第3話 評価されない側
ギルドの評価というものは、いつだって冷たい。
依頼を達成したという結果よりも、その途中で何をしたのか、どれだけ効率よく戦えたのか、そして今後どこまで伸びそうなのか。
そういうものが、数字や短い言葉に置き換えられていく。
畑を荒らしていたゴブリン三体を倒した翌日、レオン・クロウとモモは、討伐報告のため町の冒険者ギルドを訪れていた。
受付の職員は、提出した討伐証明と依頼書を確認すると、手元の羊皮紙へ何かを書き込んだ。
「ゴブリン三体。討伐自体は問題なく確認できました」
「よ、よかったぁ……」
隣でモモが小さく息を吐いた。
初めて二人で受けた依頼だった。
途中で畑の藁を燃やしかけたり、俺が棍棒を食らったりと散々ではあったが、最後には三体とも倒した。
しかも俺たちは、《殴る》と《ファイヤー》を《+》で組み合わせることで、《ファイヤーパンチ》という今までにない力まで生み出した。
俺にとっては、それだけで十分すぎる成果だった。
だが、ギルドの評価は違った。
職員はモモの戦闘記録へ目を落とし、少し眉を寄せる。
「ただし、モモさん」
「は、はい!」
「魔法の命中率が低すぎますね」
モモの肩がぴくりと揺れた。
「今回確認できた《ファイヤー》の発動回数に対して、通常状態での命中率はかなり低い。詠唱の乱れもありますし、魔力出力にもばらつきがあります」
「あ……はい」
さっきまで明るかったモモの声が、少しだけ小さくなる。
職員は責めているわけではない。
ただ、書類に記録された事実を読んでいるだけだった。
「火力そのものは悪くありません。しかし安定して当てられない以上、戦力として計算するのは難しいです。今の状態では、より危険度の高い依頼を紹介することはできません」
「……はい」
「《灯り》と《水出し》についても、まだ実戦向きとは言えませんね。まずは魔力制御と詠唱を安定させてください」
モモは一瞬俯いたが、すぐに顔を上げた。
そして、いつものように笑った。
「はい! ありがとうございます! 次はもっと頑張ります!」
その声は、必要以上に明るかった。
俺は横で何も言わなかった。
なぜなら、その明るさを知っていたからだ。
俺も昔、同じことをしていた。
勇者パーティーにいた頃。
アレスが将来有望と言われ、リナやカインが上位ランク候補として評価される中で、俺だけが「平均的」「特筆事項なし」と書かれた。
その時も俺は笑った。
「まあ、次だな」
そう言って。
本当は、笑えるほど平気ではなかったのに。
「それと、レオンさん」
職員が今度は俺を見る。
「はい」
「今回もスキル自体に成長反応はありません。C級《殴る》のままです」
予想していた通りだった。
「身体能力、戦闘技術ともに平均範囲。今回の討伐については成功していますが、特殊な成長要素は確認できませんでした」
《ファイヤーパンチ》については報告していない。
いや、正確には報告できなかった。
俺自身、《+》が何なのかまだ理解していないし、他人のC級スキルと自分のスキルを組み合わせられるなどと言っても、簡単に信じてもらえるとは思えなかった。
今はまだ、自分たちだけで確かめるべきだ。
だからギルドから見れば、俺は相変わらずC級《殴る》しか使えない、何の特徴もない冒険者だった。
「分かりました」
俺が答えると、職員は報酬を机の上へ置いた。
「今回の依頼達成報酬です。次も無理のない依頼を選んでください」
それで話は終わった。
俺たちは報酬を受け取り、ギルドを出た。
◇
外へ出ると、昼の日差しが眩しかった。
モモは俺の隣を歩きながら、さっきまでと変わらない調子で話し始めた。
「次は、もっとちゃんと当てられるようにしますね」
「ああ」
「詠唱も噛まないように練習します。それに、ファイヤーだけじゃなくて、水出しも使えるようにしたいですし」
「畑を水浸しにしない程度にな」
「もうしませんよ!」
少し頬を膨らませる。
その仕草がおかしくて、俺は笑った。
モモも笑う。
でも。
その笑顔がどこか危ういことに、俺は気づいていた。
いつもより少しだけ口角を上げすぎている。
声も、少し明るすぎる。
俺は何も言わなかった。
「大丈夫か」と聞いても、きっと「大丈夫です」と返ってくる。
そういう時がある。
誰かに心配されるほど、余計に平気なふりをしてしまう時が。
俺自身がそうだったから、分かる。
◇
その日の夜。
安宿で夕食を済ませたあと、俺は少し外を歩いていた。
昼間に受け取った報酬を確認しながら、次に何の依頼を受けるべきか考える。
まだ《+》について分からないことは多い。
《殴る》と《ファイヤー》は組み合わせられた。
では《水出し》ならどうなる?
《灯り》なら?
組み合わせられるスキルに条件はあるのか。
使える回数に制限はあるのか。
試したいことはいくらでもあった。
そんなことを考えながら宿の裏手を通りかかった時、小さな音が聞こえた。
「……っ」
最初は猫かと思った。
でも違う。
誰かが、声を押し殺して泣いている。
足を止める。
建物の陰。
古い木箱の横に、一人の少女が座り込んでいた。
モモだった。
膝を抱え、そこへ顔を伏せている。
昼間まで笑っていた少女が、肩を震わせていた。
俺はすぐには声をかけなかった。
知らないふりをして戻ることもできた。
でも、それもしなかった。
少し離れた場所に立って、ただ待った。
俺には分かる。
泣いている時に「大丈夫?」と聞かれることが、余計につらい時がある。
大丈夫じゃないから泣いているのに、それでも「大丈夫」と答えなければならなくなる。
そんな時間。
だから俺は、何も言わなかった。
しばらくして。
モモが顔を上げた。
袖で目元を拭おうとして、その途中で俺に気づく。
「……え?」
目が合った。
「あ」
モモは慌てて袖で涙を拭った。
「あ、あはは……」
笑う。
昼間と同じ。
無理をして作った笑顔だった。
「見られちゃいましたね」
「……そうだな」
「ちょっと目にゴミが入って」
「それはずいぶん長く入ってたな」
「……はい」
モモの笑顔が少し崩れた。
俺は何も追及せず、隣に腰を下ろした。
少しだけ距離を空ける。
ギルドで初めて話した時と同じくらいの距離。
夜風が静かに通り抜けていく。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
それでよかった。
やがて俺は空を見上げながら、ぽつりと言った。
「俺さ」
モモが少しだけこちらを見る。
「才能って言葉、嫌いなんだ」
モモは驚いたように目を瞬かせた。
俺は続ける。
「便利すぎるんだよ。才能があるから伸びる。才能がないから伸びない。それだけで、何でも説明できる」
勇者パーティーにいた頃のことを思い出す。
アレスには才能がある。
リナにも。
カインにも。
俺にはない。
そうやって一つずつ、未来が決められていった。
「努力しても結果が出なければ、才能がないって言われる。逆に結果を出した奴は、才能があったって言われる」
俺は苦笑した。
「後からなら、何とでも言えるよな」
しばらく黙っていたモモが、小さく答えた。
「……私も嫌いです」
声が震えている。
でも、もう無理に明るくしようとはしていなかった。
「小さい頃から魔法使いになりたくて、ずっと練習してきたんです」
「うん」
「みんなが寝たあとも詠唱を覚えて、杖の振り方も練習して……魔力を安定させる方法も、本で読んで」
モモは膝を抱えたまま、ぽつぽつと言葉を続ける。
「でも、いざやると噛んじゃうんです。緊張すると頭が真っ白になって、魔法が変な方向へ飛んで……」
小さく息を吸う。
「何回パーティーに入っても、最初は『大丈夫だよ』って言ってくれるんです。でも、そのうち呼ばれなくなって」
俺は何も言わず聞いた。
「頑張っても、練習しても、最後には『向いてないんじゃない?』って言われるんです」
そこで。
モモの目から、また一滴涙が落ちた。
「だったら最初から、期待しなければよかったのかなって」
俺は横を見る。
「魔法使いになんてなれるって思わなければ、こんなに悔しくなかったのかなって……」
その言葉を聞いて。
胸の奥が痛んだ。
同じだった。
俺も何度そう思っただろう。
最初からアレスたちと同じ場所に立とうとしなければ。
最強になれるなんて信じなければ。
追いつけるなんて思わなければ。
もっと楽だったのかもしれない。
俺は夜空を見上げた。
「評価ってさ」
「……はい」
「便利だよな」
モモがこちらを見る。
「数字にすれば、誰を残して誰を切るか簡単に決められる」
自分でも、少し皮肉な言い方だと思った。
「こいつは将来有望。こいつは伸びない。こいつは必要。こいつはいなくても困らない」
勇者パーティーを追放された日のことが頭をよぎる。
誰も俺を嫌っていなかった。
誰も怒っていなかった。
ただ。
評価された結果、俺はいらなくなった。
「だから俺は、評価って言葉もあんまり好きじゃない」
モモはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……私もです」
「気が合うな」
そう言うと。
モモが、ほんの少しだけ笑った。
今度の笑顔は。
昼間のものとは違った。
無理に明るく見せようとしていない。
ただ、少しだけ気持ちが軽くなった時の笑顔。
俺もつられて笑った。
◇
その夜。
俺たちは何も約束しなかった。
「絶対に強くなろう」と誓ったわけでもない。
「見返してやろう」と言ったわけでもない。
俺はアレスたちの悪口を言わなかったし、モモも自分を外したパーティーを恨む言葉は口にしなかった。
ただ。
隣に座っていただけだった。
しばらくしてモモが言った。
「レオンさん」
「何?」
「昨日のファイヤーパンチ……すごかったですよね」
「ああ」
「あれなら」
少し迷ってから。
「私のファイヤーも、役に立つんでしょうか」
俺はすぐには答えなかった。
モモの《ファイヤー》は当たらない。
詠唱も噛む。
魔力制御も安定しない。
ギルドの評価なら。
将来性なし。
そう書かれるかもしれない。
でも。
俺は見た。
モモのC級が。
俺のC級《殴る》と繋がった瞬間。
ゴブリンを一撃で吹き飛ばした。
「ああ」
俺は答えた。
「役に立つ」
モモがこちらを見る。
「少なくとも、俺には必要だ」
その言葉を口にすると。
モモの目が少し大きくなった。
そして。
静かに笑った。
「……はい」
それ以上。
何も言う必要はなかった。
俺たちは、同じ側にいた。
才能があると評価される側ではない。
将来を期待される側でもない。
「伸びない」
「向いていない」
「必要ない」
そう言われる側。
評価されない側。
でも。
だからといって。
立ち止まらなければならない理由はない。
世界が俺たちを評価しなくても。
俺たち自身まで。
自分たちを見限る必要はない。
夜の小さな町で。
C級《殴る》しか持たない俺と。
C級魔法しか使えないモモは。
何の誓いも交わさず。
ただ並んで座っていた。
それでも。
十分だった。
俺たちはその夜。
初めて本当の意味で。
同じ側に立った。
世界の端で評価されないままそれでも前へ進む側として。




