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それって恋なんじゃない?

 朝八時前だというのに、すでに日差しは皮膚を刺すように熱い。ミキホは浜栗組(はまぐりぐみ)の事務所を出て、市目鯖(しめさば)高校へ向かう。


 正門前で、舎弟のマメオが待ち構えていた。学校指定のブレザーを着ておらずスーツ姿。市目鯖高校は私服での登校が許されている。しかし、スーツを着ているのは教師を除けばマメオしかいない。


 生徒たちの中にミキホを見つけたマメオは、「おはようございます!」と大声で挨拶をする。「おぉ」と簡単に返すミキホ。そして右手の親指で頭の後ろを指した。これは「校舎裏に行くぞ」という、ミキホとマメオの間だけで通じるサインである。


 熱い日差しが校舎で遮られる、防災備蓄倉庫の前にやって来た二人。ミキホは倉庫にもたれかかる。マメオはミキホの右隣で、ジャケットの胸ポケットから紙タバコと百円ライターを取り出して火をつけた。


 タバコを吸い、ミキホに煙がかからないよう顔を上に向けて吐き出すマメオ。白い煙が風に飲まれて見えなくなったと同時に、ミキホが口火を切る。



「マメオ、もう肩は大丈夫なのか?」



 マメオは敵対組織のヤクザに肩を撃たれ、数日間入院していた。退院したのは昨日のことである。タバコを咥えたまま、左肩をグルグルと回すマメオ。



「この通り、もう平気っすよ。ボルトが三本入ってますけどね」


「そうか。なら良かった」


「組長が部下思いなのは知ってますが、俺みたいな三下にまで気を回さなくて良いんすよ。組長が危なくなったとき、代わりに死ぬのも俺の仕事っすから」


「頼もしいな」



 ミキホは小さく笑顔を浮かべる。一方でマメオの表情は怪訝そう。



「組長が俺を校舎裏に呼び出すのは、学校関連で深刻な悩みがあるとき。どうしたんですか? 数学の宿題でわからない問題でもありましたか? 組長に解けない問題なら俺にもできませんよ。そもそも俺、()()()()()()()()()()()()()()んで、数学は苦手っす」



 マメオは両手を広げてミキホに見せる。左右それぞれ、薬指と小指が根元で切断されていた。ミキホは首を右に倒す。



「ヴェロキラプトルみたいだな。ていうか、なんで指ないの? 」


「兄貴分たちの女に手を出して、ケジメをつけたんすよ。事務所で指詰めパフォーマンスやったの、覚えてないっすか?」


「あー、そうだったっけ? 四本とも女絡みか?」


「そうっす。当時は若かったからか、脳みそを性欲に支配されてたんすよね、俺。今はもう大丈夫っすよ。組員の女はもちろん、市目鯖の女子生徒にも手は出さねぇって決めてますから」



 右手の三本指で拳を作り、胸をドンッと叩くマメオ。「病院で指も治してもらえば良かったのにな」と、ミキホは皮肉っぽく言い放つ。



「俺の心配は無用っすよ。それより組長に何があったのか、話してください。俺にできることなら何でもしますんで」



 マメオの言葉を聞き、ミキホはうつむきながら口を開く。



「私らと同じクラスに、爆弾魔(ばくだんま) シゲミって女子、いるだろ?」


「爆弾魔……あー、えっと……一番前の席の子っすよね? 根暗そうというか、目立たない感じの」


「お前は気絶してたから知らないと思うが、この前、死軍鶏組(ししゃもぐみ)のチンピラに撃たれたとき、私らを助けてくれたのがシゲミなんだ」


「マ、マジっすか……どうやって?」


「私も目を閉じててちゃんと見てなかった……音からして、おそらく爆弾を使ったようだ。とにかく、アイツも私らと同じだ。ただの高校生じゃない。表と裏……少なくとも二つの顔を持っている」



 右手の人差し指と中指でタバコを挟み、口から離して煙を吐くマメオ。



「チンピラとはいえ、銃を持ってましたからね。カタギがどうこうできる相手じゃない。にわかには信じられませんが……組長が言うなら、間違いないんでしょう」


「あの日以来、シゲミのことが頭から離れないんだ……なぜ危険を冒してまで助けてくれたのか。ヤツの正体は何なのか。普段何を考え、どんなものを食べ、どんな服を着て、どんな場所に行き、どんな人間と付き合っているのか……彼氏はいるのか……」



 深刻そうに語るミキホの横顔を見て、マメオは「ぶわっはっはっ」と笑い出した。馬鹿にされたように感じたミキホが横目でにらむ。



「何が可笑しいんだよ? お前も気になるだろ? 同じクラスに、俺ら含め三人も裏の顔を持つ学生がいるんだぞ」



 笑いのせいか、タバコの煙のせいか、マメオはゴホッゴホッと咳き込んだ。



「たしかに気になりますよ、シゲミが何者か。それよりも組長が()()()()()で悩んでるのがおかしくて、つい笑っちまいました、すんません。組長も血が通った人間なんですね。組のためなら、自ら銃の引き金を引くこともいとわない、冷徹なヤクザとしての組長しか知らなかったもんで」


「舐めた口利きやがって。両手で四までしか数えられなくするぞ」


「それは勘弁してください。テストの点がもっと悪くなって、また留年しちゃいますから」


「ちっ、ムシャクシャするぜ。舎弟には生意気言われるし、シゲミの正体はわからねぇし」


「シゲミが何者かは置いていおくとして、組長がなぜそこまでシゲミのことを考えてしまうのか……その理由なら、俺、わかりますよ」



 ミキホは目を大きく開き、倉庫に寄りかかっていた背中を離して「本当か!?」とマメオの顔を見つめる。



「ええ。ごくありふれたことですよ。組長はシゲミに()してるんす」


「……恋?」


「だから()()()()()って言ったんすよ。組長は十七歳の高校生。いつ恋に落ちても不思議じゃない年頃ですから」



 ミキホの頭の中は、火事でも起きたかのように熱くなった。マメオの「全部お見通しです」という口ぶりに腹が立ったから。反面、体は冷蔵庫の中にいるかように冷たく感じた。自分でも気づいていなかった、否、気づかないよう目をつむってきたことを、マメオにピタリと言い当てられたような気がしたから。


 

「ば、馬鹿にするのも大概にしろ! 私はシゲミが……危険人物である可能性を考えてマークしてるんだ! ヤツは私たちがヤクザに狙われていたのを見ているし、爆弾を持ち歩いてるかもしれねぇ! そんなヤツが同じ教室にいちゃ、落ち着いて授業も受けられないだろ!?」


「おっしゃることも理解できます。しかしここは、黙って俺の話を聞いてください。これでも俺、組長より長く生きてますし、恋だの愛だのも組長より多く経験してきています。切り落としたこの指がその証拠です」



 再び両手を開いてミキホに指を見せるマメオ。そして続ける。



「命の危機に陥った組長を、理由はわからないけれど、シゲミは救った。その事実だけで、恋に落ちるには充分ですよ。俺が組長なら、間違いなくシゲミに告ってますね」


「……そ、そんなはずが」


「現に組長は、ずっとシゲミのことを考え続けてるんでしょ? 他にも思い当たることがあるんじゃないっすか? ふと気がつくとシゲミのことを見てたり、話しかけようとすると妙に緊張したり」



 マメオの言うことはすべて当てはまっていた。あまりにも的を射た言葉にどう返していいかわからず、ミキホは口を紡ぐ。



「組長は、自分を救ってくれたシゲミのことを好きになって、好きで好きでどうしたらいいかわからない……俺にはそう見えますね」


「だけど……アイツは私と同じ女だぞ」


「関係ねぇっすよ。人を好きになるのに性別なんて関係ないんす」



 完全に言葉を見失ったミキホは、うつむきながら沈黙する。これ以上はミキホを追い詰めることになりかねないと感じたマメオ。タバコを携帯灰皿に入れて、早々に話の締めに入る。



「俺は高二を七年間もやっちゃうくらい馬鹿なんで、シゲミの正体を調べるなんて器用なことはできません。でも同級生として、組長の恋をサポートすることはできる」


「……マメオ」


「組長が悩みから解放されるには、シゲミとの恋を成功させるしかない。そのためなら俺、どんなことでもやりますよ。このマメオ、二言はありません」



 満面の笑みで決意表明をし、左手の三本指で拳を作り差し出すマメオ。ミキホは無言で、しかしマメオの決意に応えるように、左の拳をゴツンと突き合わせた。

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