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ギャップって素敵じゃない?

市目鯖(しめさば)高校 二年H組教室

 窓際最後尾の席から、教卓前の席に座るシゲミを眺めるミキホ。シゲミは、机の横のフックにかかったスクールバッグから、次の授業に使う教科書を取り出している。何も特別なことはない、誰しも行うであろう動作。しかし、ミキホの目は彼女の「無駄のなさ」をしっかり捉えていた。一瞬も迷うことなくバッグから教科書を出すシゲミ。どこにどの教科書が入っているのか正確に把握していなければできない動きだ。


 やはりシゲミはただ者ではない……と実感した直後、右隣の席に座るマメオの「組長」という声が、ミキホの集中を遮った。



「やはり気になっているようですね、爆弾魔(ばくだんま) シゲミのことが」


「ああ。見たか? ヤツの動きを。無駄も、隙もねぇ。やはりカタギじゃねぇのかもな」


「見てましたが、俺には普通の動きに思えましたよ。殺せと言われたら、いつでも殺せる」


「ふむ……私がシゲミのことを過剰に意識しているだけか……?」


「そうっすよ」



 教室のざわめきで二人の会話はシゲミまで届いていない。だが念のため、必要以上に声のボリュームを落としている。組長である自分がクラスメイトに恋しているなど、ミキホとしては誰にもバレたくないこと。弱みとして握られる可能性がある。できればマメオにも知られたくなかった。


 コソコソと話す二人をよそに、シゲミはバッグから銀色の細い水筒を取り出した。コップを外し、蓋を開けるためのスイッチを押す。直後、ブシュッという鋭い音を立て、シゲミの顔に水滴が飛び散った。水筒の中には炭酸飲料が入っていたのである。


 何事もなかったかのように、コップに飲み物を注いで飲むシゲミ。顔はびしょ濡れ。炭酸が暴発した音は教室内の喧噪に飲まれ、誰も気づいていない。しかしミキホとマメオは聞き逃さなかった。



「組長、シゲミのやつ……」


「炭酸が顔にかかってたよな。何で水筒に炭酸入れてんだよ。絶対に()()なるだろ」


「あのザマを見ても無駄がないだの、隙がないだのと言えますか? やっぱり普通の高校生ですよ」


「たしかに言えねぇ……強いて言うなら、かわいい」


「組長!?」


「ん? あれ? 何か変なこと言ってたか、私?」


「……いえ、別に何でもねぇっす」



−−−−−−−−−−



AM 11:41

市目鯖高校 屋上

 校庭でサッカーをする学生たちを、金網越しに見下ろすミキホとマメオ。体育の授業中で、二年A組と二年C組の男子が試合をしている。ミキホはA組の勝利に三千円を、マメオはC組の勝利に三千円を賭けていた。


 およそ40分後に試合終了。結果は二対一でA組の勝利。賭けはミキホの勝ちとなった。



「相変わらず賭け事に弱いな、マメオ。お前、私に一万五千円も負け越してるぞ」


「昔からダメなんすよね。パチンコも競馬も競艇も、ろくに勝ったことがねぇんす」



 授業終了のチャイムが鳴り、校庭に出ていた生徒たちが校舎に戻っていく。入れ替わるようにブレザーを着た学生たちが、遊びのサッカーを始めた。「また賭けるか?」というミキホの提案を、苦虫を噛み潰したような表情で断るマメオ。ミキホはニヤニヤと歯を見せて笑いながら、校庭を見下ろした。


 ミキホたちが立つ屋上の真下にあるウサギ小屋。校舎の影で覆われ、日向(ひなた)で行われているサッカーとは陰と陽。その小屋の中にいるシゲミを、ミキホの網膜がキャッチした。指を差し、マメオに「見ろ!」と声をかける。


 シゲミは、床に丸まった白いウサギの背中をなでていた。まるで子供を寝かしつける母親のように、ゆっくりと優しく。遠く離れているが、その愛撫のぬくもりがミキホの心に伝わってきた。「あのウサギと変わりたい。今、屋上から飛び降りて死ねば、魂だけの存在になってあのウサギに憑依でき、シゲミに撫でられるだろうか」。瞬時にそんな妄想をしてしまうほど、強く伝わってきたのだ。


 おとなしくなでられるウサギを、シゲミは抱きかかえようとする。しかしウサギは暴れ出し、後ろ足でシゲミの顎を二回蹴った。顎を蹴られた衝撃で脳が揺れたのか、シゲミは仰向けで倒れる。三十秒ほど動かなかったが、何事もなかったかのように立ち上がると、小屋から出て校舎へと戻っていった。


 顔を見合わせるミキホとマメオ。



「シゲミ、ウサギに蹴られて意識失ってましたね」


「ああ。たぶん脳震盪(のうしんとう)を起こしたんだろうな」


「俺、小学生の頃に家でウサギを飼ってたことありますけど、さすがに蹴られてぶっ倒れたことはなかったっすよ。シゲミの反応速度も耐久力も、小学生以下ってことじゃないっすか?」


「そうなのかもしれん……だが前向きに考えるなら、私が押し倒せばそのまま唇を奪えるということ」


「組長!?」


「あぁん? 私、また何か変なこと言ってたか?」


「……いいえ、俺の聞き間違いです」



−−−−−−−−−−



 校舎を後にし、最寄りの市目鯖駅へ向かって歩道を歩くシゲミ。その二十メートルほど後方、立ち並ぶビルの影や電柱に身を隠しながら、ミキホとマメオが尾行する。


 

「今日一日シゲミを観察しましたが、俺の目から見たアイツは真性のポンコツです」


「おい、言葉に気をつけろ」


「すみません、訂正します。シゲミは空前絶後のおっちょこちょいです。カタギの人間の中でも弱者に分類されるでしょう」


「……否定できん。だがシゲミがチンピラを爆殺し、私たちを助けたのは事実……さらに謎が深まった……ミステリアスシゲミ」


「シゲミが何者かわからない以上、組長としては恋を進展させようにも及び腰になっちまいますよね……そこで考えました。俺がシゲミをテストしてみようと思います」


「テストぉ? 馬鹿なお前がテストを出すのか?」


「はい。今からシゲミを本気で恫喝します。シゲミがただのカタギなら、泣いて逃げようとするでしょう。しかし、もし対抗手段があるのなら、俺を攻撃するはず。これで少しはヤツの正体に近づけるでしょう。組長は離れて様子を見ていてください」


「そんなことして大丈夫か? シゲミは爆弾を持っているかもしれないんだぞ?」


「心配無用。爆弾を出されても、起爆する前に離れれば良いだけ。素手の取っ組み合いなら好都合。年下の女子に遅れはとりませんよ」



 マメオは首を左右に倒して頸椎をボキボキと鳴らすと、ビルの影から出て走り出す。そしてシゲミの前に回り込んだ。



「待ちな、爆弾魔 シゲミぃ」



 シゲミは歩みをピタリと止め、マメオの顔を見上げる。



「アナタ、同じクラスのマメオくんね? 私に何か用?」


「俺よぉ、今日の昼に三千円すっちまったんだわ。晩ご飯を買う金がねぇのよ。だからよぉ、ちょっとばかし金貸してくれねぇか?」


「……イヤだと言ったら?」


「テメェをバラして、内臓を売り飛ば」



 マメオが「本気の恫喝」をしようとした寸前、シゲミの右拳がマメオの鼻を押し潰した。続けざまに左拳が、顎を下から上に突き上げる。上半身をのけぞらせ、がら空きになったマメオの胴体に、シゲミは右回し蹴りを食らわせた。十メートルほど吹き飛び、力なく仰向けに倒れるマメオ。


 右手で、スカートについて汚れを払ったシゲミは、倒れたマメオの腹部と顔面を踏みつけて再び帰路に着いた。


 駆け足でマメオに近寄るミキホ。体を起き上がらせ名前を呼ぶが、意識を失っており、ビクビクと痙攣するのみ。


 マメオは馬鹿だが、ケンカの腕なら浜栗組でも一、二を争う。敵対ヤクザの事務所にカチコミをかける際は、武器を持たず素手で乗り込むくらいの腕自慢だ。そんなマメオを、ものの数秒でボコボコにしたシゲミ。その動きはキレキレで、昼間のポンコツっぷりはどこへやら。


 ミキホは、下腹部が締めつけられるような感覚に襲われる。不快なのに、しばらく味わっていたいと思える、不思議な感覚。世の中には痛めつけられることで快感を覚える人間もいる。そういった人間の特殊な嗜好を、少しだけ理解できたように思えた。


 快感に溺れかけるミキホを水中からすくい上げるように、スカートの右ポケットに入れていたスマートフォンが鳴動する。蟹沢(かにざわ)からの電話だった。


 我に返り、スマートフォンを右耳に当てるミキホ。



「組長、爆弾魔 シゲミについてわかったことがあります」



 いつも冷静な蟹沢には珍しく、その声から慌てている様子が伝わってきた。



「何だ?」


「シゲミはとんでもない人間です。裏社会でもごく僅かな人間しかその存在を知らない、伝説の女子高生殺し屋……どんなターゲットでも必ず爆殺する、爆弾のプロフェッショナルです。こんなヤツが組長のクラスにいたなんて」



 ミキホの脳に衝撃が走り、スマートフォンを下ろす。やはりシゲミは、常人ではなかった。自分と同じく、二つの顔を持って生きる人間。普段のポンコツっぷりも、すべてはもう一つの自分を隠すためのパフォーマンスだと考えれば、矛盾しない。


 ふふふと渇いた笑い声を出しながら、ミキホはスマートフォンを耳に戻す。



「蟹沢……私の目に狂いはなかった。絶対に、何があっても、シゲミを私の恋人にする。そしてゆくゆくは、(さかづき)を交わして家族(組員)にする」

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