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第9話『だから夢咲さんはその力に目を付けた。』

ひかりが家に来てから一週間が経った。


私は鼻歌を歌いながらひかりの為にご飯を用意して持ってゆく事にした。


「おはよう。昨日はよく眠れた?」


「……沙也加ちゃん……その、よく眠れたよ?」


「良かった。じゃあこれ、朝ごはんね」


「ぇ、あ、うん……その、ありがとう」


「いいよ。でも今日はちゃんと食べるんだよ? 食べないと体に悪いからね」


「あ……うん。えっと、その、沙也加ちゃん」


「なに?」


私は笑顔のままひかりを見る。


でも、ひかりは何故か私を見て、怯えた様に一歩後ずさった。


ベッドの上にいるひかりが後ろに下がれば、そこには壁しか無くどこにも行く事は出来ないというのに、どうしたのだろうか。


ひかりは私の視線から逃げる様にベッドの上に置かれた毛布を引っ張ると体に掛ける。


「どうしたの? ひかり。何かあるなら言ってくれないと何も分からないよ?」


「その、そのね」


ひかりは言いにくそうに眉間に皺を寄せながらさらに体を隠す様に毛布を引っ張った。


それが何だか気に入らなくて、私はひかりから毛布を奪い取った。


「ぁ……」


「なに?」


「ぃゃ……その、ごめんなさい」


「別に怒ってないよ。私がひかりに怒るわけ無いじゃない。ねぇ、そうでしょ?」


「……」


ひかりは毛布を無くしたからか、怯えた様に顔を伏せてしまった。


それが悲しくて、私はベッドに上がりひかりの手を握った。


しかし、ひかりは私が手を触れた瞬間、驚いた様に目を見開いて手を振り払ってしまった。


私はその払われた手を見ながら、どうして払われてしまったのか考えていると、ひかりが焦った様に私の手を握り、必死に謝ってきた。


「ご、ごめんなさい! 沙也加ちゃん! わたし、その、そんなつもりじゃなくて」


「そんなつもりって?」


「ぃゃ、その、その……ごめんなさい」


「ねぇ、ひかり。私はね。別にひかりに何か謝って欲しい訳じゃないんだよ。ただね。ひかりとお話したいだけなの」


「わ、わたしは……」


「うん」


「あの、そのね。私、その……家に、その、帰りたい、な、なんて」


「なんで?」


「ん、っな、なんで、って」


「だってここがひかりの家でしょ? 帰るなんておかしいじゃない」


「ぃぁ、わ、わたし、帰らないと、陽菜ちゃんが、困っちゃうから」


「ねぇ」


「っ」


「ひかりはさ。夢咲さんに騙されてるんだよ。夢咲さんはひかりの事を利用しようとしているだけなの」


「そ、そんな事」


「あるよ。ひかりは優しいから分からないだけだよ。でも私には分かる。夢咲さんはひかりを利用してるんだよ」


「わ、私に利用価値なんて、ないよ」


「どうかな」


私はこれ以上ひかりと話しててもぶつかるだけだと判断してベッドから立ち上がった。


あの時の喫茶店でひかりは何の情報もなく私の感情を見抜いた。


そしてそれ以降も何度か同じような事があった。


多分ひかりは人の感情とか思考が見えるんだ。


思い返してみれば昔からひかりは不思議とこちらの感情を見透かした様な言動をする様な事が多かった。


つまりは昔からそうだったんだろう。


だから夢咲さんはその力に目を付けた。


利用する為に、表舞台から引きずり落として、閉じ込めたんだ。


許せない。


でも、もう大丈夫。


ひかりは優しいから気にしてしまうかもしれないけど、前みたいに一緒に過ごせばすぐに思い出す。


私がひかりを大切に思っている事を。


そして夢咲さんがひかりをただ利用していただけだってことを。


「沙也加ちゃん……?」


「私、そろそろ行くね。夜には帰るから」


「う、うん」


私がベッドから立ち上がり、出かける準備を始めた事でどこか嬉しそうに前かがみになるひかりに私はふと恐怖を感じた。


それは、もしかしたらまた私の前から消えてしまうかもしれないという恐怖だ。


ひかりは、きっと夢咲さんの事が気になっているんだろう。


優しいから。


利用されている事に気づいていないんだ。


今回は偶然助けられたけど、夢咲さんとかあの時ホテルにいた人に捕まったらもう助けられないかもしれない。


あの時みたいに、苦しんでいるひかりを助ける事が出来ない。


それはどんな事よりも怖かった。


だから、私はひかりの自由を奪う行為だとしても、ひかりを守る為に鬼となる。


ひかりをこの家に招き入れる時の為に用意した鉄製の足枷を昨日と同じ様にテーブルの上から持ってきた。


「……っ! や、やだ! それは」


「大丈夫。痛くない様にタオルを足に巻いておくからね」


「そういう、事じゃないよ……その、これがあったらどこにも行けない」


「ひかりはどこにも行かなくて良いんだよ」


「だ、だって、その、おトイレとか……」


「ひかり」


「ヒッ」


私は足枷を持ったままベッドに膝を乗せ、白く透き通ったひかりの足を撫でる。


そしてそのまま逃げようとしているひかりの手を引いて耳元で囁いた。


「私は、どんなひかりでも愛してるよ」


「ひゃ……さ、やかちゃん」


「汚くなんてない。大丈夫。私だけは、ひかりを傷つけないよ」


涙目になりながら目をキュッと閉じているひかりの足に優しくタオルを巻き付けて足枷をつける。


この鍵は私しか持っていない。


だから、ひかりはもう危険な所へ行かなくてもいい。


それが酷く安心出来て、私は疲れた様な表情で私を見るひかりに微笑むのだった。




ひかりを家に置いて、仕事に出るのは不安もあるが、言葉に出来ない喜びもあった。


かつて、ただ助けられるばかりだった私がひかりの為に頑張れているという喜びと、私が居なければひかりは生きていく事が出来ないという昏い喜びが混ざり、日々の生活に歪んだ活力を与えているのだ。


家の鍵と足かせの鍵を一つのキーホルダーにくっ付けて、それを見ながら笑う。


ひかりがずっと自分の傍にいる。


それだけで、私はどんな苦難でも戦っていける。


そう思えるほどに充実していた。


していたというのに。


私は部屋に帰り、真っ先にひかりの部屋に行って驚愕に目を見開いた。


そこには誰もいない空間が広がっていたからだ。


朝まではひかりが居たというのに、誰かが居たという気配だけを残して、その姿はどこにも存在していなかったのだ。


心臓がドクドクと強く高鳴って、かつてホテルでひかりを見た時と同じ様に息苦しくなるのを感じた。


ここに立ち尽くしていても意味がないというのに、泣き出したくなる様な気持ちが込み上げてきて、動く事すら出来なかったのだ。


しかしそんな私の凍り付いた体を動かす様な音がバッグの中から聞こえた。


電話だ。


私は非通知と表示されている画面を見て、息を荒くしながら普段は出ない電話に出てしまった。


もしかしたらひかりが、私に助けを求めているのかもしれないと思ったからだ。


「もしもし……?」


『私ダー』


「あなたは」


『フフフ。古宮ひかりは返してもらうぞ。こんなやり方で彼女を手に入れようとするなんて、愚かだな!』


「夢咲……陽菜……!」


『なんだ。気づいてたんだね。忘れちゃってたかと思ったよ』


「なんで、何のつもり!?」


『なんのつもりって言われてもね。ひかりちゃんは私が雇ったんだからさ。勝手に連れて行かれると困るんだよ』


「そうやって、ひかりを利用しようって言うの!?」


『そうだよ。って言ったら満足?』


「満足って……! ひかりはどこ!?」


『最初に言ったでしょ。返してもらってってさ。でもまぁ、私ってば優しいから、直接話す場所を用意してあげるよ。ただ、まぁ? 同じ様な事があったら困るし、ひかりちゃんも可哀想だから、こっちが指定した場所に来てもらうよ』


「……どこ」


『東七本松ビル。別に来なくても良いけどね』


私はその場所を聞いた瞬間に、走り出していた。


家の鍵を急いで閉めて、ビルの場所を調べながら駅へと向かう。


ひかりを取り戻す為に。

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