抗争は避けられない⑦
階下で連続していた爆発音が、一際大きな音を最後に鳴り止んだ。屋上にいるミキホと鮟西は、爆弾JKと不死身男の戦いが終結したことを察する。
シゲミの安否が気になるミキホだが、最愛の相手といえど、今は意識のすべてを彼女に向ける余裕がない。ミキホの両親を死に追いやったと口にした鮟西。それが真実なのかどうか、理由は何か、確認しないわけにはいかなかった。
「どういうことだ……なぜ私の両親を……?」
ミキホの問いかけを遮るように、地面に這いつくばるマメオが「組長! 耳を貸すことはねぇ!」と叫ぶ。真偽がどうであれ、鮟西がミキホを精神的に揺さぶり、戦いを優位に運ぼうとしていることはアホのマメオにも理解できた。叫ぶだけでなく、今すぐに鮟西を攻撃して口を塞ぎたいマメオ。しかし、両足を切断された状態では、思ったように身動きが取れない。
鮟西は、何もできない無力なマメオを鼻で笑うと、彼の絶叫を無視してミキホの問いに答える。
「頬白は、キミの父親と母親を寵愛していた。まるで実の子供のように……血のつながった本当の息子である僕には一切の愛情を注がなかったくせにね。だから殺した。あの男が溺愛していた人物を奪って、喪失感を味わわせたかったから。薬中のチンピラに殺されるなんていう、誰もが嫌悪する最低な方法でね」
ミキホの父と母は、鮟西の一方的な都合によって殺された。幼稚園児でも逆恨みだと思うだろう。しかも、その計画を実行するにあたり、鮟西は自分の手を一切汚していない。薬物中毒で善悪の判断などつかなくなっている人間を操り人形にして。
ミキホの心の中で、怒りの感情がグツグツと沸騰し始める。小さく俯いた彼女を見て、鮟西はその感情の揺らぎを感じ取った。そして、さらなる口撃を加える。
「目的はそれだけじゃない。組長とその妻が死ねば、浜栗組を統制する者が不在となり、潰しやすくなるとも考えていた。けど、まさか女子高生の娘が跡を継ぐだなんて思わなかったよ。まぁ、まだケツの青いガキであるキミを信頼していない組員が多いようだから、一枚岩でない分、浜栗 ドンゾウが仕切っていたときより攻め落としやすくはなったけどね」
ミキホが浜栗組を継承し、組長になったことは鮟西にとって想定外だった。しかし、結果的に鮟西のやったことでミキホは今の地位に就いたということになる。完全にではないものの、鮟西の手のひらの上で踊り続けていたことを否めないミキホ。出血するほど、下唇を強く噛む。
シゲミと出会ったのは、頬白会長の手引き。浜栗組の組長になったのは、鮟西が企てたことの因果。ミキホは、自身がこの親子によって作られた「紛い物」なのではないかと、疑心暗鬼に陥る。怒りは過ぎ去り、形容し難い感情に飲み込まれた。鮟西と戦う気力など、どこへやら。
ミキホの両手から、機関銃が地面に落ちる。それは、ミキホの精神が完全に「堕ちた」ことを意味していた。ついに訪れた、決定的な隙。鮟西は右手に握ったコンバットナイフの切先をミキホに向け、前に一歩踏みだす。文字通り傀儡と化したミキホを殺すことなど、赤子の手をひねるより簡単なことだ。
一歩、また一歩と、ミキホに近寄る鮟西。そんな彼を、背後からマメオの大声が追い越した。
「組長ぉ! アンタはなるべくして浜栗組のトップになったぁ! 親父さんや姐さんの代わりじゃねぇ! 浜栗 ミキホという人間の器が、組のトップにふさわしかったんだ!」
マメオの喝で、ミキホは我に帰る。
「アンタが仮初の組長ならぁ、俺らはとっくに謀反を起こしてる! でもそうしねぇのは、アンタを組長だと心の底から認めてるからだぁ! シゲミとの関係も、頬白会長がお膳立てしたからできたんじゃねぇ! 組長が自分で作り上げたんだぁ!」
ミキホの脳内で、様々な人物との思い出がフラッシュバックする。若頭としてバックアップしてくれた蟹沢。命の危機を救ってくれたシゲミ。シゲミの罠にかかり続けるマメオ……彼らとの出会いのきっかけを辿れば、頬白と鮟西に行き着くかもしれない。だが、この二人にすべてをコントロールされていたわけではない。出会った人たちとの関係性や、思い出として記憶に残るような出来事を生み出し、積み重ねていったのは、紛れもなくミキホ自身の力によるもの。
飛んだ勘違いをしていた。何より、自分を信じて命懸けで死軍鶏組と戦ってくれた組員たちとシゲミ、ついでにリオに示しがつかないと思い直すミキホ。自身の尻を両手で二回叩き、気合を入れる。
「……ありがとよ、マメオ。お前に大切なことを気付かされるとは思わなかった」
「組長……」
ミキホの目に再び闘志が宿り、鮟西を睨む。もう迷いはない。たとえ第三者に敷かれたレールの上にいても、どう走るかは、ミキホ次第。そして、そのレールの上で出会えた人たちや、彼らとの関係性は、ミキホにとってかけがえのないものであることには代わりない。彼らと自分の未来を守るためには、目の前にいる鮟西と戦う他ないのだ。
「残念だったな、鮟西。どんな揺さぶりをかけられても、もう私は動じない。それと、一つ言っておく。私の両親は極悪人だ。ろくでもない死に方をすることは、本人たちも覚悟していたし、私も『そういう運命を辿る人間たち』なのだと言い聞かされてきた……両親について、お前に何を言われても私には響かない」
言葉だけでなく、ミキホの顔つきまでも戦う人間のそれに変わったことに気づく鮟西。ミキホへ向かっていた足を止め、口を開く。
「あらら。作戦失敗か。逆に塩を送ってしまったみたいだね。でもキミが持ってきた銃じゃ、僕を仕留めることはできないよ。どうする?」
鮟西の言うとおり、いかに強力な銃があったとしても、ミキホの生半可な射撃の腕前では通用しない。だが、ミキホが得意としている戦い方は、銃を使ったものではない。体に巻きついている弾帯をすべて放り捨て、スカートの右ポケットからバタフライナイフを取り出し展開。刃を露出させる。
「鮟西、お前がナイフで戦うなら、私もナイフで応えよう。ナイフファイトで蹴りをつけてやる」
「……面白い」
ミキホと鮟西は、口を紡いで睨み合う。およそ五秒後、双方同時に駆け出した。




