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第八話 ファーストキス

 キャプテンの素質がある二年が副キャプテンになって経験を積む。キャプテンの時川の案を顧問が認めた。


 副キャプテンとしてチームから信頼され、キャプテンになる自然な流れを作る。悟はさすが時川先輩だと感心した。


 矢倉から「ゆっくり話したいから」と夜のファミレスに誘われた。悟はすぐに了解し、家の近くのファミレスで矢倉と一緒に夕食を食べて、ドリンクバーをお代わりしながら今後の部活について話し合った。

 もう七月だ、あっという間に合宿だ。一年の誰か一人を次の試合でデビューさせたいと矢倉は熱心に語った。

 一通りの話を終えて、悟はスマホを見た。

 宗一からラインがきている。


【そろそろチューの予定が入っています】


 悟はその一文に衝撃を受けて、矢倉とファミレスにいることを一瞬忘れて、うっと呻いてしまった。そうだ、自分が一ヶ月にキスのプランを立てていた。


「ん、どうした?」


 矢倉に尋ねられ、悟は首を横に振った。


「…………あのさぁ、悟って宗一と付き合ってるよな」


 矢倉が言った。二度目の衝撃に悟は動揺した。アイスティーを喉に流し込み、癖でストローを噛んでしまう。子供っぽいからやめたいのに。


「うん。付き合ってる。大切な恋人だと思ってる」


 悟は正面から矢倉を見て言った。


「さすがだな。宗一、あいつってバカだけど肝心な所は間違えない。青谷が宗一の足の捻挫に気づいた時の態度でさ、俺わかっちゃったんだ。いつも冷静な青谷がちょっとキレてて、それって好きな奴が自分のこと大事にしてない時のキレ方だなって」


「…………さすがなのは、そっちだ。あれでわかったなんて。俺はてっきり、昼飯を宗一と食べてるからだと」


 悟は前髪を触って、目を伏せる。あの時の自分が矢倉から見たら、キレて必死だったなんて恥ずかしい。


「いや、ほんと宗一、あいつは恵まれた男だ。初恋が青谷ってドンピシャじゃん。よかったよかった。お幸せに」


 矢倉が目尻を下げて笑う。


「あ、ありがとう。…………矢倉って、宗一と小学校から一緒なんだろう。その、宗一って誰かと付き合ったりとか…………」


「ないね、まったくない。あいつが女子の誰々が可愛いとか、そんな話してるのは聞いたことがない。たいてい、『あの女子が笑うのはこういうギャグだ』とか言ってな。十六歳でようやく宗一くんも思春期ですねぇ」


 矢倉が腕を組んで、うんうんと頷く。


 初恋なんだ。初めて恋心を持ってキスしたいと思う相手が自分なんだ。悟は意識して、片手で口元を隠す。


「やばい、こういうの思ったより恥ずかしいんだけど」


「ははは、それってお付き合いが順調なことだね。安心してくれ、俺はおまえたちが付き合ってることを誰かに言ったりしない。ゲイだってことをアウティングしないから」


 矢倉の言葉に悟は安心する。


「アウティング知ってる人、信頼できる」


 悟も微笑み返した。


「だろう。困ったことあったら任せろ、俺が副キャプテン矢倉だからな」


 胸を張って矢倉が言う。             


「頼りにしてるよ、副キャプテン」


 悟は応えた。

 九時過ぎにファミレスから出て、悟は「キス」のことについて考える。さっき返信できなかった宗一から、ちいかわが焦っているスタンプが送られてきた。

 家に帰り、悟はベッドに寝転がって深呼吸をした。


 悟【ファーストキスの場所は、どこがいい?】


 そうメッセージを送り、胸の上にスマホを置く。


 宗一【次のデートでキスしたい。ダメ?

 ちょっと早いけど】


 悟は少し悩む。


 悟【いいよ、場所はどうしようか】


 宗一【そこは悩み所。次のデートはバス乗って、ショッピングモール行きたい。その日の気分で決めてもよくない?】


 悟【わかった。じゃあ、おやすみ】


 悟はスマホを置いて、すぐに歯を磨きに行った。


 自分の口の中を見て、虫歯らしきところがないか確認する。キスで虫歯がうつるって聞いたことがあるからだ。この前の歯科検診ではまったく問題がなかった。


 次の日曜日、ついにキスまできてしまう。

 そういえばプランでは三ヶ月後だったが、九月は新人戦スタートで忙しい。

 夏合宿もあるし、お互いの家族紹介も早くにした方がいい気がしてきた。

 次の日、宗一に相談すると「うちはいつでも悟を歓迎する準備できている」と言ってくれたので、早めに予定を合わせることにした。



 日曜日、バス停の待ち合わせ場所に行くと宗一が先に来ていた。


「俺、子供の頃からバスが好きなんだよなぁ。よくバス乗りたいってせがんでた。たまにどこ行くかわからんバスに適当に乗って、気がついたら山奥だったなぁ」


 バスの窓側に座って、景色を見ながら宗一が言う。


「俺は電車派だったな」


 バスの二人席に座ると、宗一の体が大きくて肩が触れ合ってしまい、意識してしまう。宗一の膝は悟の膝にくっついていた。足広げすぎるな、と思うが長い足は折りたたむと窮屈なのだろう。


 ショッピングモールのフードコートでラーメンを食べて、あとはぶらぶら買い物をした。夏合宿に持っていくタオルや新しいリュックを買ったり、本屋で参考書とバスケ雑誌を買って、レモネードを飲んだ。


「悟もレモネード好きなの嬉しい」

「もっとレモネード専門店増えてほしいよな」

「二人でシチリアからレモン仕入れてレモネード屋をしよう」

「バスケ選手になるんじゃないのか?」

「レモネード屋さんとバスケ選手を兼業する」

「斬新だな」           


「悟、夏合宿で一番忘れたら大変なのは?」

「俺は日焼けすると赤くなって痛いから日焼け止め必須。あんまり店で売ってないやつ使ってるから」

「俺にとって忘れてはならない物は、宿題。大体、みんなに手伝ってもらわなきゃ無理…………」

「よし、その宿題は俺が見てやるから合宿は練習に集中しろ」

「えー、嬉しい」

「もう高二なんだから、ちゃんと自分で勉強する癖つけなさい」


 宗一と話していると、時間はあっという間に過ぎる。

 小腹が空いてと四時頃にドーナツを食べて、気づくと夜の八時だ。バスの一番後ろの席の窓際に悟は座った。宗一が「悟は窓際ね」と言って座らせてくれた。

 バスの後ろは後輪のエンジンや揺れを感じやすくて少し苦手なのに、隣に宗一がいるから苦痛じゃない。


 不思議だ。

 宗一からは、柔軟剤などとは違う安心する匂いがする。

 バスに揺られ、悟は少しうとうとした。

「寝てていいよ」と宗一が言ってくれたので、悟はリュックの上で腕を組み、目を閉じた。


 次に目を開けると、満席だったバスには誰もいない。


 いや、隣に宗一がいる。

 すぐ真横に顔があって、驚く。


「あ、ごめん。寝顔がかわいくて」


 宗一がそう言って離れかける。

 悟は宗一の手首をつかんだ。

 ぐっと近くに寄った唇を見つめる。


「今…………じゃない、キス、するの?」


 悟は小声で言った。


 あ、想像よりも柔らかい。

 唇が重なった。ちょっとずれていた気もする、でも唇を重ねただけで、こんなに全身を包まれたような気持ちになるなんて、想像以上だった。


「しちゃったね、キス」


 宗一が耳元で囁いた。

 悟は、うなずく。


 全身、真っ赤になっているんじゃないか。そう思うほど体中が熱かった。

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