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赫刃  作者: あああ
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【第1章 第5話:愛の始まり、違和感の芽吹き】

嬰児として生を受けてから、澪は一度も哭かなかった。

そして今も、笑わなかった。


“あの日”に見せたあの一度きりの微笑を除いては――


それは、式典のための作られた笑みではなかった。

ただ、反射的な筋肉の動きだったのかもしれない。

だが、人々はそれを「愛されるための表情」だと錯覚した。


それ以降、澪の周囲には、“愛”が集まるようになった。


誰もが彼女を崇め、触れたがり、声をかけ、与えようとした。

何も欲していない澪に、惜しみなく愛情を注いだ。


――与え続けるという狂気。


澪は、徐々にそれに“薄い拒否感”を抱くようになっていた。



ある夜。

彼女が生まれて半年、言葉もままならない頃。


澪は乳母に抱かれながら、寝室の窓から月を見ていた。

赤と白、二つの月が夜空に浮かぶこの国の夜は、常にどこか非現実的だ。


「……澪さまは、本当にお美しい……」

「神の加護が、ずっと降っておられますね……」


乳母の手が震えていた。

愛していた。恐れていた。崇拝していた。

澪はその全てを、抱かれながら“肌で感じていた”。


澪はそのとき、はじめて“言葉”を話す。


「……なぜ……?」


それは問いだった。

愛の理由を問う、初めての“言葉”だった。


乳母は驚きのあまり、言葉を失い、そして――泣き崩れた。


「……澪さま……! お言葉を……お言葉を……!」


澪は、その光景をじっと見つめていた。

そこに愛はあった。だが、そこに“理解”はなかった。


その夜、澪は夢を見た。


赫刃の映像。

血塗れの世界。

名を持たぬ者たちが、自分の前にひれ伏し、消えていく。


その夢の中で、澪は初めて“名前を持たぬ誰か”に問いかけていた。


「私を、なぜ、好きになるの?」


返事はなかった。

だが、赫刃が静かに光を発した。


それは、彼女が“刃”として愛されている証だった。


――それは、違う。

――私は、誰かのために斬るために、生まれてきたのではない。


次の日、澪は父と母の前で、静かにこう言った。


「愛されるのは、疲れるの」


それは、年端もいかぬ少女の言葉ではなかった。

けれど、確かに“彼女”の言葉だった。


両親は微笑んで頷いた。

「それでも、私たちは愛しているよ」と。


澪は、何も返さなかった。

ただ、赫刃の鞘に小さな手を触れ、こう呟いた。


「いつか、全部、斬らなきゃいけない日がくる」


それが、彼女の中に生まれた最初の“確信”だった。


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