第10話 C級+プラス vs 重層竜
重層竜バルガスが、ついに俺たちの前へ進み出た。
巨大な足が大地を踏みしめた瞬間、地面そのものが重さに耐えきれないように沈み込み、そこを中心として蜘蛛の巣のような亀裂が一気に広がっていく。何層にも重なった黒鉄色の装甲鱗が動くたびに、巨大な鉄扉を何枚も無理やり擦り合わせているような重低音が響き、その音だけでも戦場の空気が押し潰されていくようだった。
さっきまで俺たちの周囲に集まっていたC級冒険者たちも、誰から命令されたわけでもないのに足を止めている。
無理もない。俺だって怖かった。
超竜部隊とは比べものにならない。勇者アレスの全力攻撃を受け止め、ブレイブの突進を簡単に弾き返し、リナがほとんど全魔力を使って放った《メテオフレア》でさえ、外側の装甲鱗を一枚剥がしただけだった怪物が、今はまっすぐ俺たちを見ている。
黄金色の瞳が静かに細められた。
「弱き者を重ね、戦線を作る者たちか」
低い声が空気を震わせ、その振動が胸の奥まで伝わってくる。
「興味深い。だが、いくら弱き力を積み重ねようと、最後に残るのは最も強き一撃のみだ」
バルガスが一歩前へ出ると、それだけで地面がさらに沈み、転がっていた瓦礫が跳ね上がった。
単発最強。
圧倒的な質量と、それを一撃へ変える力。
敵がどれほど工夫し、何人で連携し、どれだけ時間をかけて戦おうとしても、そのすべてをたった一度の攻撃で終わらせる。それがバルガスの思想であり、同時にあいつ自身の存在そのものでもあった。
一度踏まれれば終わる。
尾をまともに受けても終わる。
俺たちC級なら、防御を誤った時点で二度目の機会はない。
普通に考えれば、勝負は始まる前から終わっている。
それでも俺は左手を握った。
熱を持った《+》の印が、心臓の鼓動に合わせるように脈打っている。
「レオンさん」
隣ではモモが杖を構えていた。顔色は悪いし、唇も少し震えている。それでも逃げようとはしない。
デブリも俺たちの前へ巨大な盾を立てた。
「どうする?」
俺はバルガスを見上げたまま答えた。
「今まで通りだ」
「今まで通り……ですか?」
モモが不安そうに聞き返す。
「ああ。勇者の最大火力でも一発じゃ倒せなかったんだ。それなら俺たちが、それ以上の一撃を作ろうとする必要はない」
俺たちは最初から、そんな戦い方をしてこなかった。
足りなければ足す。
一度で駄目なら、もう一度。
それでも足りなければ、その次を繋ぐ。
そして何より重要なのは、一発で勝つことではない。
「倒せるまで、こっちが倒れなければいい」
俺がそう言うと、デブリは一度だけ頷き、大盾を握り直した。
「それなら俺の仕事だな」
「頼む」
「任せろ」
◇
先に動いたのはバルガスだった。
巨大な前脚がゆっくりと持ち上がる。
超竜の飛行型のような速さはない。それどころか、動きだけを見れば十分に目で追える。
なのに逃げられない。
前脚そのものが巨大すぎるうえ、振り下ろされる前から周囲の大気が押し潰され、まるで見えない壁が逃げ道を塞ぐように圧力を広げてくる。
「デブリ!」
「ああ!」
俺はすぐに《+》へ意識を集中させた。
【C級《守る》】
そこへ二つ目を足し、さらに三つ、四つ、五つと繋げていく。
【《守る》+《守る》+《守る》+《守る》+《守る》】
五つのC級《守る》が重なった瞬間、デブリの前方で空気が低く震え、目にはほとんど見えない防御層が幾重にも形成された。
【C級《多重防壁》】
直後、バルガスの前脚が落ちた。
ドォォォンッ!!
世界そのものを叩いたような轟音とともに一層目が大きく歪み、そのまま砕け散る。
「ぐっ……!」
《+》を通して衝撃が頭の奥へ突き刺さり、鋭い痛みが走った。
二層目が残った力を受け止めるが、それも一気に軋む。三層目へ衝撃が伝わる頃には、デブリの足元が地面へ深く沈み込み、巨大な身体が盾ごと押し込まれていた。
「デブリ!」
「まだいける!」
四層目にも無数の亀裂が走る。
それでも、勢いは最初より明らかに弱くなっていた。
五層目が最後の残りを受ける。
そして。
止まった。
完全に無傷というわけではない。衝撃はデブリの両腕まで伝わり、鎧の継ぎ目が金属音を立てている。俺の頭にも痛みが残り、左手はさっきより熱くなっていた。
それでも、バルガスの一撃は俺たちまで届かなかった。
周囲のC級冒険者から、信じられないという声が漏れる。
「……止めたぞ」
「勇者を吹き飛ばした攻撃だぞ……」
バルガスの黄金の瞳がわずかに動いた。
俺は荒く息を吐きながら、自分たちの防御が間違っていなかったことを確認する。
一枚で全部止める必要はない。
一層目が少し削り、二層目がさらに弱め、三層目、四層目、五層目へ渡していけばいい。
巨大な一撃なら、何枚もの《守る》で分けて受ける。
それだけだ。
「レオン!」
デブリが盾を支えたまま叫んだ。
「今だ!」
「分かってる!」
俺は防壁の横から一気に飛び出した。
狙う場所は決めてある。
頭でも胸でもない。
勇者アレスの攻撃が入り、リナの魔法によって外側の鱗が剥がれた場所。
つまり、すでに人間側の攻撃によって少しだけ削れている一点だ。
「わざわざ最初からやり直す必要なんてない」
左手の《+》を起動する。
【C級《殴る》】
そこへ《空振り》を挟み、さらに《殴る》を繋ぐ。
【C級《乱打》】
拳を振り抜いた瞬間、遅れて生まれた衝撃がバルガスの装甲の継ぎ目へ叩き込まれた。
ドンッ!
一発では何も起こらない。
分かっている。
だからもう一発、同じ場所へ打ち込む。
そして三発目も、狙いを変えない。
「無駄だ」
バルガスが低く告げる。
「その程度の力で、我が重層装甲を破れると思うか」
「思ってない!」
俺は拳をもう一度振る。
「一発ではな!」
アレスの一撃と比べれば、俺の攻撃力なんて何十分の一なのか分からない。まともに殴ったところで、バルガスの鱗一枚を砕くことすら難しいだろう。
でも俺には、最初から一撃で砕くつもりなんてない。
狙うのは同じ傷。
同じ継ぎ目。
同じ一点。
そこへ《殴る》を何度でも重ねる。
【《殴る》+《殴る》+《殴る》】
ドドドッ!
装甲の重なり目から、ほんの小さな黒い破片が飛んだ。
一欠片。
たったそれだけ。
それでも俺は見逃さない。
「……削れた」
バルガスの黄金の瞳がわずかに動いた。
本当に小さな変化だ。
けれど。
ゼロじゃない。
◇
「レオンさん、離れてください!」
モモの声を聞き、俺はすぐ横へ跳んだ。
彼女の杖の先には二つの火球が浮かんでいる。
【C級+C級】
「《二連ファイヤー》!」
二つの炎が、俺が削った場所へほとんど同じ軌道で連続して飛び込む。
最初の炎が装甲表面を熱し、その直後に二発目が同じ場所へ重なった。
それだけなら、バルガスの防御を突破するほどの威力はない。
だがモモはさらに《風起こし》を加えた。
狙いは炎を広げることではない。
むしろ逆だ。
「外へ広げないで……中へ押し込む!」
細く絞られた炎が、俺の《乱打》によってわずかに開いた装甲の継ぎ目へ流れ込む。
バルガスの表面全体を焼く必要なんてない。
隙間だけでいい。
装甲の内側へ熱を送り、逃げにくい場所へ少しずつ蓄積させていく。
派手な爆発は起きなかった。
リナの《メテオフレア》のように空が赤く染まるわけでもない。
けれど、同じ場所へ繰り返し熱を送り込めば、装甲の内部には少しずつ逃げ場のない熱が残る。
バルガスがわずかに首を動かした。
「……熱を残すか」
モモがびくりとする。
「気づかれました……!」
俺は笑った。
「気づいたってことは効いてるってことだろ」
「まだ全然倒れそうにありませんけど!」
「ゼロよりずっといい!」
「そういう問題ですか!?」
こんな状況でも、モモはきちんと返してくる。
それだけで少し身体の力が抜けた。
だが休む暇はない。
バルガスの尾が動いた。
◇
巨大な尾が横薙ぎに振るわれる。
「来るぞ!」
デブリが大盾を構え直す。
だが、今度は真正面からそのすべてを受けるわけにはいかない。
モモもすぐに杖を向けた。
「《スロー》!」
淡い魔力がバルガスへ絡みつく。
C級は、対象の動きを少しだけ鈍らせる補助魔法だ。普通の相手でも一割から二割程度、バルガスほど格上なら実際の効果はもっと小さいかもしれない。
それでも。
尾の動きが、ほんのわずかに鈍った。
本当に誤差みたいな差だ。
けれど、その誤差がデブリに盾の角度を変える時間を与えた。
「来い!」
尾が《多重防壁》へ激突する。
一層目が砕け、二層目、三層目へと衝撃が伝わるが、デブリは真正面から押し返そうとはしなかった。盾を斜めに傾け、残った力を横へ逃がす。
巨体が数メートル地面を滑る。
それでも倒れない。
「いける!」
俺は叫んだ。
「モモ、《スロー》をもう一度!」
「はい!」
一度で足りないなら重ねればいい。
二つ目の《スロー》が加わり、バルガスの次の動きがまたほんのわずかだけ遅れる。
大した違いじゃない。
A級冒険者なら気にも留めないほどの差かもしれない。
でも、その一瞬があれば、バルガスの足が落ちる前に横へ逃げられる。
尾が届く前にデブリが盾を合わせられる。
首が動く前に俺が一発多く叩き込める。
俺たちC級にとって、その一瞬は命そのものだった。
◇
そこからの戦いは、英雄たちの戦いとはまるで違うものになった。
デブリが《多重防壁》でバルガスの攻撃を何層にも分けて受け、一度の衝撃を少しずつ削る。
俺は装甲の同じ継ぎ目だけを狙い、《殴る》と《乱打》を何度も重ねる。
モモは《二連ファイヤー》で同じ場所へ熱を送り込み、《スロー》によって攻撃のタイミングをほんの少しだけずらす。俺の集中が切れかければ《マナリペア》でわずかに魔力と意識を戻し、また次の《+》へ繋げる。
誰も必殺技なんて使っていない。
戦場全体を吹き飛ばすような攻撃もない。
俺たちがやっているのは、少し守り、少し削り、少し熱を残し、少しだけ相手を遅らせることの繰り返しだった。
それでも。
戦いが終わらない。
バルガスが前脚を振るえば、デブリが受ける。
防壁が壊れれば、俺がまた《守る》を重ねる。
その間に俺が殴り、モモが炎を押し込む。
次の攻撃が来れば避け、受け、また同じところを削る。
一分。
二分。
さらに時間が過ぎていく。
バルガスからすれば、俺たちなど一撃で潰せるはずのC級だ。
ところが倒れない。
攻撃を受けても次の防壁が現れ、もう一度攻撃しても、また別の手段で衝撃を殺す。
もちろん、俺たちだって無傷ではない。
デブリの鎧は傷だらけになり、モモの息も荒くなっている。俺の頭痛もどんどん強くなり、《+》を使うたび左手が焼けるように熱くなる。
だが、俺たちだけが削られているわけではなかった。
俺が狙い続けた装甲の継ぎ目には、最初にはなかった小さな亀裂が生まれている。
モモが何度も炎を押し込んだ隙間からは、赤黒い煙がわずかに漏れ始めた。
《スロー》そのものは長く残らなくても、攻撃のたびにかけ直されることで、バルガスは以前のように好きなタイミングで攻撃できなくなっている。
そして何より。
最初は一切の無駄がなかったバルガスの動きに、ほんのわずかな苛立ちが混じり始めていた。
黄金の瞳が細くなる。
「……妙だ」
俺は拳を構えながら聞き返す。
「何が?」
バルガスは答えず、巨大な前脚を持ち上げた。
それでも俺には分かった。
最初より、ほんのわずかに動作が重い。
俺はその変化を見逃さなかった。
「減ってるんだ」
「何がですか?」
モモが聞く。
「バルガスの全部だよ」
装甲が全部壊れたわけじゃない。
致命傷もない。
魔力炉もまだ生きている。
それでも、熱は内部へ残る。
装甲の継ぎ目は削れている。
同じ場所へ何度も衝撃を受ければ、完全な状態ではなくなる。
小さな変化ばかりだ。
でも、それらは確実に積み上がっている。
「こいつだって無限じゃない」
俺がそう言うと、バルガスの瞳が初めて明確にこちらを捉えた。
◇
「貴様らは……何をしている」
低い声だった。
俺は一瞬、質問の意味が分からなかった。
「何って、戦ってるだけだ」
「違う」
黄金の瞳が俺へ向けられる。
「なぜ終わらぬ」
その言葉を聞いた時、俺はようやく理解した。
そして、少し笑った。
そうか。
こいつには理解できないんだ。
バルガスにとって戦いとは、一撃で決着をつけるものだ。
敵が倒れれば終わり。
倒れなければ、さらに強い一撃を使う。
それでも倒れないなら、もっと強い一撃を出せばいい。
つまり、あいつが見ているのは常に一瞬の最大値だ。
だからこそ、終わらない戦いそのものが理解できない。
俺はゆっくりと一歩前へ出た。
「俺たちはC級だ。お前みたいに一発ですべてを終わらせる力なんて、最初から持ってない」
バルガスの前脚が動く。
モモが《スロー》を放ち、その一瞬の遅れへデブリが盾を合わせる。
《多重防壁》へ一撃が落ち、防御層が軋んだ。
それでも俺は、その隙を使って前へ出る。
「だから、一発で倒そうなんて最初から考えてない」
拳を振る。
最初の一撃が、同じ亀裂へ入った。
続けてもう一発。
「一発で全部守る必要もない」
三発目。
さらに《乱打》。
「一発で勝つ必要だってない!」
連続する衝撃が、ずっと狙い続けていた一点へ重なる。
ドドドドッ!
次の瞬間。
装甲の亀裂が大きく広がった。
そして。
黒鉄色の鱗の一部が、ついに砕けて地面へ落ちた。
周囲のC級冒険者たちが息を呑む。
「……割れた」
誰かの声が聞こえた。
「バルガスの装甲を……C級が……」
バルガス自身も、自分の胸元へ視線を落とした。
破壊したのは本体装甲ではない。
ほんの一部。
外側の防御に過ぎない。
それでも。
間違いなく。
俺たちの攻撃で壊した。
黄金の瞳に、初めて理解できないものを見るような色が浮かんだ。
◇
俺は荒い息を整えながら、左手を押さえた。
頭が痛い。
《+》を使い続けた反動で視界も少し揺れている。
デブリも限界に近い。盾を持つ両腕が震え、鎧の隙間から荒い呼吸が聞こえてくる。
モモの魔力だって減っている。
俺たちも無限じゃない。
だからこそ、無理に一度で決めようとしてはいけない。
「デブリ」
「ああ」
「全部を真正面から止めなくていい。受けられるところまで受けて、残りは流せ」
「分かった」
「モモも一気に魔力を使うな」
「少しずつ、ですよね?」
「ああ。次に使える分を必ず残してくれ」
俺たちは壊れるまで戦うつもりはない。
一回で決める必要もない。
次ができる形を残したまま戦い続ける。
俺は再びバルガスへ向き直った。
「俺たちは、壊れない戦いをする」
バルガスが低く唸る。
「臆病者の理屈だ」
「そうかもな」
俺は否定しなかった。
「でも、俺たちは生き残る」
俺が一発殴る。
モモの炎が、その場所へ続く。
デブリが次の攻撃を受ける。
「生きていれば次も戦える。その次もな」
そして最後に。
どちらが立っているか。
それだけだ。
「最後にお前が倒れて、俺たちが立ってたら」
俺は拳を構えた。
「俺たちの勝ちだ」
◇
その言葉を聞いた瞬間、バルガスが咆哮した。
ただの呼吸ではない。
明確な怒りを伴った、初めての咆哮だった。
空気が震え、地面の砂が一斉に跳ね上がる。
「弱者が――!」
巨大な前脚が、これまでよりさらに強く振り下ろされる。
「デブリ!」
「来い!」
《多重防壁》が正面へ展開される。
一層目が砕け、二層目も大きく割れる。
三層目が強烈な衝撃を受け止め、四層目へ力を流す。
デブリの足が地面を削った。
そして。
初めて。
デブリが一歩だけ後ろへ下がった。
「まだだ!」
デブリが盾を支える。
その瞬間。
俺は逆に前へ出た。
「モモ!」
「はい!」
《スロー》がバルガスへかかる。
一回。
さらにもう一度。
ほんの一瞬だけ次の動作が遅れる。
それだけあれば十分だった。
俺は左手の《+》を起動する。
【《殴る》+《空振り》+《殴る》+《空振り》+《殴る》】
狙う場所は変えない。
さっき壊した装甲。
その奥。
同じ亀裂。
「うおおおおおおおッ!!」
拳を連続して振り抜く。
いくつもの衝撃が一点へ重なり、亀裂がさらに広がった。
そこへモモの炎が入り、装甲の内側へ熱を送り込む。
デブリも盾でバルガスの前脚を押し返した。
一人なら無理だ。
俺一人でも。
モモ一人でも。
デブリ一人でも。
絶対に動かせない。
でも。
デブリが受ける。
モモが遅らせる。
俺が削る。
そして三人の力が重なった、その瞬間。
バルガスの前脚の位置が変わった。
「……え?」
モモが小さく声を漏らした。
俺も最初は何が起きたのか理解できなかった。
しかし。
間違いない。
バルガスの巨体が、わずかに後ろへ動いている。
半歩にも満たない。
数十センチ程度かもしれない。
それでも。
重層竜バルガスが。
後退した。
戦場が静まり返った。
「……下がった」
C級冒険者の一人が、呆然と呟く。
「バルガスが……」
別の者が続ける。
「C級相手に、下がった……?」
黄金の瞳が俺たちへ向けられた。
今までのような、弱い生き物を測定するような目ではない。
明確な敵を見る目。
自分を傷つけ、自分を動かした存在へ向ける視線だった。
俺は荒い息を吐きながら拳を構え直す。
バルガスは、一瞬の最大火力だけが強さだと信じている。
一撃で敵を終わらせることこそが最強。
けれど。
もし、一撃で終わらなかったらどうなる?
一撃目で傷が残る。
二撃目で亀裂になる。
三撃。
十撃。
百撃。
傷も。
熱も。
疲労も。
少しずつ積み上がる。
その全部が、一度の攻撃が終わったからといって消えるわけじゃない。
一撃で世界を終わらせるという思想が、終わらない戦いの中で初めて揺らぎ始めていた。
俺はバルガスへ拳を向ける。
「どうした?」
黄金の瞳が鋭く細まった。
俺は、少しだけ笑った。
「まだ一撃で終わってないぞ」
左手の《+》が、熱く脈打つ。
頭痛は消えない。
体力も余裕なんてない。
それでも。
まだ次がある。
だったら。
やることは一つだ。
「足りないなら――次を足そう」
重層竜バルガスと、C級《+》。
最強の一撃を信じる怪物と、最弱の力を何度でも積み重ねる俺たち。
どちらの強さが最後まで残るのか。
その戦いは、この瞬間からようやく本当の勝負へ変わり始めていた。




