抗争は避けられない⑤
リオの背後で燃え盛っていた炎の勢いが徐々に弱まる。ゴオオオオという炎の音よりも、ブブブブブというチェーンソーの音が上回り始めた。
アユナを瞬殺したリオを見て、鯨川とブラックバス鱒野は警戒心を強める。さっきまで浜栗組を追い詰めていた二人が一転、蛇に睨まれた蛙も同然。リオという圧倒的捕食者を前に少しでも生き延びようという本能からか、足がジリジリと後ろに向かう。
「で、どっちが先に死ぬか決まったか? なぁに、ほんの数秒の差だ。両方とも行き着く先は変わらねぇよ」
リオの言葉は、鯨川とブラックバス鱒野にとってまるで死刑宣告。すぐ目の前に死が迫っていることを悟り、二人の背中を冷や汗が伝う。
「鱒野……このお嬢さんを俺一人で対処するのは無理だ。手を貸してくれ」
「私も同じこと考えていたッピ。二人で始末するべきじゃのぉ」
協力してリオに立ち向かう覚悟を決めた二人は、後退しようとする足に力を入れて踏ん張る。心も体も、捕食者と戦う準備が整った。そんな二人を、リオは嘲笑う。
「アタシは性格が悪くてね。テメーらが生きているうちに、もうちょっとだけ嫌がらせしたくなってきた……アタシは、テメーらと浜栗組の雑兵どもの会話を地面の中で聞いていた。つまり、テメーらの能力は把握済みってことだぜぇ」
アユナの火炎の息吹に対応していたことから、リオの発言に嘘はない。鯨川の「空間を歪める能力」も、ブラックバス鱒野の「動きを見切る能力」も、リオに割れている。敵に手の内を知られている絶望的な状況。それでも、二人が闘志を引っ込めることはない。死軍鶏組としての本懐を成し遂げるには、この女子高生の排除は必須。
鯨川は自身を鼓舞するように「行くぞぉ!」と大声を出す。その言葉を合図に、走り出すブラックバス鱒野。
「負けると理解していて突っ込んでくるか! 良いねぇ! 気に入ったぜぇテメーらぁ! 嫌がらせして悪かったなぁ!」
リオも駆け出し、二人との距離を詰める。リオの動きをブラックバス鱒野の両目が捉え、次の動作を予測。「飛び上がって攻撃してくるわい!」と、鯨川に情報を共有する。
予測通り、チェーンソーを振り上げながら跳躍するリオ。ブラックバス鱒野に切り掛かる。衝突しようとする二人の間合いに、鯨川が割り込んだ。そして両腕を開き、目の前の空間を歪める。リオの斬撃を空間ごと止め、生まれた隙をブラックバス鱒野が突く連携プレー。現状、鯨川とブラックバス鱒野ができる最善策だった。
しかし、リオの攻撃は常識を、自然の摂理をも超える。チェーンソーは歪んだ空間で止まることはなく突き進み、鯨川の体を頭頂部から股間まで両断した。
「空間ごと斬れば恐るるに足らねぇ」
血飛沫を上げながら、鯨川は左右に分断される。間髪入れずに、リオはブラックバス鱒野を目掛けてチェーンソーを水平に振る。その動きを、ブラックバス鱒野は正確に予測していた。どういう攻撃が来るのか頭ではわかっていた。だが、リオの光のごとき攻撃速度に反応が間に合わない。腰のあたりをチェーンソーの刃が通過。ブラックバス鱒野の体が上半身と下半身に分かれる。
二人の超人は、魔獣の凶刃により物言わぬ肉塊と化した。
リオはチェーンソーのエンジンを止め、肉塊にツバを吐くと「張り合いがねぇぜ」とぼやいた。
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校舎内を巡回していた浜栗組の組員二十人。校庭で待機している組員よりも実践経験豊富な殺し屋ばかりであったが、クマムシの手により全員息の根を止められていた。
返り血に塗れたクマムシ。対照的に、一滴も血を浴びていない鮟西 ミナト。二人は校舎の一階から最上階の四階まで回ったが、遭遇するのは下っ端ばかりで、組長のミキホは未だ発見できていない。
「もしかして、ここにいるのは組員だけでミキホは学校外の、どこか安全な場所にいるんじゃねーだろうな?」
クマムシがつぶやいた疑問に対し、鮟西は「その可能性は低いでしょう」と答え、続ける。
「ミキホが組長になってからの行動パターンは、調べ尽くしています。彼女は敵対組織にカチコミする際、必ず現場に同行している。市目鯖高校で問題が起きた際も、自分の手で解決しようとしている」
「死軍鶏組も自分で抹殺しようと出張ってくると?」
「あくまで傾向であり、百パーセントではありませんが……それにミキホは若く、その手腕を信頼していない部下が一部いるようです。ソイツらの手前、自分は安全圏で何もしないというわけにもいかないでしょう」
「あっそう。じゃあ、そのデータとお前の勘を信じてみますか。あと探していないところは……屋上か」
現在いる四階のさらに上、屋上に出るため階段へと向かう鮟西とクマムシ。階段に差し掛かったとき、上からカンッ、カンッという金属音を立てながら、何かが段差をバウンドしながら落ちてきた。何かは二人の足元に転がる。安全ピンが抜かれた手榴弾。
鮟西とクマムシは瞬時に後退し、爆発をかわした。巻き上がった煙が霧散する。二人の前に、どこからともなく現れた、スクールバッグを左肩にかけた女子高生が立っていた。
「どちらさん?」
クマムシの短い問いに、女子高生は「爆弾魔 シゲミ」と、ポツリと答えた。その名前を聞いた鮟西の表情が強張る。
「爆弾魔 シゲミ……? まさか、そんなはずが……」
ほんのわずかにではあるが、鮟西が動揺する。常に淡々としている彼にしては珍しいことで、その機微はクマムシにも伝わった。
「鮟西、知ってんのか?」
「ターゲットを地獄の果てまで吹き飛ばす、幻の女子高生殺し屋・爆弾魔 シゲミ。狙われて生きていた者がいないので、その存在自体が不詳でした」
「幻の女子高生殺し屋ねぇ……この女の子がそうだってのか?」
「手榴弾を持ち歩いている女子高生がシゲミ以外にいるとは思えません。彼女が本人でしょう。こんなところでお目にかかれるとは」
鮟西の頭皮から流れ出た一雫の汗が左頬を伝う。いつシゲミが攻撃してきても対応できるよう、ジャケットの懐からコンバットナイフを取り出した。これまで浜栗組の組員を前にしても臨戦態勢をとらなかった鮟西が、一気に警戒度を高める。シゲミと名乗った女子高生が、それだけ危険な存在なのだと、クマムシも悟る。それは同時に、クマムシの戦闘意欲を爆増させることにもつながった。
「鮟西よぉ、お前の狙いは浜栗 ミキホだろ? それ以外は俺に任せるって約束だったよな?」
「ですが、シゲミが動いているとは思いませんでした。ここは僕とクマムシさんで」
「俺が一人でやる。そういう約束だ。それに、お前が警戒するくらいこの女子高生は危険で……強い。そうだろ? もう少し骨のあるヤツと戦いたいと思っていたところなんでね」
クマムシはそう言うと、首を左右に倒し頚椎をポキポキと鳴らす。殺し屋として、クマムシの実力は間違いなく一級品。加えて不死身の肉体を持っている。シゲミという何もかも未知数の敵を相手取るなら、クマムシは打ってつけの人材だろう。そもそも鮟西は、浜栗組が強大な戦力を用意してきた場合に対応するべく、クマムシをスカウトした。今こそクマムシの使いどころと言える。
「……では、お任せします。浜栗組を消したら、さらに大仕事が待ってますから、決して死なないように」
「死なないし死ねないから安心しろ」
言葉の直後、クマムシは走り出し、ナイフでシゲミに切り掛かる。首元に迫る刃を、身を引いてかわすシゲミ。クマムシの振るうナイフは、シゲミの急所を的確に狙う。自身の近くで爆弾を使うわけにはいかず、シゲミは防戦一方に追い込まれた。廊下を後退しながら、クマムシから距離をとる。
命の奪い合いをする二人を横目に、鮟西は屋上へ続く階段を上り始めた。踊り場を一つ挟んでおよそ二十段上がったところで階段が途切れる。突き当たりにある鉄製の扉を開けると、屋上に出た。先ほどまで雲間から覗いていた夕日は沈みかけ、空は闇に侵食されかけている。
鮟西から七メートルほど先、M60機関銃を背負うJKと、下半身がサイボーグと化したヤクザが、仁王立ちで待ち構えていた。
「ようやく会えた。浜栗 ミキホ。それと隣にいる機械人間は、側近の大崎広小路 マメオだね」
顔を見ただけで自分の名前を当てられたことに不審がり、目を細めるミキホ。一方マメオは、やけに長い自分のフルネームを覚えている人物がいることに驚き、少しだけ感激していた。
「貴様は誰だ? ……って、大方予想はついているが」
ミキホの問いかけに対し、薄く笑う鮟西。
「初めまして。僕は死軍鶏組組長、鮟西 ミナト。キミを、そして浜栗組を抹殺しに来た」




