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第二話 告白が急すぎる

告白が急すぎる

走り方でバスケのセンスがわかる。

 森田宗一の走り方にはワンステップがあり、体を弾ませるように走る。こいつは天才だ――青谷悟は見極めた。


 顔を見て、驚いた。

 あの時、自分に「自分を殺すな」と言った理学療法士に似ているからだ。

 二重の意味で彼のことが気になっていたが、チームメイトにはフラットな態度を取ろうと心がけていたため、特に話しかけることもなく、むしろ避けてしまっていた。


 だが、足を負傷していることに気づかずにいる森田を、黙って見ていられなかった。

 そして、彼の体の扱いの雑さに呆れた。小学生のころからバスケをやっているのに、基本的なことがわかっていない。


 森田の足をテーピングしたとき、右足のくるぶしにあるホクロが気になり、ついそこばかり見てしまった。そのせいでテーピングの説明がおろそかになり、理解しているか確認しようと顔を見たら、ばっちり森田と目が合ってしまった。

 胸の揺らぎを落ち着かせようとしながら、「ちゃんと聞け」と叱るが、森田はポヤポヤとTikTokの猫の話をしてくる。


 こいつ、アホだけどみんなから好かれているのがわかる。

 宗一からは、人に対する悪意が一切感じられない。バカにしているわけではなく、天然で脳がたまに宇宙と繋がるタイプだな――話してみてそう感じた。


 そして、猫の動画が気に入って見せてもらい、爆笑していたら、いきなり告白された。


 青谷は動揺をすべて、両手に握った拳ごとジャージのポケットに突っ込んだ。

 告白されたのは、初めてだ。


 なんて答えたらいい。こいつのことが気になってるのは確か。でも、それが恋なのかどうかは曖昧だ。

 けれど、頭の中ではもう「このチャンスは逃すな」と考えてしまっている。


「んー……俺の方は、もしかしたらおまえのこと、好きになるかも」


 ――なんて、思わせぶりなことを。

 自分の言葉に驚き、ごまかすように口をすぼめて、部室を出た。

 そのまま小走りでトイレに行き、個室に入って深い深いため息を吐いた。


 どうしよう。

 心臓が今まで聞いたことのない音を立てている。頭の中は森田でいっぱいだ。

 あのバカ、急すぎるだろ。ストレートすぎるだろ。


 ――「好きになるかも」じゃない。

 もう、好きになってんだよ。


 青谷はなんとか気持ちを落ち着けて、体育館に戻った。

 時川部長に「軽い捻挫でした。森田は帰しました」と報告する。


「うん、ありがとうな。おまえ、よく気づいたよなぁ。森田、あいつ本当に痛みに鈍感で困るよな」


 時川部長は笑いながら言った。

 前の高校の部長とは大違いだ。ただ年上というだけで偉そうな態度を取ることもない。

 前の高校で青谷は部長にパシリ扱いされ、顧問は昭和脳で、部員に無理をさせる根性論だった。

 本当に嫌だった。その分、今のバスケ部の良さがよくわかる。顧問の上田先生は、生徒の人権を尊重しており、夏が始まるこの六月にはもう熱中症対策を徹底していた。


 さらに、森田と出会えた。

 告白してくれたんだから、ちゃんと答えないといけない。


 よし、明日はちゃんと言おう。その前に、確認しておきたいことがある。


「時川部長、部活終わったあと、個人的に相談したいことがあるんです。いいですか?」


「ああ、いいよ。今日は雨降りそうだし、早めに切り上げる予定だったからな」


 青谷はホッとして、ひとまずマネージャーの仕事に戻る。

 バスケ部のマネージャーは三年生の美晴と一年生の美花。二人とも「下の名前で呼んで」という主義だ。

 美晴のマネジメントには学ぶことが多く、美花は声がよく通るので応援コールがうまい。


 部員たちが帰ったあと、青谷は時川部長と二人きりになった。


「部活内恋愛、してもいいですか?」


 真剣な声で尋ねると、時川は笑い声を上げた。


「おまえ、急に。真面目だな。いいぜ、別にトラブルさえ起こさなければ」


 ――やった。

 青谷はそう思ったが、顔には出さないよう頑張った。


「真剣な顔で話を聞いてくれって言うから、何かと思ったら、まさかの恋愛相談とは。で、いつから付き合ってんの?」


「……こ、これからです。多分」


「多分?」


「こ、告白されて、それで……付き合うことに、なるかと」


 青谷は照れながら、必死に言葉を絞り出す。


「いや、おまえって真面目に生きすぎだな。付き合う前に確認してくるなんて。そういうとこ、おまえのいいところでもあるけど、もうちょっと肩の力を抜いていいからな」


「は、はい。あの……直接言われた告白に、LINEで付き合おうって返すのは、失礼ですかね?」


「いやー、おまえほんと真面目だな。心配になってきたよ。この子、どこまでも真正面に生きるなぁ」


 時川が笑いながら青谷の肩を軽く叩いた。青谷は顔を赤らめる。


「別に、それでいいと思うよ。ちゃんと返事するんだし、それだけ告白されてすぐ返したいってことだろ」


「そうなんです……明日まで、待てない」


「ほんっとに真正面に生きるなーこの子。さあ、雨降ってきたし帰るぞー」


 二人は部室を出て、駅まで一緒に歩いた。

 時川は相手が誰か、最後まで聞いてこなかった。

 恋の話のはずが、なぜか「米が高い問題」の話になっていた。


 青谷は高校から二駅先の街の駅前のマンションで、姉と母と暮らしている。

 姉は弁護士事務所で働いており、青谷が部活に集中できるよう支えてくれている。

 母は父のDVで心を病み、通院しながら家事をしてくれている。


 前のバスケ部での苦しみを話したとき、姉は急に「引っ越そう。転校すればいい」と言い出した。

 六歳年上の姉は、両親を離婚させるためにずっとお金を貯めていたことを打ち明けた。

 母が転院しやすいよう、近くの評判の良い精神科も探して受診させた。「前の先生より話を聞いてくれる」と母は喜んだ。


 家財道具から電化製品まで新しく買い揃え、引っ越しは姉が借りた軽トラック一台で済んだ。


 父が寝ている日曜日の早朝――五月晴れの朝、ためらう母を「もう決まったことだから」と言って連れ出した。

 爽快だった。

 

 「仕事して稼いでるんだから」と偉そうな態度をとる父は、たまに酔うと母に暴力を振るった。

 それが「たまに」だったからこそ、母は決断できなかった。たまに気遣うような言葉も吐くが、それは結局、自分のために家事がきちんとできているかを確認するだけ。

 母を家の中に閉じ込め、働くことを禁止し、すべてを頭ごなしに否定する――そんな父を、青谷も姉も心底嫌っていた。だから二人で結託して、家を出た。


 「ただいまー」


 家に帰ると、母はリビングで刺繍をしていた。


 「おかえりなさい」


 母の顔は以前より明るく、趣味も楽しめているようだ。

 母が作ってくれた生姜焼きの夕食を一緒に食べながら、青谷は部活が楽しいと話す。

 食後に風呂に入り、決意を固めた。


 前より生活は安定している。

 心も落ち着いている。

 幸せだと感じる。

 だから、さらに幸せになる勇気を出してみよう。


 ベッドに潜り、青谷はバスケ部一年生のLINEグループから森田のアイコンを見つけてタップする。

 グループLINEでは、森田はしょっちゅう変なタイミングで変なスタンプを投げてくる。

 白目をむいて笑っている変顔のアイコンをタップし、友達追加して、メッセージを送る。



【お疲れ。足の具合はどう?

今日、告白してくれてありがとう。

俺もおまえのこと、好きだ。付き合おう。

部長にも、部内恋愛していいって許可もらったから】

 

 すぐに既読がつき、電話がかかってきた。

 青谷は深呼吸して応答する。


 「ヤバい!」


 森田がいきなり叫んで、青谷の体がビクッと動く。


 「うるさいっ!」


 思わず怒鳴る。


 「だって、初めて告白してOKされたの、ヤバいよ! しかも相手が青谷だぜ? 顔いいし、バスケ好きで、マネージャーの仕事もめっちゃできる。告白したあとに考えたんだけどさ、俺、おまえのこと好きな要素しかないんだよ。童顔でしっかり者ってギャップやべぇし。俺ってアホだから、付き合う相手はしっかりしてる人がいいって思ってたし、もー、あー、すげー。俺たぶん、寝れない!」


 「……っそ、そんなベラベラ急に喋るなよ。す、好きな要素しかって、そんなの……」


 「え、だって付き合ってるんだよ? 俺たち、もう。恋人同士って、お互いに『好きー!』って言い合うもんだろ? なんでOKしてくれたの?」


 「え、あ、それは……」


 照れくさい。でも、森田があれだけ素直に言ってくれたんだ。返さないと。


 「おまえのバスケしてる姿が、かっこよくて……それで、なんか、おまえってすごく純粋で……バカだから」


 「あはっ、なんだ。俺のバカさ、青谷にウケたんだ。よかった~。そこ、心配してた!」


 「喜ぶとこじゃないだろ、“バカ”って言われて」


 「俺は“楽しい優しいバカ”だから。愛と勇気と小麦粉とアンパンでできてるヒーローが顔を分け与えるみたいに、俺のバカさでみんなが笑えるよう、バカのお裾分けしてるんだ!」


 「なんだよ、それ……」


 それから二人は、夜の11時までずっと話し続けた。

 

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