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赫刃  作者: あああ
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【第1章 第2話:無垢なる異質】

――あの子は、笑わなかった。

そして、哭かなかった。

だがそれでも、全ての者は“涙を流した”。



「嬰児は、元気です。……ですが……」


公爵ロジオン=クローデルの前で、医師は言葉を詰まらせた。

彼は、誰よりも論理的で、誰よりも冷静な男だった。

戦場でも政争でも、“誤算”を許さないその目が、今だけは揺れていた。


「……だが、何だ?」


「彼女は……彼女の周囲の空気が、妙なのです。魔力反応でも、気圧でも、ない。

 “意味”がねじれているとでも申しましょうか……言葉で説明できるものでは……」


「意味が、ねじれている……?」


ロジオンは窓の外を見やった。

夜が明けるその瞬間、空に浮かんでいたのは、紅く染まった二つの月だった。


通常あり得ない、天文現象。

それは彼にひとつの予感を与えた。


“我が家に生まれた娘は、この世界の定義そのものを歪める存在になる”


そして――

ロジオンは静かに口元をほころばせた。


「……ならば面白い。世界がねじれるなら、それをねじ伏せればいい。

 我が娘が“異物”と呼ばれようと、私は誇るだろう。この家の、唯一無二の令嬢としてな」


その夜、クローデル家では盛大な祝賀が行われた。

各地の貴族たち、魔導院の代表、さらには王家の使者までが招かれた。


だが、客人の誰もが彼女を前にして口を閉ざす。


黒き髪。赤き瞳。

まるで“世界の終わり”が笑っているかのような――静けさ。


嬰児は、誰にも泣き声を聞かせないまま、ただ目を開いて、世界を見ていた。

見るだけで、“見られた者の心”がざわつく。

まるで己の罪を見透かされたような、不快と畏れが入り混じる沈黙。


それでも、母リアーネだけは、彼女を抱きしめながら微笑んだ。


れい)……この子の名を、澪にしましょう。

 流れの中に咲く、小さな花のように。静かで、美しく、凛として」


その瞬間、赫刃が“かすかに震えた”。


名前。

定義。

言葉。


それらを斬るために生まれた刃が、“名づけ”に反応したのだ。


澪――

彼女はこの名を受け入れたわけではなかった。

だが、それでも。


瞳の奥で、ほんのわずかに何かが揺れた。


感情か、記憶か、あるいは“遠い過去”の残響か。

何もかもがわからないまま、ただその夜、ひとつだけ確かなことがあった。


――その場にいた全員が、彼女を“忘れられなくなった”ということだ。


彼女の姿は、声は、氣配は――何一つ変哲のない嬰児のはずなのに。

瞳に焼きついた“赫ノ嬰児”の姿だけが、いつまでも脳裏を離れなかった。


「……愛さずには、いられない」

そう、誰もが口にした。


けれど。

その愛こそが、澪を蝕んでいくのだと――

このとき、まだ誰も知らなかった。


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