!』なんて露骨に口に出して、タイトなスケジュールであちらこちらと連れ回し、イメージ戦略で白しか着させないとか打ち出している。


 そして殿下はそういうのを全てご承知だ。

 幼い頃から慕うアーサーに全幅の信頼を寄せているので、どんなシナリオを書かれても、健気に応じていらっしゃる。


 いかんせんお心が清らか過ぎて、何かを演じようとしても、明後日の方向へハズしてしまう。

 それならばいっそと、『どうぞお心のままに振る舞いを』で通している。

 何故かそちらの方が上手く行く。


 基本、誠実な方なのだ。

 ひとえに周囲と国民を大切に思っていらっしゃる。

 人の上に立ち得る鏡のような方なのだ。


 そこに裏は存在しないと断言出来る。

 ロッチは学生時代の四年間、殿下と青春を共にした。

 卒業して社会人になったら、接し方を変えねばならなかったけれど、培った信頼は変わらない。


 だからこそ、何も知らない奴に勝手に決め付けられるのは、ムカッ腹が立つ。




「あぁん? 一緒にするなや」


 ロッチの言いたかった台詞が、頭の上から降って来た。

 護衛騎士のジークだ。立端(たっぱ)があるので、二人とも見上げる形になる。


「うちの殿下はピッチピチの純天然だ。そこいらの人工養殖王子と並べる事すら烏滸がましいわ、吊るすぞオラ、とっとと失せろ」


 侯爵家子息と言ってもとても信じて貰えそうに無い赤鬼極道の登場に、黒髪王子の側近の若者は、「そ、そんな事言ってないっす……」とモゴモゴ言いながら引っ込んで行った。


 去って行く黒マントから目を移して、ジークはロッチをギロリと睨む。

「なに、言われ放題にさせてんだよ」


「すみません。他所の国の人だし……」

「口で言えないならメンチきってやりゃいいんだよ」

「ジーク先輩みたいな迫力を身に付けるには、まだまだ修行が足りていないです」


「まぁいい、報告しろ」

「あ、はい」


 ロッチは、さっきの彼から聞いた、黒髪王子一団の目的などを話した。


「マジかよ」

「マジみたいです」


「まぁ下っ端の言ってる事だし、話半分だな」

「はい」


「そういえばアーサーも似たような事を言っていたな。こんなにあちこちで婚約破棄に遭遇するんなら、もうそちら狙いに舵をきろうか、なんて。

 勿論冗談だが、ガチでそれをやってる連中がいるとは」


「なんで偉い人って有能な令嬢を切り捨てたがるんでしょうね」

「さぁて、そういう話はアーサーに振ってやれや」

「嫌ですよ、恐ろしい」


 アーサー卿の細君マリサは、元、国一番の公爵令嬢。

 現在は、不在がちの夫に代わっての社交、家長としての代理業務、領地の管理までこなす上、独身時代に立ち上げた貿易会社を順調に経営する、超スペシャル有能夫人だ。

 アーサーがやりたい放題……じゃなくて、安心して外交に出歩けるのは、彼女のお陰と言っても過言ではない。


 ロッチが一年生の時の最上級生で、生徒会で一緒に働き、外交官志望だと言うと、国際社会の細かなマナーなどを教えてくれた。


「ロッチは学生時代、もしマリサが婚約者だったら嬉しかったか?」


「えっ、とんでもないですよ、(おそ)れ多い。釣り合わなさ過ぎて気が気じゃありません」


「そういう気持ちなんじゃないか? 婚約破棄したい男どもは」


「あぁ、少し理解しました」


 有能過ぎる令嬢のお相手は、それを受け止めきれる稀有な男性でないと無理。令嬢の方がどんな気持ちであろうと。

 しかし得てして有能な女性は、相手の男性を甘やかしがちで、男性は男性で、最初こそ「相応しい男になってやるぞ」と意気込んでいても、常に先を行かれまくると、何処かの段階でヘシ折れるらしい。


「難しい物ですね」


「アーサーんちが特別なんだよ」




 殿下がダンスを終えて移動されたので、ロッチもジークと別れて付いて行く。

 驚いた事に、黒髪王子と商才令嬢と、三人で歓談しながら、中庭へ向かわれている。

 三人とも笑顔で、何だか凄く話が弾んでいる。あちらの護衛も戸惑っている様子だ。


 ジークはまたアーサーと共に何処かへ消えて行った。

(まったく誰が正式な護衛なんだよ)


 本当に、あの人たち何をやっているんだろ。

『王太子の売り出しで外遊に駆け回る』

 ……表面のそれに(かこ)つけて、見えない所で種を撒いたり根回ししたり……おそらく王弟様と宰相様の肝も入っている。その位ならロッチにも何となく分かる。

(教えて貰うには、自分はヒヨッコ過ぎるんだろう)

 そういうのを学ぶ為に外交官になったのに、本当に、まだまだ修行が足りない。


 さっきの黒マントの若いのだって、きっと表の薄っぺらい部分しか教えられていない。


(外交沼、深い……)



 ***



「あ、ごめんなさい、そこを通して下さる?」


 中庭の、殿下たちが見える場所に立っているつもりだったが、うっかり通り道を塞いでいたようだ。

 ロッチは慌てて「すみません」と身を引いた。


「あら?」


 グラスが三つ乗ったトレーを運ぶのは、先程の商才令嬢だ。

 いつの間に殿下から離れた?

 いや、それより


「女性に飲み物を運ばせているんですか? 殿下が?」


「ローザリンド様の付き人の方ですよね、先程はどうも。そうなんです、私もどうかと思ったんですが、あの通りなので」


「??」


 彼女の視線を辿ると、先程からと同じように植え込みの向こうに殿下のプラチナブロンドが見えるのだが……そういえば、何か低い?


「で、殿下あっ!!」


 殿下は地べたにしゃがみ、木の棒で土の地面にガシガシと、何か書いているではないか。

 黒髪王子と一緒に。

 頬を上気させて、楽しそうに、

 機関銃みたいに口を動かせながら、

 夢中で、子供みたいに。


「聞こえないと思いますよ。私が側で話し掛けても、すっかり二人の世界でしたから」


「…………」


「美容液の原料植物の交配の話から、効率的な栽培施設、今は圧搾機の構想を練っているらしいわ。もう私には着いて行けないけれど」


「す、すみません……」


「いえいえ、とんでもない。私は製造は職人さん任せで、アイデア出しとマーケティングだけやっていたんです。

 ああいう風に根本から取り組んで下さる姿勢には、目ウロコです。私なんかより余程真剣に事業全体を考えて下さっているわ」


 実はローザリンド殿下は、外見に反して、造型オタク(違う)工作好きの職人肌だ。本当は華やかなパーティーより、引きこもり(じゃなくて)部屋で静かに図面を引いていたい方なのだ。

 しかし黒髪王子まで同じ属性だったとは。


「アレン君ね、……ああ、彼がそう呼んでくれって言ったから……その、アレン君がね、もう今の立場を辞めたいんだって」


 アレンくん……ロッチは、黒髪王子の名前を初めて聞いた。そういえば、彼の周囲の誰も、彼を名前で呼ばなかった。


「郊外で平凡にハーブ園を営んでいたお家に、ある日いきなり偉いヒトたちがやって来て、『お前はやんごとなき血筋の落とし種だ』って。

 びっくりしたけれど、アレン君、女手ひとつで育ててくれたお母さんに楽をさせてあげたくて、従ったらしいわ」


 有りがちな『やんごとなき方が庭師の娘にお手付き、身ごもったらポイ』って奴。

 やんごとなきお方の特徴を幾つか引き継いでいるので、落とし種っての事実らしい。

 だけれど立ち居振る舞いの突貫教育を受けた以外、王子らしい扱いは、ほとんどされていないとか。


 そっか、黒髪王子、市井の生まれ育ちだったのか。どうりで何かチグハグで、親しみがあった訳だ。


「なまじ、黒髪紅眼の美青年に生まれてしまったばかりに……」


「アハハ、そうそう、アレン君も言ってた! バッカみたい、私たちを何だと思ってんのかしらね、アハハハ!」



『お二方(ふたかた)に出会えて良かった。今日という日に婚約破棄されて、本当にラッキーだったわ』


 そう言って、商才令嬢はトレーを運んで歩いて行った。



 ***



「本日はお疲れ様でございました」


「ああ、ロッチも疲れたろう。部屋でゆっくり休んでくれ」


「はい、おやすみなさいませ、……えっと、リンド殿下……」


「!?」


 閉まる扉の向こう側で、殿下は振り向いて目を見開かれ、素の顔になられた。

 呼んでも良かったのかな、学生時代の呼び方……

 ロッチは何となく心が弾んで、つい廊下をスキップし、ジークに見られて怒られた。




 ~了~




 ――おまけ――



 ローザリンド王太子殿下、

 お元気でいらっしゃいますか。


 アレンです。


 畏まろうとしたけれど上手く書けないので、自分の使い慣れた言葉で書きます、失礼があったらごめんなさい。


 その説は大変お世話になりました。


 あの後、自分を囲い込んでいたチームの長が、関税の袖の下? 中抜き? なんかそういうので失脚していなくなり、あっさり庶民に戻る事が出来ました。

 母も、「キフジンの暮らしは落ち着かないから良かった」と言っています。


 除籍の申し立てとか、継承権放棄のやり方とか、道筋を付けて頂いて、本当にありがとうございました。

 こっちの国では誰も教えてくれないんだもん。

 アーサー様にはくれぐれも宜しくお伝え下さい。


 ローザリンド殿下の図面の圧搾機、試作一号稼働しています。職人さんたち大絶賛です。

 来シーズンから本格導入予定です。

 パテント契約をキチンとしたいので、近々そちらの国へ行きますね。

 妻も楽しみにしています。


 P・S

 新作の男性用美容液も沢山持って行きます!




 ~完了~





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