表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赫刃  作者: あああ
8/176

【第1章 第6話:母の祈り、娘の拒絶】

母リアーネ=クローデルは、穏やかで、優しく、誇り高き女だった。

貴族として、妻として、そして――母として。

完璧な女性だった。


彼女は、澪にすべてを捧げる覚悟を持っていた。

澪が笑えば喜び、黙していれば静かに寄り添い、怒らなくても赦す。

彼女の“神秘”すらも、娘の一部として受け入れた。


「この子は、人々の光になる」

そう信じて疑わなかった。


だから、ある夜のこと。

澪の寝室で祈りを捧げたことに、なんの違和感もなかった。


――祈りの言葉は、こうだった。


「澪、あなたは天使です。

 世界を導く光となって、人々に愛を注いでくれる」


――その瞬間、空気が凍った。


リアーネの手を握っていた澪の指先が、ふっと力を抜いた。

次の瞬間、赤子にはありえない冷たい声が、夜の空気を裂いた。


「……違う。私は、天使じゃない」


リアーネは、息を止めた。


「澪……?」


「私は、導かない。

 愛を注がない。

 ただ、いるだけ。斬らなきゃいけないなら、斬るだけ」


その言葉が、心の底からのものではなかったことを、リアーネは直感していた。

それは――彼女自身の言葉ではなかった。


赫刃の“記憶”が、澪を通して話していた。


リアーネは恐れた。

この子が、自分の知らない何かに“縛られている”ことを。


だが同時に、母として、声をかけずにはいられなかった。


「澪。あなたは私の娘よ。

 誰のものでもない、あなた自身なの。

 斬るために生まれたなんて、そんなふうに思わないで……」


澪はその声に、少しだけ目を伏せた。


言葉では何も返さなかった。

だが、母の言葉が心に残らなかったわけではない。

ただ、それを“肯定するだけの実感”が、澪にはなかった。


その夜、赫刃が夢の中で囁いた。


――お前は、斬る者。

――選んだのは、お前自身。


澪は寝台の中で、そっと自分の胸に手を当てた。

心臓の鼓動が、微かに赫刃と重なって響くようだった。


そして、彼女はこの時、初めて――

母を「人」として見た。


愛する者ではなく、斬るかもしれない「対象」として。


そしてその感情が、どれほどの悲しみを孕んでいたのかを、

この時、澪はまだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ