第四話 初デート
初デートは久しぶりの雲ひとつない晴天で、「まるで祝福されているかも」と悟は思ってしまい、そんな自分を傲慢かもしれないと反省した。
昨晩、姉と母に夕食後、「彼氏ができた。明日、初デートに行ってくる」と報告した。母と姉はハイタッチして、それからもう、相手はどんな子だとか、どうやって付き合うに至ったかと、質問攻めで大変だった。
「お姉ちゃんが初デートピクニックコーデ、考えてあげよう。明日は暑いみたいだから初夏っぽいのが合うと思う。この前、古着屋で買ったデニムに、私のナノ・ユニバースの白シャツがいい」
姉の彩花は鏡の前に悟を立たせて、シャツとデニムを体に合わせてきた。長い前髪をセンター分けして、襟足は刈り上げたボーイッシュな彩花はメンズ服をよく買っており、「いつでもクローゼット開けて好きなの着ていきなよ」と気前がいい。
悟は姉おすすめのコーデを着てみた。
「袖はこうロールアップして、ボタンは第二ボタンまで開けてちょっとオープンカラー風にして。キャップは青のニューエラ、コンバースで。うん、我ながらいいじゃん」
彩花は悟にキャップをかぶせて、笑顔でうなずいた。
うん、悪くない――と悟も気に入った。
「ありがとう、姉さん」
「いつでも恋バナ、聞かせてよ〜」
「そうねぇ、楽しみがひとつ増えたわ」
姉と母が喜んでくれて、悟は照れながらも嬉しかった。
朝六時に目が覚めた。昨日の夜に準備しておいた青いレジャーシートとチェック柄の布、白いヘルメットを詰めたイケア袋を持って、9時には家を出た。「行ってらっしゃい」と寝ぼけ眼の姉と、ニコニコ顔の母に見送られて。
学校から駅までの道にある小さなパン屋は「ドラゴン」というパン屋らしからぬ名前だが、店の看板はよく見ると、文字はフランスパンの模型でできている。
家族は甘い菓子パンより惣菜パンやシンプルなバターロールが好きで、ドラゴンはきんぴらごぼうパンなど、食事パンの種類が多い。たまに学校帰りにおみやげとして買って帰る。
悟はパン屋に入ってトングをカチカチさせながら、宗一の弁当箱を思い出した。ザ・高校生男子って感じの胃袋にはカツサンドだと、悟は結論に至る。それから自分が好きな塩パン、デザートに小さなあんパンを選んでいると、結構な量になった。
緑地公園は子ども連れやランニング、散歩する老夫婦で賑わっていた。少し静かなところがいいと思ったので、子どもの遊び場から外れた遊歩道の木陰にレジャーシートを敷き、ピンで留めて布をかぶせる。樹木と土の匂いがする、心地よい場所だ。
まだ九時半。少し座って休憩してから、十五分前には待ち合わせの公園の入口に立った。
学校以外で、宗一と会うのは初めてだ。顔がほてっているのは、初夏の日差しのせいだけじゃない。
五分前に、宗一が来た。
ピンクのママチャリに乗っている。白いTシャツとアディダスの赤いジャージ。白いヘルメットには、赤いテープで「平和革命」という文字が。
「やー、いい天気ですなぁ、悟ー。初デートですね」
自転車から降りて宗一が言った。
悟は爆笑した。
「ちょ、な、なにそれ。その思想の強いヘルメット。初デートでラフすぎるっていうか、アディダスの赤を着れるのすげーな。ヘルメットの色と合わせてきたのか?」
「そうだな、そういう節があります」
宗一の答えに、さらに悟は笑う。
「おまえってほんと、面白いなー。もうレジャーシート敷いてあるから。……そのヘルメットの説明してくれよ」
「ああ、これはおじいちゃんの“ヘルメットアート”の一つなんだよ。うちのじいちゃん、政治と平和の活動家やってて。もう八十の爺さんだけどスッゲェ元気なんだ。思想強いと体も強くなるって爺さん見てて思うわ。これ、カッケェだろ。“平和革命”。ピースフル・マインド、レボリューション」
「Peaceful mind… Revolution」
悟が正しい発音で言うと、宗一が目を丸くした。
「スッゲェ、ネイティブ発音。ってか悟、英語で話した方がイケボなってんじゃん。え、俺が英語の先生だったら、音読はいつも悟を指定したい」
「ああ、それ実際にある。よく音読させられる。別に嫌じゃないけど、みんな授業で音読を経験した方がいいのにって思う」
「俺、英語の授業だけ三組に編入できないかね。英語の先生にステラおばさんのクッキー缶の底に一万円入れて渡そうかな」
「賄賂するな。ステラおばさんが泣くぞ」
話しながら、レジャーシートを敷いた木陰に着くと、宗一が立ち尽くした。
「え、なんかおしゃれ…………チェックの布敷いてある。場所も木陰で最高。そんでパン…………美味しそうなカツサンドとか。悟って、おしゃれピクニック検定受けたの? 俺、フツーにアイスティーと麦茶二本買ってきてしまった…………ティーセット持ってくるべきであった。あなや」
と宗一が言う。
「落ち着け、そんなにおしゃれじゃないから。早く座れよ」
シートの上にあぐらをかいてパンを並べながら、悟は言う。
宗一はシートの上に正座して、買ってきたアイスティーを置く。
「それに悟、私服めっちゃおしゃれ。パリッとして爽やかな白シャツ、なんかいい感じのデニム。俺、ユニクロの白ティーに赤ジャージって、紅白か」
「紅白か」の宗一の自分へのツッコミに、また悟は「あっははは」と笑った。
「それ、まじそれだ。紅白だよおまえ、初デートを祝いすぎ」
「あ、それ。俺の頭の中、お祝いモードでこのコーデなんだ。で、安心してくれ。俺だってこれで街に出たらダメなのはわかる、つい近所の公園だからと油断してしまった節がある」
「今日、二回目の“節がある”だな」
「俺は緊張すると“節がある”と言いがちな節がある」
「もういいよ、お腹減った、食べよう。これカツサンド、おまえが好きそうだと思って。あとは適当に食って」
「え、俺ほんとにカツサンド好き。ときめくな…………いただきます」
カツサンドを一口で半分まで食べて、頬を膨らませて目をキラキラさせてから、もぐもぐしながら目を細めてニコッと宗一が笑った。
あ、かわいい、と悟は思う。
「うっま。マジ美味いっ。このソース最高だ。ありがとう!」
「だろう。ここのパン屋、美味いんだよ」
悟は満足して言った。
宗一が、自分の選んだものを美味しそうに食べてくれる。それだけで、自分の腹も満たされる気がした。