【第1章 第4話:祝福されすぎた命】
澪の命名祝賀式は、王都でも話題になった。
「異形の天才が生まれた」
「神遺物を伴ってこの世に降りた」
「彼女は“神の代弁者”だ」
噂は、期待と崇拝を孕んで肥大化し、
やがて“祝福”という名の、集団的熱狂へと変貌していった。
王家からは第二王子セリス=アークライトが使者として訪れ、
魔導議会からは十七人の議員が出席。
聖銀財団からは“聖杯の写し”が贈られ、フォルシア商会は“生涯契約”を提案した。
澪はまだ、生後三週間の嬰児だった。
何も喋らず、何も語らず、ただ赤い瞳を開いたまま――全てを見ていた。
その瞳を、誰もが「美しい」と言った。
けれどそれは、**美しさの中にある“否定の冷たさ”**だった。
母リアーネは澪を腕に抱き、壇上に立つ。
群衆が息をのんだ。
あまりに静かだった。
嬰児の泣き声もなければ、笑い声もない。
ただ、壇上に立ったその瞬間、風すらも止んだかのように。
リアーネが、澪の名を宣言する。
「この子の名は――澪。
流れの中に在る、静かなる刃の名にて、祝福を――」
その時だった。
澪が、微笑んだ。
それまで一度も笑わなかった澪が、初めて、人前で、静かに唇を上げた。
歓声が、会場を揺らした。
「ああ……」
「この子は、天使だ」
「救われた……」
「涙が、止まらない……!」
実際、壇上にいた貴族たち、民衆の多くが涙を流した。
涙の理由は誰にもわからなかった。
ただ、彼女の微笑みが“心に触れた”としか言いようがなかった。
だが――
澪の中では、別の感情が静かに、確かに蠢いていた。
(……気持ち悪い)
彼女の思考は、すでに“言語”を超えていた。
意識ではない。反射でもない。
それは、“拒絶”に近い直感だった。
人々の視線。熱。執着。
それら全てが、澪にとっては“毒”に近かった。
ただの嬰児が、そう思ったわけではない。
彼女の中に宿るもの――
赫刃の記憶か、あるいは“斬る者”としての本能か。
澪は微笑んだまま、群衆の方をじっと見つめていた。
祝福されすぎた命。
愛されすぎることの、居心地の悪さ。
その日、澪は世界に対して最初の“違和感”を持った。
それはやがて、“敵意”や“無関心”ではなく、
「なぜ、そんなに私を愛すのか」という問いへと形を変えていく。
この問いこそが、彼女の生涯を支配する“根”となる。
その日、誰もが彼女を忘れられなくなった。
けれど澪だけは――
全員の顔を、一人も記憶しなかった。