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第四話 初デート、クライマックス

 パンを食べる悟はかわいい。小動物が両手でごはんを持って、もぐもぐ食べているみたいだ。じっと見ていると、悟が首を傾げた。


「このパン、食べたかった?」


 悟に聞かれて、宗一は首を横に振り、片手でペットボトルのキャップを開けて烏龍茶を喉に流し込む。


 ――デートでも、相手の顔を穴が開くほど見てはいけないよな。いや、いいのか? どっちだ?


 宗一は悩んで、他のことを考える。そうだ、俺たちまだ知り合ったばかりで、お互いのこと知らない。


 付き合い始めたし、悟のことがすごく気になるけど、まずは自分のことから話そう。


「うちのじいちゃん、家の敷地内のログハウスに住んでるんだよ。変な家でさ、ログハウスとトイレと風呂が繋がる通路があるんだ。これ、雨月さん案件だよな。絶対ログハウスで怪しいことやってるって思われるだろうけど、いい意味で思想の強い爺さんが暮らしてるだけなんだ。うちの父さん、婿養子で、平和活動家のじいちゃんを尊敬してたから“同居したい”って言い出して、気を使うし、ログハウス暮らしが夢だったらしい」


「さすが平和革命ヘルメットの製作者のお爺さんだな。ログハウスって見た目がおしゃれでいいよな」


「うん、赤い三角屋根で洒落ててな。ちょっとした喫茶店みたいな、隠れ家カフェっぽい。実際俺は叱られそうなときは“身隠れの術・ログハウス呪術”展開してたわけだが」


「それ、忍法と霊能力混ざってるぞ」


「そうでした。……うちの家族構成、聞いてみる?」


 レジャーシートに脚を伸ばして、ちらっと悟を見て宗一が言う。悟はあぐらの姿勢で頷く。


「俺は三きょうだいの真ん中。姉貴は東京で大学二年生、弟は小六。母さんと父さんは平和活動してる合唱団で出会ったんだって。父さんはめっちゃ実家嫌いで、俺、父方の祖父母と会ったことない。母さんは社交的で、コンビニパートと弟のPTA活動がんばってる。弟な〜、昔は“兄ちゃん兄ちゃん”って甘えて一緒に遊んでくれたのに、小5になったら“兄貴”呼びになってさ……“アホ兄貴”って面と向かって言ってくる。反抗期かな〜と思ってたら、真っ先に俺に発動してきた。父さんたちには優しいのに……。あいつの“あつ森”、夜中に起動してタランチュラいっぱい捕まえて家の前に置いといてあげたのに……あれ高く売れるのに……でも、そういえば蜘蛛嫌いだった」


「そういうとこだぞ。蜘蛛嫌いな子にタランチュラは化け物に見えるんだよ。あつ森の虫ってすごいリアルだから、引くってそれは」


 悟が笑いながら言う。


「悟ってゲームすんの? 俺、ダメなんだゲームって。すぐマリカーで池ポチャする。ボードゲームは好きなんだけど」


「俺もゲームはしないな。“あつ森”は前の学校の友達がハマってて、ちょっとやらせてもらったくらい。あんなに可愛い世界観なのに、虫と魚のリアルに驚いた」


「わかる。バッタの跳び方とかリアルすぎる。……悟、前の学校はどんな感じだった?」


「進級クラスでみんな真面目だったよ。いや、今のクラスも真面目だけど、なんか空気が違う感じ。……バスケ部は、顧問とキャプテンと気が合わなくてな。パシリ扱いされて、うんざりだった。クラスでは友達もいて楽しかったけど、部活では浮いてた。男子マネージャーって、どう接していいかわからないみたいな空気があって。女子マネのリーダーも、美晴さんみたいに俺のこと受け入れてくれなかった」


 悟が背中を丸め、目を伏せた。


「聞いてごめん、思い出したくないことだよな」


「別に。終わった話だ。今はすげー白鳥高校バスケ部に感謝してる。こんないいバスケ部、なかなかないよ。両親も離婚したし、母さんも笑うようになったし、部活も楽しい。ここは、周りがほんとにいい人たちだ」


 悟がしみじみと言った。


「六月に転校してくるなんて、変だと思っただろ? ……両親の離婚なんだ。ちょっと手続き遅れて、四月に間に合わなかった」


 悟はそう言って、両親が離婚した原因を話した。父親の暴力、姉の救済措置、母親のうつ病――。


 家族に問題がある人の話を、宗一はよく聞くようにしている。家族仲がいい人間にはわからないしんどさが、確かにあるからだ。


(※後半「自転車二人乗りとハグ」につづきます)


(※つづき:自転車二人乗りとハグ)


「宗一には、知っておいてほしかった。交際プランに“両親への紹介”ってあっただろ? うちは母も姉も、俺がゲイだってことは受け入れてくれてて、彼氏ができたって言ったらすげー喜んでくれた。……おまえのとこは、どう?」


 悟の顔に不安がよぎった。その陰をすぐに払拭したくて、宗一はあわてた。


「俺みたいなアホに、悟みたいなしっかり者の彼氏ができたって知ったら、家族めっちゃ喜ぶ!」


 宗一は正座して、悟に向き合って言った。


「うん、それならいいな」


 そう言いながらも、悟はまだどこか不安げだ。


「うん。俺の爺ちゃんが白鳥高校を勧めてくれたんだ。俺、アホだからインターハイ優勝した高校目指してたんだけど、そこはいじめで自殺した子がいるからやめろって言われて。意識高い爺ちゃん曰く、白鳥高校は子どもの人権をしっかり守ってるらしい。俺はよくわかんねぇけど。だからもしさ、俺らがゲイだからって親が何か言ったら、爺ちゃんログハウスから走ってくるから。トイレと風呂繋ぐ謎の通路から」


 真剣に言ったのに、悟が笑った。


「謎の通路から人権意識高いおじいちゃん走ってくる家か、心強いな。……じゃあ、そろそろやるか、自転車二人乗り」


 悟が立ち上がった。


「いよいよ、だな。はい皆さん、ここからクライマックスでーす」


 宗一はそう言って、リュックから花の形のクッションを出した。ヘルメットはずっとかぶったままだ。悟も白いヘルメットをかぶり、コンバースの足でママチャリの後ろ荷台を見つめている。


 宗一はクッションを荷台に置いて自転車にまたがった。


「はい、お気をつけてお乗りください〜。こちらの自転車は“初デート線”です。間もなく発車いたしまーす」


 宗一が敬礼して言うと、悟は少し緊張した顔で後ろに乗り、腕を宗一の腰に回した。


 宗一の心拍数は一気に跳ね上がる。


「ゆ、ゆっくりな。思ったより怖い」


 悟がか細い声で言った。


「任せろ」


 宗一はゆっくりと自転車を漕ぎ出す。


「わっ、わわわっ!」


 悟がかわいい声を出して、ぎゅっとしがみついてくる。


「動いてる……っちょ、え、怖いって!」


 宗一の背中に、あたたかく柔らかい悟の頬が押し付けられる。悟の肩が胴体に当たっている。シャツ越しに感じる体温、風に乗ってくる甘い匂い。


「歌いたい気分なので、歌ってもいいですか?」


「うん、むしろ歌って。なんか気を紛らわせてくれ、怖いから」


 宗一のアホな提案に、悟が必死に答えるのが可愛すぎる。


 宗一はゆずの「夏色」ではなく、なぜかアンパンマンのマーチを熱唱した。


「恐れないで、生きる喜び! 悟を愛するために、生まれて来たんだ!」


 血液が全部頭に回ったせいか、クラッとして、口の中が鉄の味がした。


 ――鼻血が出てきた。


 自転車がふらつき、「うわっ!」と悟が声を上げて、さらにきつく胴体を締め上げてくる。


 もう、だめだ。


 自転車は傾き、芝生に倒れた。


「ごめん、悟! ケガないか!」


 宗一が叫ぶと、倒れていた悟がギョッとして、ポケットからティッシュを出して渡してくれた。


「どうした? どっかぶつけたか? 俺は大丈夫だけど」


「いや、ごめん。大丈夫。逆なんです。転けたから鼻血が出たんじゃなくて……鼻血が出たから転けた。だって悟がぎゅって抱きついてきたから……」


 宗一はティッシュを鼻の両穴に突っ込んだ。唇が隠れるくらいのサイズで。


 それを見て、悟が吹き出した。


「血が出てない方の鼻にティッシュ詰めても意味ないだろ。ちょっと前かがみになって、深呼吸しろ」


 悟が近くに来て、宗一のヘルメットを取ってくれた。頭が涼しい風に吹かれる。悟もヘルメットを外して、隣に座った。


「ヘルメットつけててよかったな。初デート線、事故ったけど怪我人なしだ。あ、宗一の血は流れてたけど」


「初デート戦、脱線事故……申し訳ございません……」


「ははは、ほんとだな、脱線だ。……怖かったけど、楽しかった。その、抱きつきすぎたの、ごめん。ちょっと本気で怖かった」


「いやいや、むしろ嬉しかったけど……そんなに怖かったなら、途中でやめればよかったな。すまん」


「いや、謝るなって。俺さ、アトラクションとか怖いけど楽しめる方なんだ。恥ずかしながらビビりだけどな。嫌だったら本気で“やめろ”って言ってたし。宗一のこと信頼してるから、自転車の二人乗り、オッケーしたんだよ」


 悟が笑顔で言う。


 宗一は鼻からティッシュを抜き取り、最後に残った血をぬぐって、ポケットに押し込んで立ち上がる。


「悟。……木陰でのハグ、今、やりたい。おまえのこと、正面から抱きしめたい」


 宗一は木陰へと歩いた。


 道から隠れた場所にあるそこは薄暗く、ひんやりしていた。悟が歩いてくる。前髪を指でかき分け、シャツの袖を直し、目の前に立った。


 黒い瞳を宗一は見つめる。頭の熱は冷めない。


 両手を広げ、そっと抱きしめる。


 悟の掌が、宗一の背中に広げられた。


 人と人が体を寄せ合うことで、こんなにも愛しい気持ちになるなんて――。


 宗一は、「抱擁」という言葉が、頭に響くのを感じていた。

 

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