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冷徹な令嬢の後始末

作者: 桃田

冷静な令息の婚約解消ラプソティの別視点です。

公爵令息の婚約者の視点になります。

前作を読んでいないと、わかりにくいかもしれません。一応、読んでいなくてもある程度察せられるように書いたつもりです。

 ため息が一つ。眼の前で謝罪する彼を見ながら何を言うべきかと言葉を探していた。


 自分の婚約者であるテトラスティグマ公爵令息は男爵令嬢と恋に落ち、彼女との婚約解消の為に動いていたのだという。だが、(くだん)の男爵令嬢に振られてしまったのだとか。その経緯について謝罪に来たのだという。


 彼女にしてみれば、起こさなかった事についてわざわざ謝罪にくるその意図が汲み取れない。確かに学園内では、彼とあの男爵令嬢との仲が取り沙汰されていた。

だが、彼は婚約者の自分を蔑ろにするようなことはせず、ギリギリのラインをきちんと守ってはいたのだ。月に1度のお茶会、誕生日などの贈り物、夜会などへのエスコートなどきちんと行われていた。


 ただ、学院では男爵令嬢がそばにいることが多かったので、人の耳目を集めていたのは事実だ。傍目で見ても近すぎる距離感。彼自身は取り繕うとしていた節はあるが、男爵令嬢がそれを無駄にしていた。


 あの男爵令嬢の振る舞いを以て、公爵令嬢であるフロラシアに対して揶揄するような物言いをしてくる者もいたが、それはそれで良い篩となってくれたので利用させてもらった。

「婚約者に蔑ろにされている」

 だから何だというのだろう。自分が公爵家の者であることは間違いないし、その程度のことで格下の者が上の者に対して上位に立てるとでもいうのだろうか? 学院内と外との違いが分からないような者は、先が知れている。

噂の広がり方など参考にさせてもらった。誰がどの方向に向いているのか、軽率な者や慎重な者は誰なのか。情報としては有意義なものもあった。


 政略結婚の相手である公爵令嬢にとっては、婚約者が役割をきちんと果たしてさえくれれば問題はないと考えてきた。だからこそ、まだ婚約解消の手続きどころか話すら出てはいなかったのに、彼は一体何を謝罪しにきたというのかという戸惑いがある。


 彼はとても優秀な人間だと周知されている。学院での成績もトップクラス。まだ学生だというのに商会を設立して運営している。公爵家の後継ぎとして領地経営についての仕事も手伝っていると聞く。仕事に関しては非常に有能であるのを知られており、それもあって王太子の側近にまでなっているのだ。


 だが、完璧な人間はいない。それを目の前の男は示した。彼は良くいえば夢想家(ロマンティスト)、悪くいえば女性に引っかかりやすいのだ。商談相手ならば、相手を翻弄する事はあっても、これほど転がされはしないものを。


あのハニートラップに簡単に引っかかっていく様はある意味見事だったといえよう。最初、彼はあの令嬢を誂っているのかと思ったぐらいだ。はたにいた自分から見れば、それほどあからさまだったというのに。謝罪を受けた事で、あれが本気だったのだと改めて確認できた事の方が驚きだ。


 彼とは対象的に彼女、謝罪を受けているロサイド公爵令嬢フロラシアという女性は、理性的に分析していた。だから、彼が罠に引っかかって落ちていく様を観察し、データとして解析してもいた。手練手管で陥落される様を半ば呆れながら。


(俗に言う、免疫がないというものでしょうか。王太子殿下から前もってお話を伺っていましたが、こうも正面から婚約解消を考えていたと話すとは)


 卒業を間近に控えていた現在、彼女は自分の婚約者がこの先どのような選択をするのかを黙ってみていた。この選択の結果を見て、彼の評価を定めるつもりだったのだ。


 彼女の想定は4つ。

 1つ目は、彼が男爵令嬢のことをすっぱり手を切ること。学生時代の彩りの一つとして落とし込み、何食わぬ顔で結婚する。


今までも婚約者を蔑ろにするような事はしていないので、問題はない。これが一番、後腐れがない。ハニートラップを堪能していたのであれば、これだろう。そういう意味では、結婚後もそれなりに遊ぶ可能性はあるだろうが、こちらに火の粉が降りかからなければ問題はない。


 2つ目は、彼にとってはいいとこ取りを狙う。このまま婚約者と結婚するところまでは同じだ。

違うのはリーザンス男爵家令嬢に自分の商会の一端を任せて愛人として囲うこと。


自分の個人財産で事を収めるのならば口出しはしない。勿論、妻であるフロラシアに子供ができるまでは愛人に子供を産ませないことまできちんとできれば、及第点といえるだろうか。


この国の相続権は庶子にはない。だから商会を任せるなどとして、生活基盤を与える事について口出しするような無粋な真似はしない。優秀な子供ならば、先々の重用も無くはない。


そう、あの男爵令嬢が自分が愛人であると弁えられるならば、片目を瞑っても良いだろうとも思っていた。それができないならば、それなりの処置をすればよいだけだ。


(あの娘の性格からして、最終的には処理する可能性は高いと思っていたけれど)


 3つ目は、彼が婚約を解消すること。当然そうなれば、彼は後継の座を弟君に譲ることになる。

そう、彼が公爵を捨てて平民になるという選択だ。彼が色々と手を打っていたのを知っていたので、これが一番濃厚だと思っていた。だから、次の婚約者の選定などについて思案中であった。


両家の共同事業の要に彼は自分の商会を絡めており、この商会を婚約者に慰謝料として譲ればある程度バランスが取れるように彼は画策していたのだ。それ以外にも、幾つか手を打っていたようだ。


この才覚があれば平民としてものし上がってくるかもしれないが、公爵家の対応によっては彼の将来は未知数ではある。正直、邪魔者として消される可能性もあるのではと考えていた。


 4つ目はあり得ない。婚約を解消して公爵家に居座ろうとする選択だ。

巷の物語や演劇などでは、こういうのが人気らしい。だが、実際にはこのような振る舞いは自分の首を絞めることになる。これは愚か者が選択しようとするかもしれないが、破滅しかない。政略結婚をご破算にするのだから、ただで済むはずがない。いや、両家も彼女も済ませるつもりは全くない。


 さて、彼は1つ目の変形という選択肢をとったと言えるだろう。

だが、ここまで全てを暴露してしまうというのは貴族としていかがなものかと、彼を見ながら思う。いや、呆れていた。


「この婚約は、家同士を結びつけるためのものです。共同事業など様々なものが絡んでおります。貴方様がこの先きちんと義務を果たしてくださるのであれば、私の方に否やはありません。所詮、政略結婚ですから期待しておりません」


 そう応えたのだが、公爵令息の肩を落とした後ろ姿が印象深かった。

彼女はすでに王太子経由で事情も把握していた。まあ、それを彼女が把握していると考えているからこそ、こうした謝罪をしに来たのか。自身へのペナルティとして。


そして、ある意味負い目を弱める意味として。何かあった時の切り札として、この愚行は使えませんよ、という断りだ。


 帰っていく後ろ姿を見ながら彼女の唇の端が微かに持ち上がっていた。


 データはある程度揃っている。間抜けなお坊ちゃまの部分を教育し直さなければならない。本人が認識できない欠点を補うのは、パートナーとしての役割だろう。


王太子殿下の温情は一度のみだ。夢見がちな部分は削ぎ落とす必要がある。それは、自分自身の将来のためでもあるのだから。


「これから、色々と忙しくてよ」

 彼女の独り言は誰の耳にも届かない。

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