第8話『許せないと思った。』
あの日から、私はずっと、ずっと探していた。
大音楽祭の後から姿を消してしまった大切な人の事を。
ずっと、ずっと探していたのだ。
そして、その人は本当に偶然私の前に姿を現した。
「ひかり」
画面を見ながら、懐かしい人の名前を呟く。
わたしのせいでいっぱい迷惑を掛けた。苦しい想いをさせた。
そのせいで私の前から消えてしまったんだって思っていたのに、真実は違ったのだ。
ひかりの足に頭を乗せながら、笑う少女を私は憎しみを込めながら睨みつける。
妹という立場を使って立花君を利用する彼女は、ひかりの事も利用しているのだろう。
許せないと思った。
そして、今度こそ守りたいと、そう思った。
私はそれからヒナちゃんねるという配信について調べ、そこで働いているスタッフの一人に接触した。
その人は昔のスターレインを知っている人で、私がひかりと話がしたいというと、快く引き受けてくれた。
そして、その人の助けもあり、私は家の近くにある喫茶店でひかりと話をする事にしたのだ。
喫茶店で、私はコーヒーを飲みながら窓際に座って、ただ静かにひかりを待っていた。
店の中は静かで、長時間居たとしても苦痛を感じない程度には居心地がいい。
そして、そろそろ待ち合わせの時間になろうかという時に、彼女は現れた。
以前と変わらない童顔で小さな身長の割に、一部胸や臀部だけがやや過剰に成長しているひかりが。
痴漢に困っていると言っていたひかりは、昔も今も地味な服を好んで着ており、そんな服では隠せない輝きを持っていた。
現れた瞬間から店に居た客の視線がひかりに吸い込まれる。
それは私も同じで、昔は一緒にいることが当たり前だったひかりが、まるで遠い存在になったかの様に感じてしまう。
「ぉ、遅れて、ごめんなさい」
「いや。遅れてないよ。ひかり。時間ぴったり」
「そ、そっかぁ。よかったぁ」
店に現れた時は、まるで遠い存在に感じてしまったのに口を開けば昔と何も変わらないひかりがそこに居た。
いつも何かに困った様にオロオロとして、自信なさげに眉を下げる。
本当はアイドルに向いていないのに、誰よりもアイドルに向いている女の子。
誰より臆病で、怖がりで、弱いのに、人の為ならどんな困難にも立ち向かえる強い人。
いつからか。目を離す事が出来なくなっていた。
気が付けばひかりの事を目で追っていて、その姿に、生き方に、惹かれていた。
「ぁ、ぁの、て、店員、さぁん」
「ひかりは何、飲む?」
「え!? ぇっと、この」
「分かった。店員さん。注文良いかな」
「あ、はぁーい。お伺いします!」
「この紅茶のセットと、後、ケーキいただけますか?」
「承知いたしました。注文繰り返させていただきますね!」
ひかりの代わりに注文をした私は、何でもない事の様に尊敬の目を向けるひかりに微笑みかけた。
変わらない。
ひかりは他のメンバーが居る時は頑張って自分で注文するけれど、私と二人きりの時は私に甘えるのだ。
私がひかりの注文をしてあげる。
ひかりには私が居ないと駄目なのだ。
「そ、そういえばさ。今日は、どうしたの、かな。何か、そのお話とか」
「用がないと呼んじゃ駄目だった?」
「そ、そういう訳じゃないけど」
「私はさ。離れていてもひかりの事は大切な友達だと思ってたから。こうして話せるだけで嬉しいんだ」
「そ、っかぁ。そうなんだ。うん。良かったぁ」
「良かった。ってひかりは何か不安な事があったの?」
「え! いや、その、ね。スターレイン突然辞めちゃったから、その、沙也加ちゃんが怒ってるんじゃないかって、思ってたの」
「怒らないよ。ひかりには何か事情があったんでしょ?」
「そ、そうだね。うん。あった、よ。いろいろ」
「ならしょうがないよ。だからさ。過去の話じゃ無くて未来の話をしようよ」
「みらい?」
「そう。実はこの辺りで私、一人暮らししててさ。でも、部屋が多くて使って無いんだよね。ほら。前にひかり、一緒に住みたいって言ってたじゃない? それで、どうかなって」
「え。でも、私、その、そのね。今のお仕事が結構移動が多くて、どこかに住むのが難しいんだ。それに、陽菜ちゃ……あ、いや、えっと、一緒に居る子がね。寝るときに一緒に居ないと眠れないって子で、だから私……その、ごめんなさい!」
何でだろう。イライラする。
何故あの子をひかりは選んだのだろうか。
私の方がずっとひかりを大事に思ってるのに。あの子なんてひかりを利用しているだけじゃないか。
でも、ひかりは純粋だから、きっと騙されているんだろうと思う。
私が助けてあげなきゃ。
「そっか。それは残念」
「ごめんね? 沙也加ちゃん」
笑え。
「ううん。気にしないで。でもさ。折角だから中、見ていかない? 結構広い家なんだよ」
「うん! 今日は時間がいっぱいあるから、大丈夫」
笑え。
「良かった。誰かに自慢しようと思って買ったカップとかあるんだけどさ。誰にも見せられてなかったからね」
「おー。すごそう。存分に自慢して」
笑え!!!
「そうさせてもらおうかな」
「えへへ。楽しみ」
心の内に秘めた想いを外に滲ませない様に、笑え。
怪しまれてはいけない。
ひかりにバレてしまえば、こんなチャンス二度と訪れないだろう。
あの子にきっと邪魔される。
だから、悟られない様に、笑え。
「……えっと」
「どうしたの? ひかり」
私はキラキラとした笑顔を浮かべながらひかりに問うた。
しかし、その笑顔はすぐに凍り付く事になる。
「そのね。沙也加ちゃん。何か怒ってる?」
「……っ、な、なんでそう、思ったのかな」
「うん。そのね。沙也加ちゃんの光が、なんか黒いから、嫌な気持ちがあるのかなって」
「光……?」
「そう。ほら、普通に過ごしててもさ。光るけど、こう、うぉー、やるぞー。って感じで気持ちが強くなったら、光も強くなるでしょ? それでさ。黒く光ってる時って、モヤモヤしてる時とか、いやーな気持ちになってる時なのかなーって最近気づいたの」
「そう、なんだ。あ、はは。ひかりには全部お見通しだね。そうなんだ。実はさ。今朝、タンスの角に足をぶつけちゃって、ずっとジンジン痛いの。それでイライラしてる感じに視えちゃったかな」
「そうなの!? だ、だだだ、大丈夫? 痛くない?」
「うん。大丈夫。我慢出来るよ。でも、家に行ったら見てもらおうかな」
「うん! 任せて!」
「アハハ。よろしく」
笑いながら、内心速くなっていく鼓動を落ち着けようと、必死に気持ちを抑えつける。
誤魔化せただろうか?
ひかりは私の気持ちに気づいていない?
本当に大丈夫か?
不安ばかりが私の体を包み、心を追い詰める。
しかし、今は信じるしかない。
ひかりは前と同じように無邪気に笑っているし、この時点で不信感を抱いているのなら、逃げ出そうとするだろう。
しかしそんな素振りは少しも見せてはいない。
だから、大丈夫。大丈夫だ。
私は自分にそう言い聞かせながら、ひかりに笑顔を向け続けた。
この時食べたケーキの味は何も覚えていないが、それから、私は無事ひかりを自宅に招き入れる事に成功した。
自宅の扉を開け、その扉を押さえながら中にひかりを招く。
先に家の中に入ったひかりは靴を脱ぎながら、家の中に上がり、キョロキョロと珍しい物を見る様に見渡していた。
私は扉を静かに閉めると、鍵を二つ。そしてチェーンを掛けつつ、ひかりの様子を伺う。
特に疑っている様な様子は見えなかった。
ならば、問題ないだろう。
いや、この時点で疑っていようと、もはや関係ない。
ひかりは既に部屋の中に入ったのだ。
ならば、もう大丈夫だ。
私は勝利を確信して笑う。
「じゃあ家の中、案内するよ」
そう。今日からずっと住む家だ。よく覚えてね。ひかり。