↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S級勇者にはなれなかった。だからC級を全部集めることにした。  作者: 虫松
第二部 出会い・成長編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/55

第3話 評価されない側

ギルドの評価というものは、いつだって冷たい。


依頼を達成したという結果よりも、その途中で何をしたのか、どれだけ効率よく戦えたのか、そして今後どこまで伸びそうなのか。


そういうものが、数字や短い言葉に置き換えられていく。


畑を荒らしていたゴブリン三体を倒した翌日、レオン・クロウとモモは、討伐報告のため町の冒険者ギルドを訪れていた。


受付の職員は、提出した討伐証明と依頼書を確認すると、手元の羊皮紙へ何かを書き込んだ。


「ゴブリン三体。討伐自体は問題なく確認できました」


「よ、よかったぁ……」


隣でモモが小さく息を吐いた。


初めて二人で受けた依頼だった。


途中で畑の藁を燃やしかけたり、俺が棍棒を食らったりと散々ではあったが、最後には三体とも倒した。


しかも俺たちは、《殴る》と《ファイヤー》を《+》で組み合わせることで、《ファイヤーパンチ》という今までにない力まで生み出した。


俺にとっては、それだけで十分すぎる成果だった。


だが、ギルドの評価は違った。


職員はモモの戦闘記録へ目を落とし、少し眉を寄せる。


「ただし、モモさん」


「は、はい!」


「魔法の命中率が低すぎますね」


モモの肩がぴくりと揺れた。


「今回確認できた《ファイヤー》の発動回数に対して、通常状態での命中率はかなり低い。詠唱の乱れもありますし、魔力出力にもばらつきがあります」


「あ……はい」


さっきまで明るかったモモの声が、少しだけ小さくなる。


職員は責めているわけではない。


ただ、書類に記録された事実を読んでいるだけだった。


「火力そのものは悪くありません。しかし安定して当てられない以上、戦力として計算するのは難しいです。今の状態では、より危険度の高い依頼を紹介することはできません」


「……はい」


「《灯り》と《水出し》についても、まだ実戦向きとは言えませんね。まずは魔力制御と詠唱を安定させてください」


モモは一瞬俯いたが、すぐに顔を上げた。


そして、いつものように笑った。


「はい! ありがとうございます! 次はもっと頑張ります!」


その声は、必要以上に明るかった。


俺は横で何も言わなかった。


なぜなら、その明るさを知っていたからだ。


俺も昔、同じことをしていた。


勇者パーティーにいた頃。


アレスが将来有望と言われ、リナやカインが上位ランク候補として評価される中で、俺だけが「平均的」「特筆事項なし」と書かれた。


その時も俺は笑った。


「まあ、次だな」


そう言って。


本当は、笑えるほど平気ではなかったのに。


「それと、レオンさん」


職員が今度は俺を見る。


「はい」


「今回もスキル自体に成長反応はありません。C級《殴る》のままです」


予想していた通りだった。


「身体能力、戦闘技術ともに平均範囲。今回の討伐については成功していますが、特殊な成長要素は確認できませんでした」


《ファイヤーパンチ》については報告していない。


いや、正確には報告できなかった。


俺自身、《+》が何なのかまだ理解していないし、他人のC級スキルと自分のスキルを組み合わせられるなどと言っても、簡単に信じてもらえるとは思えなかった。


今はまだ、自分たちだけで確かめるべきだ。


だからギルドから見れば、俺は相変わらずC級《殴る》しか使えない、何の特徴もない冒険者だった。


「分かりました」


俺が答えると、職員は報酬を机の上へ置いた。


「今回の依頼達成報酬です。次も無理のない依頼を選んでください」


それで話は終わった。


俺たちは報酬を受け取り、ギルドを出た。



外へ出ると、昼の日差しが眩しかった。


モモは俺の隣を歩きながら、さっきまでと変わらない調子で話し始めた。


「次は、もっとちゃんと当てられるようにしますね」


「ああ」


「詠唱も噛まないように練習します。それに、ファイヤーだけじゃなくて、水出しも使えるようにしたいですし」


「畑を水浸しにしない程度にな」


「もうしませんよ!」


少し頬を膨らませる。


その仕草がおかしくて、俺は笑った。


モモも笑う。


でも。


その笑顔がどこか危ういことに、俺は気づいていた。


いつもより少しだけ口角を上げすぎている。


声も、少し明るすぎる。


俺は何も言わなかった。


「大丈夫か」と聞いても、きっと「大丈夫です」と返ってくる。


そういう時がある。


誰かに心配されるほど、余計に平気なふりをしてしまう時が。


俺自身がそうだったから、分かる。



その日の夜。


安宿で夕食を済ませたあと、俺は少し外を歩いていた。


昼間に受け取った報酬を確認しながら、次に何の依頼を受けるべきか考える。


まだ《+》について分からないことは多い。


《殴る》と《ファイヤー》は組み合わせられた。


では《水出し》ならどうなる?


《灯り》なら?


組み合わせられるスキルに条件はあるのか。


使える回数に制限はあるのか。


試したいことはいくらでもあった。


そんなことを考えながら宿の裏手を通りかかった時、小さな音が聞こえた。


「……っ」


最初は猫かと思った。


でも違う。


誰かが、声を押し殺して泣いている。


足を止める。


建物の陰。


古い木箱の横に、一人の少女が座り込んでいた。


モモだった。


膝を抱え、そこへ顔を伏せている。


昼間まで笑っていた少女が、肩を震わせていた。


俺はすぐには声をかけなかった。


知らないふりをして戻ることもできた。


でも、それもしなかった。


少し離れた場所に立って、ただ待った。


俺には分かる。


泣いている時に「大丈夫?」と聞かれることが、余計につらい時がある。


大丈夫じゃないから泣いているのに、それでも「大丈夫」と答えなければならなくなる。


そんな時間。


だから俺は、何も言わなかった。


しばらくして。


モモが顔を上げた。


袖で目元を拭おうとして、その途中で俺に気づく。


「……え?」


目が合った。


「あ」


モモは慌てて袖で涙を拭った。


「あ、あはは……」


笑う。


昼間と同じ。


無理をして作った笑顔だった。


「見られちゃいましたね」


「……そうだな」


「ちょっと目にゴミが入って」


「それはずいぶん長く入ってたな」


「……はい」


モモの笑顔が少し崩れた。


俺は何も追及せず、隣に腰を下ろした。


少しだけ距離を空ける。


ギルドで初めて話した時と同じくらいの距離。


夜風が静かに通り抜けていく。


しばらく、二人とも何も言わなかった。


それでよかった。


やがて俺は空を見上げながら、ぽつりと言った。


「俺さ」


モモが少しだけこちらを見る。


「才能って言葉、嫌いなんだ」


モモは驚いたように目を瞬かせた。


俺は続ける。


「便利すぎるんだよ。才能があるから伸びる。才能がないから伸びない。それだけで、何でも説明できる」


勇者パーティーにいた頃のことを思い出す。


アレスには才能がある。


リナにも。


カインにも。


俺にはない。


そうやって一つずつ、未来が決められていった。


「努力しても結果が出なければ、才能がないって言われる。逆に結果を出した奴は、才能があったって言われる」


俺は苦笑した。


「後からなら、何とでも言えるよな」


しばらく黙っていたモモが、小さく答えた。


「……私も嫌いです」


声が震えている。


でも、もう無理に明るくしようとはしていなかった。


「小さい頃から魔法使いになりたくて、ずっと練習してきたんです」


「うん」


「みんなが寝たあとも詠唱を覚えて、杖の振り方も練習して……魔力を安定させる方法も、本で読んで」


モモは膝を抱えたまま、ぽつぽつと言葉を続ける。


「でも、いざやると噛んじゃうんです。緊張すると頭が真っ白になって、魔法が変な方向へ飛んで……」


小さく息を吸う。


「何回パーティーに入っても、最初は『大丈夫だよ』って言ってくれるんです。でも、そのうち呼ばれなくなって」


俺は何も言わず聞いた。


「頑張っても、練習しても、最後には『向いてないんじゃない?』って言われるんです」


そこで。


モモの目から、また一滴涙が落ちた。


「だったら最初から、期待しなければよかったのかなって」


俺は横を見る。


「魔法使いになんてなれるって思わなければ、こんなに悔しくなかったのかなって……」


その言葉を聞いて。


胸の奥が痛んだ。


同じだった。


俺も何度そう思っただろう。


最初からアレスたちと同じ場所に立とうとしなければ。


最強になれるなんて信じなければ。


追いつけるなんて思わなければ。


もっと楽だったのかもしれない。


俺は夜空を見上げた。


「評価ってさ」


「……はい」


「便利だよな」


モモがこちらを見る。


「数字にすれば、誰を残して誰を切るか簡単に決められる」


自分でも、少し皮肉な言い方だと思った。


「こいつは将来有望。こいつは伸びない。こいつは必要。こいつはいなくても困らない」


勇者パーティーを追放された日のことが頭をよぎる。


誰も俺を嫌っていなかった。


誰も怒っていなかった。


ただ。


評価された結果、俺はいらなくなった。


「だから俺は、評価って言葉もあんまり好きじゃない」


モモはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「……私もです」


「気が合うな」


そう言うと。


モモが、ほんの少しだけ笑った。


今度の笑顔は。


昼間のものとは違った。


無理に明るく見せようとしていない。


ただ、少しだけ気持ちが軽くなった時の笑顔。


俺もつられて笑った。



その夜。


俺たちは何も約束しなかった。


「絶対に強くなろう」と誓ったわけでもない。


「見返してやろう」と言ったわけでもない。


俺はアレスたちの悪口を言わなかったし、モモも自分を外したパーティーを恨む言葉は口にしなかった。


ただ。


隣に座っていただけだった。


しばらくしてモモが言った。


「レオンさん」


「何?」


「昨日のファイヤーパンチ……すごかったですよね」


「ああ」


「あれなら」


少し迷ってから。


「私のファイヤーも、役に立つんでしょうか」


俺はすぐには答えなかった。


モモの《ファイヤー》は当たらない。


詠唱も噛む。


魔力制御も安定しない。


ギルドの評価なら。


将来性なし。


そう書かれるかもしれない。


でも。


俺は見た。


モモのC級ファイヤーが。


俺のC級《殴る》と繋がった瞬間。


ゴブリンを一撃で吹き飛ばした。


「ああ」


俺は答えた。


「役に立つ」


モモがこちらを見る。


「少なくとも、俺には必要だ」


その言葉を口にすると。


モモの目が少し大きくなった。


そして。


静かに笑った。


「……はい」


それ以上。


何も言う必要はなかった。


俺たちは、同じ側にいた。


才能があると評価される側ではない。


将来を期待される側でもない。


「伸びない」


「向いていない」


「必要ない」


そう言われる側。


評価されない側。


でも。


だからといって。


立ち止まらなければならない理由はない。


世界が俺たちを評価しなくても。


俺たち自身まで。


自分たちを見限る必要はない。


夜の小さな町で。


C級《殴る》しか持たない俺と。


C級魔法しか使えないモモは。


何の誓いも交わさず。


ただ並んで座っていた。


それでも。


十分だった。


俺たちはその夜。


初めて本当の意味で。


同じ側に立った。


世界の端で評価されないままそれでも前へ進む側として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。