第2話『じゃあ、仲直り、ね』
仕事が重なり、慌ただしい毎日を送っていた僕は、久しぶりに佳織と食事に行こうと誘っていたのだが思わぬ所から邪魔が入った。
言わずもがな。僕の邪魔をして喜ぶ人間なんて殆どいない。
そう。夢咲陽菜だ。
ライバルなんて言いたくもないが、奴を適切に表すのならば、そう……敵だ。
天敵。宿敵。怨敵。
どんな言葉が正しいのか、正直自分の感情を整理しきれていない所があるが、どうであれ敵という事だけは確かだ。
しかし、いつまでもやられたままというのも腹立たしい。
だからこそ、僕は今日、奴にやり返す事にした。
今夢咲陽菜は大層楽しそうに佳織と話をしている。
だが、その笑顔を今すぐ歪ませてやるよ。夢咲陽菜!!
僕は無言のまま光佑さんに頷いて、出演の準備をする。
「アハハ。まぁ確かに最初は難しいよねー……って、どうしたの? うん」
【どした?】
【佳織ちゃんアイドル計画を嗅ぎ付けた山瀬耕作が乱入してきたか?】
スタッフに目を向けながら確認をしている夢咲陽菜に視聴者が反応しているが、夢咲陽菜は何ら気にした様子もなく、笑顔のまま言葉を発した。
「あぁ。お兄ちゃんが到着したみたい。という訳でー! お兄ちゃんの登場でーす!」
「遅れてごめん陽菜。それと佳織ちゃんもいらっしゃい。視聴者さんも、今日は楽しんでいってね」
「ううん。全然待ってないよー!」
「お邪魔してます。光佑さん」
「うん。じゃあ失礼するね」
光佑さんはいつもの様に笑顔で挨拶をしながら、夢咲陽菜の隣ではなく、佳織のすぐ横に座った。
当然ながらそんな行動に夢咲陽菜が不満を持たないわけが無く、即座に文句が飛ぶ。
「 あ。お兄ちゃんの席は陽菜の隣でしょー。佳織ちゃんの横に行っちゃダメ―」
「いや。悪いんだけど。今日はもう一人ゲストが居るからね。その子を優先しようか」
「ん? もう一人ゲスト?」
「もう一人ゲストの方がいらっしゃるんですね!」
「え、えぇ? なに?」
ふっふっふ。不思議そうだな。夢咲陽菜。
既にお前以外には話を通しているから、お前以外は誰も疑問に思っていない。
この状況が! 不思議そうだな!? 夢咲陽菜!!
「じゃあそのゲストさんを呼ぼうか。颯真君!」
僕は光佑さんに呼ばれ、元気よく返事をしながらカメラの前に移動し、佳織と光佑さんの間に座った。
「はじめまして! 天王寺颯真です。本日はよろしくお願いいたします!」
【天王寺颯真やんけ!!】
【お前、こんな所に来る暇あったのか!?】
「暇は無いですけどね。夢咲さんに呼ばれたらどんなに忙しくても駆けつけますよ。何度か共演した仲ですしね」
営業用の笑顔を浮かべながら視線を夢咲に送る。
視線に込められた意味は当然。ざまぁみろ、だ。
「きょ、今日天王寺君が来るなんて、聞いてなかったなぁー? お兄ちゃんは知ってたのぉー?」
「あぁ。颯真君が興味があるって言ってたんだ。ちょうど佳織ちゃんも来る日だったし。ちょうど良いかなって呼んだんだよ」
「そうなんだぁー。でも二人もゲストを呼んじゃったら、狭くなっちゃうんじゃないかなぁ」
「これは申し訳ない。そっちは狭かったですか? 夢咲さん。なら佳織。こっちに詰めた方が良いよ」
「あ、そうですね。私達はお邪魔している身ですし」
「これで良いですか? 夢咲さん」
「……こ、この」
夢咲は顔を俯かせながらプルプルと手を震わせ強く手を握りしめ、それをソファーに叩きつけた。
【あ。ヤバい爆発した】
【そろそろ大丈夫かと思ったが、まだ駄目だったか】
【どういう事?】
【見てれば分かる】
夢咲は勢いよく立ち上がると、僕に向かって指を差して、叫ぶ。
「何しにきたのさ! 呼んで無いから。さっさと帰ったら!?」
「あぁ。君に呼ばれた覚えはないな。僕を呼んだのは光佑さんだ。忘れたのか?」
「コソコソ、コソコソ。うっとおしい! 私に会いたいなら正面からそう言えば良いでしょ? そういう所、恥ずかしいよ!?」
「ハン! 誰が夢咲に会いたいもんか!! 僕は光佑さんと佳織に会う為にここに来たんだ! 君に会う為じゃない!!」
「どうだか! 初めて会った時はお姉ちゃん。お姉ちゃんって言ってた癖にさ!」
「それは弟役だったからだろ!! 一度だってプライベートでお前をお姉ちゃんなんて呼んだ事は無いよ! 耳が遠いんじゃないのか!? ゆ・め・さ・き!!」
【盛り上がってまいりました】
【あれ? この二人って仲悪いの?】
【仲悪いとかいうレベルじゃ無いぞ。共演出来ないレベル】
【してますけど】
【だからこうなってんだろ】
【あぁ。こうなるから。って事か】
「コラ。二人とも。喧嘩はしないって約束しただろ。座って。佳織ちゃんの手を握りなさい」
「……わかりました」
「でも、お兄ちゃん!!」
「陽菜。約束は?」
「はぁい」
僕と夢咲は光佑さんに怒られ、ひとまず座ってから佳織の手を握る。
しかし言葉をぶつけずとも、向こう側から睨みつけてくる夢咲の気配を感じ、僕は睨み返した。
「ふぇぇええん。佳織ちゃーん。天王寺君が睨みつけてくるよぉ」
「えぇ!? 駄目ですよ。颯真君!」
「夢咲! お前!! お前が先にやったんだろ!!」
「陽菜ちゃん。わかんなーい」
「こんの……ゴミアイドル……!」
「ありり? ヒナはもうアイドル引退したの。知らないのぉー。ふぇぇ、天王寺君ってなーんにも知らないんだね! お姉ちゃんが教えてあげないと、ダメダメでちゅか!」
「この、クソ、ゴミカス……!」
僕は一瞬で頭に血が昇り、また文句を言いそうになったが、心配そうに僕を見ている佳織に気づき、落ち着きを取り戻した。
とりあえずは冷静さを取り戻す為に、いつもの呪文を唱える。
「落ち着け。落ち着け天王寺颯真。夢咲はアンチ。夢咲はアンチ。無視するのが一番」
【天王寺、陽菜ちゃんをアンチ呼ばわりで笑う】
【まぁ実際、陽菜ちゃんが明確に敵対してる数少ない人間だから。アンチって言っても間違いじゃない】
【数少ない。って天王寺以外に陽菜ちゃんが嫌ってる人間いたっけ?】
【大野】
【絶賛伝説を作り続けてる野球選手の何が気に入らないんや】
【陽菜ちゃんの大好きなお姉ちゃんと結婚した上に海外に連れて行ったから。らしいぞ】
【佐々木は国内だからセーフなのか】
【いや、佐々木の場合は陽菜ちゃんとも仲良いから。仮に海外へ行くにしても大野程嫌いにはならんだろ】
【これも全部大野がコミュ障なのが悪いんや】
【まぁイエスかノーかしか言えない男だし】
【別に良いだろ。野球が出来れば。俺はそれ以上望まないぞ。後、出来ればブログを開設して、呟きアプリを始めて、インタビューで喋って、雑誌に出てくれれば】
【めちゃくちゃ要求してて笑う】
僕はコメントを見ながら、多くの視聴者が見ているという事を思い出して、争いを止めようと決意した。
これ以上は互いのファンに良くないと考えたからだ。
「夢咲」
「何?」
「ここは争う為の場じゃない。視聴者を楽しませる場だろう。だから停戦しようじゃないか」
「……まぁ、良いよ。確かにこれ以上は不毛だしね」
僕は表面上とはいえ、仲直りをしたという合図をする為に、夢咲に手を差し出した。
夢咲は酷く嫌そうな顔をしていたが、僕の手を強すぎるくらい握りしめて、笑う。
「じゃあ、仲直り、ね」
「あぁ、そうだな?」
こうして僕たちは仲直りの合図をした。
そして、僕が来る前の話に戻るべく、佳織に話を振るのだった。
「そう言えば、僕がここに来る前は何の話をしてたんだ?」
「ここに来る前ですか? あぁ! そうです! 颯真君も一緒に遊びましょう! これで皆さん仲良しになれますよ!」
「遊ぶ? 何の事だ?」
【あ】
【マズいですよこれは!】
【誰か、佳織ちゃんを止めろー!!】
妙に荒れ始めるコメントを横目で見つつ、ニコニコと楽しそうに笑う佳織に視線を合わせ話を進める。
「実はですね! 最近私、遂にゲームデビューをしたのです! じゃじゃん! これです!」
「これは……レースゲーム、だったか?」
「そうです! 颯真君は初めてですか? ふふふ。それなら私が教えますね! 実はですね。このレースはアイテムを使って、走るレースなんですよ! この絵に書かれたキノコを食べると、びゅーんって早く走るんです!」
「へぇ。面白そうだね」
「あ。もしかして、天王寺君はこのダリオカート。やった事無いのかな?」
「あぁ、無いな。その言い方だと夢咲はあるんだな」
「まぁね~。それじゃ、天王寺君は勝てないかな。可哀そうだけど」
「はぁ? いやいや。まだ何もやってないのに、分からないだろう」
「そうだね。確かに!! じゃあやろうよ! くふっ、くふふ」
【陽菜ちゃん……】
【こういう事ばっかりやってるから敵ばっかり作るんだろうなって】
【まぁ、俺は楽しそうな佳織ちゃんを見て満足だが】
【だが、これから起こるのは地獄だ】
「じゃあ早速準備して、始めようよ! 私、みんなと遊ぶの楽しみなんだ!!」
【哀れ、天王寺颯真。ここに眠る】