第六話 こっちも問題があります
六月、三人の三年生が受験に専念するため、部を引退することになった。センターの橋田先輩、シューティングガードの宮本先輩、そして副キャプテンの村本先輩。
寂しくなるなぁ。もう宮本先輩の引き笑いが聞けなくなるなんて。あの声が聞きたいからって、わざわざ変顔を開発してたのに。
一年と二年で相談し、先輩たちに色紙を贈ることにした。色紙やペン、写真はすべて悟が用意してくれた。
一枚は先輩の名前の周囲に寄せ書き、もう一枚は集合写真のまわりに「白鳥高校バスケ部」と悟が筆文字で書いた文字が映える。その周囲に全員で「合格祈願」と書いた桜の花びら型の紙を貼っていく――悟のアイデアだ。「ちょっと早いけど、こういうのは早い方がいいから」と、彼は笑っていた。
三年生が帰った後、体育館の準備室では一年生たちが寄せ書きを書いていた。悟はマネージャー会議で不在だ。色紙を書き終えると、皆でモップがけに取りかかる。
「青谷先輩って、マジですごくない? 気が利くってああいう人のこと言うんだよ。一個年上とは思えないよな」
内山の声が耳に入ってきた。青谷悟。その名が出た瞬間、宗一の耳は地獄耳に変化する。
「俺、この前テーピング教えてもらったんすよ。何回ミスっても優しく教えてくれてさ。女子マネだったら惚れてたわ、マジで」
その言葉に宗一の体がピクリと動いた。
「テーピング、俺も悟に教えてもらったし。あ、悟って青谷のことね」
宗一が言うと、内山は気まずそうに「そうなんすね」と返す。
「森田先輩と青谷先輩、仲いいですもんねー」
「めっちゃ仲いいよ~~~」
宗一は声を伸ばして、遠ざかる内山に聞き届くように言った。
*
翌日の部活では引退式が行われた。
午後から降り始めた雨は強さを増し、体育館はしんと静まり返っていた。部員たちは三年生の言葉に耳を傾けていた。
「大学行ってもバスケは続けるつもりっす。ただ楽しいから。試合、できるだけ見に行くから、勝ってくれよな。ファイト、白鳥バスケ部!」
浅黒い肌に白い歯が映える橋田先輩が、いつもの明るい笑顔で拳を掲げる。
「ファイト!」
美花のよく通る声に、宗一たちも続いて叫んだ。
「みんな、ありがとう。俺、薬剤師目指して猛勉強します! 多分もう部活には顔出せないけど、学校で見かけたら『先輩、ちゃんと勉強してますか?』って声かけてな! 本当に、ありがとうございましたっ!」
宮本先輩が深く頭を下げる。全員が「ありがとうございました」と頭を下げた。
「俺は……そうだな。バスケ、楽しかったです。勝ちも大事だけど、みんなにはチームを大事にして、楽しんでほしいです」
村本先輩はいつものように落ち着いた声で話した。
「次の副キャプテンを紹介します。矢倉」
「はいっ!」
名前を呼ばれた矢倉が、きびすを返して村本の隣に立つ。顔は引き締まり、普段よりずっと大人びて見えた。
「二年の矢倉智樹です。まだまだ未熟ですが、二年を強くするため、全力で副キャプテンをやらせていただきます。よろしくお願いします!」
矢倉が頭を下げると、全員が大きな拍手を送った。
そのタイミングで、悟と宗一が前に出て、色紙を手渡す。
「先輩たちへ。感謝の気持ちを込めて――。これからの進路、心から応援しています」
悟の言葉に続き、それぞれ色紙を渡すと、部員たちが声を揃えた。
「お世話になりました!」
その瞬間、宮本先輩が顔を覆って泣き出した。
「う、泣かないって決めてたのに……!」
村本先輩が彼の肩をぽんぽんと叩く。
その後は思い出話や記念撮影でわいわいと盛り上がった。宗一がふと気づくと、悟と村本先輩が体育館の隅に座って話し込んでいる。
なんだか気になって、さりげなく近づいた。
「うん、だからおまえはチームメイトだよ。矢倉を支えてやってくれ。おまえもあいつも観察眼がある、いいコンビだ」
村本先輩が低く穏やかに語る。
「そうなれるよう努力します。……正直、まだ自分がチームメイトとして認められているのか、不安です。でも、マネージャーとして支えるだけじゃなくて、ちゃんと加わりたいんです」
悟がまっすぐ答える。
「その気持ちが大事だ」
「……俺、認めてもらえますかね。チームメイトとして」
不安そうに言う悟の顔を見て、村本は頷いた。
「なれるよ。おまえは、自分よりも自然に他人を思いやれる。しかも、その優しさに揺るがない根性がある。そんなマネージャーがいるチームは、強い」
「ありがとうございます……頑張ります」
悟は涙ぐみながら、ほっとしたように笑った。
――そんな顔、俺には見せたことない。
宗一の胸に、チクリとした痛みが走る。
嬉しいはずなのに、どこかモヤモヤする。
俺、嫉妬してんのか。めちゃくちゃ……嫉妬深いじゃん。
そのあとも二人はスマホを見せ合って笑い、話し続けていた。宗一は距離を取りながら、ずっとその様子を見ていた。
*
「悟、一緒に帰ろ」
「うん。今日はもう仕事ないし、すぐ帰れるよ。……引退、寂しいな。短い期間だったけど、ほんとにいい先輩たちだった」
悟の言葉に、宗一は我慢できなくなった。
「村本先輩と、何話してたの?」
声が思った以上に低く、冷たく響いた。
「ん? 今後のこと。部の様子を報告してほしいって。それと、悩みがあったら相談してねって。ライン交換もしたよ。矢倉とも話して、学ぶこと多そうだねって」
「……二人きりで話すの、俺……やだ。そういうの、俺も行きたい」
悟は驚いたように目を丸くしたが、すぐに目を細めて微笑んだ。
「妬いてる?」
「丸焦げだけど」
宗一ははっきり言った。
「わかった、じゃあ今度から呼ぶ。彼氏が嫉妬深くて困るなぁ」
「はい、大問題です。彼氏、とっっっても嫉妬深いですよ」
宗一は悟の額を人差し指で軽く押した。