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愛情と愛欲はイコールではない①

 空に太陽が照っているにもかかわず、暗い路地裏。白いパーカーのフードを被り、ダボダボとした黒いジャージを履いた中年男が一人歩く。顔の左半分に緑色のタトゥーが入っており、南米のジャングルに生息する爬虫類のよう。右耳にスマートフォンを当て、通話している。



「……ええ。つまり、死軍鶏組(ししゃもぐみ)の関東進出にあたって、邪魔になる鮮魚会の戦力を少しでも削りてぇと。……はい……その手始めが、鮮魚会の三次団体……浜栗組(はまぐりぐみ)ですね。とりあえず、そこの組長を暗殺すりゃいいと……はい……りょうか〜い。このメタルディック・カズタカにお任せあれ」



 通話を終えたメタルディック・カズタカは、右ポケットにスマートフォンを仕舞う。そして「んふぅ〜ん」と鼻から息を吐いた。



「暗殺ね。でも、最終的に組ごと潰すことになるんなら……追加で依頼をもらえそうだな。継続案件になるかどうかは、一発目の仕事のクオリティで決まる。しまっていこうぜぇ〜、オレっち」



 誰に話しかけるでもなくつぶやいたカズタカの声に反応し、正面で座り込んでいた五人の男たちが立ち上がる。学ランを着崩した、見るからにヤンキーという風貌の若者。



「おじさんさぁ、ここを通る前に俺らの悩み聞いてくれる〜う? これからボーリングに行きたいんだけどね、お金がないのよぉ」


「ボーリングって、穴を掘るほうじゃないよぉ? 玉を転がすほう」


「穴とか玉とか、ちょっとエッチだなって思った? 仕方ないんだよぉ、俺ら思春期真っ只中なもんでね。エロスが脳の中を血よりも速く駆け巡ってんの」


「そんな俺らをちょっぴりでも哀れに思ったらさぁ、一人に三万ずつ恵んでくれないかなぁ?」


「三万六千円でも良いよ? くれないってんなら……」



 ヤンキーたちはそれぞれ、懐から折りたたみナイフを取り出した。殺気立つ五人の若者を見て、カズタカは「プッ」と噴き出す。



「うらやましいよ、キミたち。将来がある。そのまま不良街道を突き進んで、デカいヤクザにリクルートされて、いつかはアニキとか、カシラとか、オヤジとか呼ばれるようになるかもしれない……裏社会の王道を歩ける可能性があるんだ」


「何言ってやがるんだこのカマボコ野郎」


「でも実際のところ、どんな業界でも王道を歩けるのってごく限られた人間だけなんだよね。だから、オレっちみたいに可能性が潰えたおじさんは、邪道を歩くしかないのよ」



 カズタカは目にも止まらぬ速度でズボンをずり下ろした。露出した股間には、足とほぼ同じ長さの黒いガトリング砲がぶら下がっている。



「こんな風にぃぃぃっ!!」

 


 カズタカの叫びとともにガトリング砲がヤンキーたちのほうを向き、高速で回転し始めた。一秒間に百発。銃口から弾丸が(あられ)のように射出され、ヤンキーたちの全身を貫く。肉片が辺りに飛び散る。彼らが背にしていた路地の建物の側面も、弾丸により抉られていく。


 カラカラと音を立て、ガトリング砲の回転がゆっくりと停止。ヤンキーたちが全員細切れになったのを確認したカズタカは、ズボンを上げてガトリング砲を仕舞った。



「こんな体に改造しなきゃ、殺し屋として食っていけなかったんだ、おじさんは。かわいそうだろう? 本当は、スナイパーライフルで頭を狙撃するとか、ナイフで心臓を一突きにするとか、王道の殺し屋になりたかったんだけどね。そういうカッコイイことをして生きていけるのは、才能にも境遇にも恵まれたごく一部の人間だけなんだ」



 血にまみれた路地裏を、カズタカはすり足で奥へと進んだ。



−−−−−−−−−−



 市目鯖(しめさば)高校の体育祭まで、二週間を切っていた。放課後になると各クラスが校庭で大縄跳びやムカデ競走などの練習に励んでいる。


 ミキホとマメオが在籍する二年H組も、体操服を着てムカデ競走の練習中。名簿順に二組に分かれ、縦に並んだ状態で足首を紐で縛り、掛け声を出しながら歩く。ミキホの前はシゲミ。ムカデ競走では、歩く際に前の人の両肩に手を置いて一定間隔を保つ。つまりミキホにとってムカデ競走は、合法的にシゲミに触れるチャンスなのだ。


 シゲミの肩は、ほっそりとしていながらも筋肉がついている。「無駄がない」という表現がピッタリだ。シゲミと向き合うと緊張で話すことすらできなくなるミキホだが、背中からなら冷静に、触れることだってできる。


 隊列の誰かがつまずき、足首に結びつけられた紐が引っ張られ、全員が一斉に前に倒れた。ミキホはシゲミに覆い被さる形になる。その瞬間を見逃さなかったミキホ。肩を掴んでいた両手をシゲミの臀部(でんぶ)に回し、一揉みする。筋肉がついていた肩と比較して、臀部はやわらかかった。小ぶりな桃尻。比類なきプリケツ。


 ミキホはここぞとばかりに自身の欲求を満たす。シゲミの肩を触るのはムカデ競走という競技の性質上、避けられないこと。臀部をもみしだいたのはアクシデント。そう言い訳できる今の状況は絶好のチャンスだった。シゲミも理解した上で妥協しているのか、あるいは気づいていないのか、ミキホにいくら触られても何も文句を言わない。



「そろそろ休憩しよう」



 先頭の男子が声をかけ、全員足首の紐を外す。シゲミに触れるチャンスが失われ、ミキホは「ちっ」と舌打ちをした。


 もう一つの隊列も休憩に入り、そちらの列にいたマメオがミキホへと近寄ってくる。



「組長、転んでたみたいですけど、怪我はねぇっすか?」


「問題ない。できればあと百二十回は転びたい」


「……なるほど。転ぶ回数が増えるほど転倒することへの恐怖心が薄れ、スピードを上げやすくなる……さすがは組長。体育祭の競技でも攻めの姿勢を忘れてねぇ」


「ああ。転べば転ぶほど、()()()()()()()のさ」



 ふとマメオの顔を見るミキホ。その額には汗が浮かんでいる。気温は三十五度を超え、校庭は蒸し風呂状態。そんな中で運動をしているのだ。体力自慢のマメオでさえ、かなり疲労していた。マメオだけではない、クラスメイト全員、木陰に入り「あちぃ」と漏らしている。シゲミも顔を赤らめ、腕で頬を伝う汗を拭っていた。その汗を舌で舐めとりたい衝動に駆られるミキホだが、「さすがにそれは犯罪的すぎる」と思い直す。



「マメオ、買い出しに行くぞ」


「買い出しですか?」


「クラス全員分の飲み物を買いに行く。私一人じゃ持って帰れないだろうからな。手伝ってくれ」


「わかりました。さすがは組長だ。同級生への気遣いも怠らねぇ」


「教室に戻って財布を取ってくる。ちょっと待ってろ」


「いや、金はオレが」


「お前、金持ってねーだろ。それに私からみんなに差し入れするんだ。私の金で払わなきゃ意味がねぇ」


「組長……」



 ミキホはマメオに背を向けると、校舎へ向かって歩き出す。その背に、浜栗組(はまぐりぐみ)だけでなく、二年H組をも引っ張る力強さと器の大きさを感じ、マメオは両目から涙を流した。


 ミキホなりにクラスメイトを気遣ったことは間違いない。しかし、飲み物を差し入れる真の目的は別にある。シゲミが熱中症で倒れないよう予防し、ムカデ競走の練習から抜けないようにするため。そうすれば、またアクシデントでシゲミの臀部に触れることができるかもしれない。ドス黒く染まった下心まみれの買い出しに、ミキホは行こうとしているのだ。


 一人校舎のほうへ歩くミキホを、シゲミが体操着をパサパサと動かして顔を扇ぎながら見つめた。



−−−−−−−−−−



 授業が全て終わり、体育祭の練習でほとんどの生徒が出払っている校舎内は、静まり返っていた。ミキホの足音と、外から聞こえる生徒たちの掛け声だけが微かに響く。階段を上がり、三階にあるH組の教室を目指す。


 三階の廊下を歩くミキホの前に、突き当たりから男が姿を出した。白いパーカーに黒いジャージ。生徒でも教員でもない。外部から侵入した男、メタルディック・カズタカ。


 フードから覗く、左右で色が異なるカズタカの顔面を見て、ミキホの背筋に冷たいものが走る。本能的に嫌悪感を覚えた。


 避けて通り抜けようとするミキホ。しかしカズタカは横に移動し、ミキホの行く手を遮る。そして「ふふんっ」と鼻で笑うと、口を開いた。



「高校って、こんなに容易く入れちゃうんだね。最近はもっと厳重にセキュリティ対策をしてると思ってたけど……ガバガバだよ」



 見た目も発言も不穏な男を、ミキホは大きな両目で睨む。



「部外者か。さっさと出て行きな。高校はアンタみてぇなオッサンが来るところじゃない。高校生活が名残惜しいなら、家で卒業アルバムでもめくってろ」


「おじさん、中卒なんだ。だからハイスクールライフなんて経験したことがないんだよね。ここに来たのは、キミを暗殺するためだよ。浜栗組組長、浜栗 ミキホ」



 カズタカの言葉を聞き、ミキホは眉間に深いしわを作る。



「暗殺だと? テメェ、カタギじゃねぇな。どこの組のもんだ?」


「言えないねぇ。ていうか、今から死ぬ相手に名乗っても意味ないでしょ」



 カズタカはそう言うと、ズボンを下ろし、股間にぶら下げた自慢のガトリング砲を露出させる。巨大という言葉さえ陳腐に思えるほど立派な()()を見て、ミキホの表情が歪んだ。対照的に、カズタカはへらへらと口元を緩める。



「死んだ父親の跡を継ぎ、若くして大勢の子分を従える組長になったミキホちゃん。組織のトップになることが約束された立場。敷かれたレールの上を歩くだけ。いいなぁ。うらやましいなぁ。キミを殺すのは仕事のためだけど……私情が全くないと言ったら嘘になる」



 お辞儀をしていたガトリング砲が真っ直ぐ前へと起き上がる。そして銃身が重低音を響かせながら高速回転し、無数の弾丸を撃ち出した。

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