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仕事も授業も手につかない

 ミキホは救急車を呼び、撃たれたマメオを病院に運んだ。肩に残った弾丸を取り除く緊急手術が行われ、無事成功。数日で退院できるとのことだった。



PM 11:28 

 浜栗組の事務所に戻り、組長室にあるオフィスチェアに腰掛けたミキホ。そして大きなため息を吐く。


 銃撃してきた男は、おそらく敵対組織の組員で、ミキホを殺すよう指示を受けたのだろう。組長という立場柄、鉄砲玉に命を狙われたことは何度もある。その度にミキホは、返り討ちにしてきた。しかしさっきは、今までで最も危険な状況だった。もし同じクラスの地味な女子・爆弾魔(ばくだんま) シゲミがいなければ、ミキホもマメオも殺されていたに違いない。


 ミキホを襲う強い疲労感の原因は、命の危機を味わったからだろうか。あるいは謎の同級生に助けられたという思いも寄らぬ出来事に、今もなお心臓がバクバクと鼓動し続けているからだろうか。

 

 そもそも爆弾魔 シゲミは何者なのか。なぜ彼女は人間一人を殺せるほどの爆発物を持っていたのか。彼女の言う「仕事」とは何なのか……そればかりがミキホの頭の中をグルグルと巡る。


 そのとき、組長室の扉が外から三回ノックされた。ミキホは我に返り、「入れ」と、外にいる者に向かって言う。「失礼します」と扉を開けて入ってきたのは、ソフトモヒカンに銀縁メガネ、ストライプが入った黒スーツに身を包む長身の中年男性。浜栗組若頭の蟹沢(かにざわ)だ。ミキホの父・浜栗 ドンゾウの代からナンバーツーとして組を支えてきた優秀な男。


 ミキホは組長ではあるがまだ若く、年上の組員から舐められることも少なくない。それでも浜栗組が一つにまとまっているのは、この蟹沢の影響が大きい。ナンバーツーであり古参の蟹沢がミキホに従っている以上、下っ端の組員たちはミキホに対して舐めた態度をとるわけにはいかないない。


 蟹沢本人はというと、ミキホを心の底から慕っている。彼女が生まれたときから知っている蟹沢は、死んだドンゾウに代わる父親のような存在。娘の将来を信頼しない父親がいるだろうか。「ミキホは今後実力で組織をまとめ上げる組長になる」と確信しているのだ。


 木製のテーブルを挟み、ミキホと向かい合うように立つ蟹沢。手にした数枚の紙をに視線を落としながら、口を開く。



「先ほど組長を襲った野郎の素性が割れました。死軍鶏組(ししゃもぐみ)のチンピラです。死軍鶏組は関西をナワバリにしているヤクザですが、最近になって関東にも勢力を拡大しようとしています。関東で最大級の鮮魚会(せんぎょかい)の傘下であるウチを攻撃して、宣戦布告でもしようと企んでたんでしょう」



 先代のドンゾウ、そしてミキホが蟹沢を「優秀」と評価する理由は、情報収集能力の高さである。長く裏社会に身を置いてきた蟹沢は、あらゆる業界にコネクションを持つ。インターネットで調べても出てこない情報でも、彼の手にかかれば簡単に入手可能。


 蟹沢の話は、ミキホの命を狙った者に関する重要な情報だった。しかし、死にかけた当の本人は「そうか」と軽く返答。


 蟹沢は続ける。



「ですが五分ほど前、死軍鶏組の若頭を名乗る男から連絡がありました。『ウチの組員が独断でやったことで、上は全く関与していない』と。十中八九、シラを切ってやがります。組長、カチコミする大義名分ができました。鮮魚会本部の許可がなくても、組長の指示でいつでも死軍鶏組に乗り込めます。ヤツらは影響力こそまだ小さいですが、何をやらかすかわからない……今のうちに潰しておくべきです」



 ミキホにとって、そして浜栗組にとって重要な決断だが、ミキホの口から出るのはやはり「ああそう」という軽い返事のみ。これには、淡々と報告を続けていた蟹沢も眉をひそめる。



「組長、どこか体が悪いんですか? 念のため、マメオと一緒に入院したほうが」


「えっ!? いや平気だ。今すぐカレーとラーメンを三杯ずつ食べられるくらい元気モリモリだ」


「ではどうしたんです? どこか上の空といいますか……」


「えっと……いや、なんというか、ちょっと気になることがあって」


「組長がそんな調子じゃ、死軍鶏組どころか下の連中にも舐められちまいます。しっかりしてください」



 蟹沢の言葉を受け、両手で頬をパンパンと叩き、気合いを入れ直すミキホ。



「その死軍鶏組についてだが……放っておけ。面倒な揉め事を起こしたくない」


「良いんですか? 組長が狙われたんですよ?」


「良いんだよ。許すっていうか、正直どーでもいい」


「どーでもいいって……」


「カチコミをかければ、少なからずウチの組にも被害が出る。それに鉄砲玉はもう始末したんだ。この話は水に流す。それより、ちょっと一人で考え事をしたいんだ。お前はもう下がれ」


「……そうですか。失礼します」



 ミキホに背を向け、組長室の扉に向かう蟹沢。蟹沢が一礼し、扉を締めたのを確認したミキホは、テーブルに両脚を乗せ、お腹の上で手を組んだ。



−−−−−−−−−−



翌日 AM 8:18

市目鯖(しめさば)高校

 ミキホは右肩にスクールバッグを下げながら、二年H組の教室に入る。席は窓際の最後尾。誰もがうらやみ、席替えのくじ引きをするたびに希望する特等席だが、ミキホは「裏の力」を使い、二年生に進級してからずっとこの席をキープしている。


 机の上に、乱暴にバッグを置いて椅子に座った。最後尾の席からは教室全体が見渡せる。優等生ばかりの進学校だけあって遅刻する者はおらず、この時間にはクラスのほぼ全員が登校済み。皆、一時限目の英語の小テストに向けて勉強している。


 ごくありふれた教室の風景。ミキホにとって見慣れた光景。なのに、この日は違って見えた。教卓の目の前の席に座る爆弾魔 シゲミが光って見える。彼女のつやつやな黒髪に蛍光灯の照明が反射しているからではない。まるで後光が差しているかのように、シゲミだけがありふれた光景の中から強調されて見えるのだ。


 目を擦り、もう一度シゲミのほうに視線を向けるミキホ。やはり光っている。まぶしいほどに。まぶしいのに、目を背けることができない。


 ずっとシゲミを眺め続けていたミキホだが、チャイムの音で、はっと我に返る。一時限目の英語の小テストが終了していた。ミキホは前の席からテスト用紙が回ってきたことにすら気づかなかったのである。成績は学年でトップのミキホ。もちろん今回の小テストも満点を取るつもりでいた。しかし、白紙のままタイムアップ。零点確実という屈辱的な結果に終わった。



−−−−−−−−−−



PM 4:55

浜栗組事務所 組長室

 この日、ミキホは自身の高校生活の中で最悪の一日を過ごすことになった。英語の小テストを白紙のまま提出したことに始まり、体育の水泳では、ターンをし忘れて壁に頭を激突。化学の実験では、ガスバーナーで水素に引火させボヤ騒ぎに。帰りのホームルームでは担任教師のことを大声で「ママ」と呼んでしまった。


 進学校で学力トップを維持してきた。その牙城が崩れ、赤っ恥のコキッ恥をかくことになった一日。すべての原因は、シゲミに気を取られていたこと。プールは見学していたが、実験室にも帰りのホームルームにもシゲミがいた。シゲミが視界に入ると、ミキホの視線は彼女に釘付けになり、集中できなくなってしまう。


 シゲミはなぜ自分を助けてくれたのか。彼女の言う「仕事」とは何なのか。どこに住んでいるのか。好きな食べ物は何か。彼氏はいるのか。いるとしたら、もうキスは済ませたのか……このような疑問が、ミキホの頭の中を埋め尽くす。


 物思いに(ふけ)るミキホを邪魔するように、蟹沢が組長室の扉を勢い良く開けて入ってきた。



「失礼します! 組長、何でここにいるんです!?」


「……何でって、ここは私の部屋だから」


「そういうことじゃなくて! 今日の十七時から、ウチのフロント企業の社長と食事会ですよ! あと五分しかないじゃないですか!」



 すっかり失念していた。左手で額を抑えるミキホ。蟹沢に「私からお詫びの連絡を入れて、別日にしてもらう」と告げる。意気消沈しながらスマートフォンを操作するミキホを見て、蟹沢は不安そうな表情を浮かべた。



「組長、やっぱり昨日から変ですよ。今までのアナタは、学業の傍らヤクザ業も完璧にこなしてきた」


「いや、私は半人前だよ。蟹沢、お前のサポートがないと組長としてやっていけない」


「そうだとしても、約束をすっぽかすなんて凡ミスはしませんでした」



 ミキホは口を紡ぎ、スマートフォンをテーブルの上に置く。そして口元で手を組むと、蟹沢を見つめた。



「……お前の情報収集能力を見込んで、頼みがある。私の同じクラスにいる爆弾魔 シゲミという生徒が何者か調べてほしい。可能であれば住所や連絡先、恋人の有無も」


「……はぁ? なぜそんなことを」


「詮索するな! 黙って調べろ! わかり次第、私にだけ共有! いいな!?」



 頭の上にクエスチョンマークを浮かべた蟹沢だが、組長の命令は絶対。「承知しました」とつぶやき、一礼して組長室を後にした。

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