表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赫刃  作者: あああ
PR
19/177

【第1章 第17話:存在しない傷と、叫ばれない名前】

斬った。

たしかに、澪は赫刃を振るった。


けれどそこにあったのは、血でもない。

骨でも、肉でもなかった。


斬られたのは――名だった。

呼ばれなくなった名。

記録に記されなくなった名。

誰の声にも届かなくなった名。


その瞬間から、三人の騎士は“異常”を起こした。


彼らの目は見えていた。耳も聞こえていた。

だが、自分の名前を思い出せない。


家に帰ろうとしても、道が浮かばない。

報告しようとしても、**「誰が何をした」**を言語化できない。


周囲の人間も、彼らに名を呼びかけようとして――言葉が詰まる。


「お前……誰だ?」


そして、恐怖は伝染する。


名を持たない者は、“存在の責任”を誰も取れない。


隊長のイレーナは、絶句していた。


「……これは、攻撃じゃない」

「これは、“世界に対する否定”……!」


彼女は理解した。


この刃は、“敵を殺すため”に振るわれたのではない。

“記録の枠に押し込められた者たち”を、**“定義から解放する”**ための刃だった。


だがそれは、同時に――全ての繋がりを断ち切る刃でもある。


澪は赫刃を収めていた。


その瞳に、憎悪も快楽もなかった。

ただ静かに、ひとつの思いだけが浮かんでいた。


(……こんなに、簡単に“いなくなる”んだね。名前って)


彼女の手は震えていなかった。

けれど、赫刃の鞘が、微かに音を立てて軋んでいた。


そのとき、背後から声がした。


「澪!」


それは、エルノアだった。


姉が駆け寄ろうとするその足を、ロジオンが止める。

その表情は、怒りでも戸惑いでもない。


ただ――理解の先にある、恐れと誇りが交錯した目だった。


「今、彼女は“人間ではない何か”になりかけている」


だが、澪は振り返らなかった。


ただ一言だけ、静かに言った。


「名前なんて、いらない。

 でも……誰かに名前を呼ばれたいと思ってる私が、まだいることが……面倒だな」


その言葉に、赫刃が再び共鳴した。


「では、その“誰か”の名を――斬るべきか?」


澪は、かすかに微笑む。


「まだ、斬らない。たぶん、斬れない」


その瞬間、名を斬られた騎士のひとりが、ぽつりと呟いた。


「……私、……だれ?」


それは、誰の耳にも届かなかった。

名がない言葉は、世界に響かない。

それが、“斬られた者”の結末だった。


封印隊は、戦意を喪失した。

騎士団は撤退を開始する。

イレーナは、最後まで澪の背を見つめていた。


その背に、確かに見えたのは――


“定義されないまま立つ者”の、絶対的な孤独だった。


夜、澪はひとりで屋敷の中庭にいた。

赫刃を抱くように、空を見上げる。


空には、名のない星がひとつだけ、光っていた。


「名前がなくても、美しいものは、あるんだね」


そう呟いたとき、彼女の髪が、ふと黒に戻った。


そのときだけは、赫刃も――眠っていた。


けれど、翌朝には世界中の魔導記録がざわついていた。


「“名を斬る者”が現れた」

「“存在の定義”を拒絶した異端」

「赫ノ嬰児は――“神殺し”の兆しである」


そして、澪という少女の名は、一つの象徴として“記録”されてしまう。


皮肉にも、彼女が最も拒んだ“定義”が、ここから始まっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ