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赫刃  作者: あああ
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第3章 第26話『黒界再侵攻』

第一節「漆黒の境界より漂う風」


王都の夜は、限りなく静かだった。

だがその沈黙は、ただの平穏ではない。

あらゆる魔術結界が重ねられ、構文塔の空間すら因子で密閉されたこの地に、

本来、風は存在しない。


それでも、ティナ=フィルアークは感じていた。

皮膚でもなく、耳でもなく、因子の感応でもなく——

構文そのものが、微かに軋んでいる。


「……変動開始。第四構文層、揺れてる。」


禁因式監査室の中央で、ティナは構文端末を連続操作しながら呟いた。

演算波が微かに乱れている。構文的には誤差の範囲——それでも彼女の指は止まらない。


画面の上に、黒く染まった座標定義群が浮かぶ。

「存在掃滅」の名を冠する特殊定義式。

あまりに露骨な名が、それでも正確な意味を持っている理由はただ一つ。

これは、ザレク帝国構文軍《黒界編成》による構文展開である。


「黒界……また動くの?」


低く、しかしはっきりとした声が、背後から落ちた。

ティナが振り向かずとも分かる。

澪=クローデル。

構文圧すら抑圧するその存在は、既に監査室の重力そのものを変質させていた。


「再編成のログは、数分前。第一構文軍団《存在掃滅隊》が直接関与。

司令官は、レクス=ヴァルティエ……“存在定義を認めない者”の代表格。」


「……私を、削りに来る?」


澪の問いは、他人事のように平坦だった。

だがティナの顔色は明らかに強張る。


「その可能性はある。しかも、今回は“接触なし”で座標域に構文を流し込んできてる。

構文塔の外郭圏すら通ってないのに、因子圧だけが流れてきてる。おかしい……。」


澪は、淡く赤く染まった目を閉じた。

そして、数秒後に開いたその瞬間、因子粒子が風のように舞った。


「……“視える”わ。けれど、“定義はしない”。」


ティナは息を呑む。

澪が視ているのは、ただの術式ではない。

世界そのものを編んでいる構文圏の“ゆらぎ”そのもの。


「観測構文圧。……戦争を起こす構文じゃない。

ただ、“戦争が起こせるかどうか”を測りにきてる。まるで——」


「存在試験。」


澪の言葉が遮るように重なった。

ティナは、震えを押し殺すように呟く。


「……あなたを、“削除対象”とした上で、

“実行できるかどうか”を、帝国が——構文軍が、試してるってこと?」


「ええ。わたしが“存在として消せるかどうか”。」


澪は一歩前に出た。

その瞬間、構文端末が黒く瞬く。


端末の解析空間内に、彼女が「意識を寄せただけ」で、

因子座標が反転し、帝国側の観測式が自壊を始めた。


「——始まらないわね。」


澪の声は静かだった。

だが、世界はその言葉を聞いたかのように、構文流を停止させた。


ティナは画面から目を離し、澪を見た。


「戦争にならない、ってこと……?」


「ええ。向こうも理解した。

“わたしを定義できない限り、戦争は成立しない”って。」


「じゃあ……終わったの?」


澪は首を横に振った。

その目は、まっすぐ構文塔の下層を見据えていた。


「始まってもいない。“構文の戦場”ではね。」


沈黙。


ティナは、自身の因子がわずかに震えているのを感じながら、そっと口を開いた。


「でも……“別の戦場”なら、あるかもしれない。」


澪は答えなかった。

ただ、静かに目を閉じた。


この世界における“戦争”とは、存在と定義をぶつける構文の闘争。

だが、もしそれが通じないなら——

次に狙われるのは、“構文では触れられない場所”。


——澪の内面、精神、そして記憶。


第二節「禁書教団、地下に蠢く」


王都の地下、誰にも知られていない通路の奥に、それは存在した。

地図に記されることもなく、魔術の探知にも引っかからない——

この場所は、世界から“定義されていない空間”だった。


そこに集まったのは、四つの気配。

いずれも異様な静けさをまとい、ただ“在る”ことが、他を圧倒していた。


「……帝国の構文軍は退いた。澪=クローデルには干渉できなかった。

観測だけで構文が壊れるようでは、奴らも手を出せまい」


低く、理性的な声が、闇に沈む壇上から響く。

禁書教団・最高典礼官、イザーク=ファルヴェス。

黒衣の神官は、手元に何の資料も持たず、それでもすべてを把握しているかのようだった。


「では、我々が次に動く番だな。」


口を開いたのは、教義執行局長・ヴァルター=グリムハルト。

無骨な外套の奥で、傷だらけの顔が歪む。


「赫刃を持つ者が動かないのなら、動かせばいい。

その心を引きずり出し、“斬る理由”を与えてやるまでだ。」


「強引な干渉は逆効果です」

やわらかく遮ったのは、第三典礼官・リィナ=サン=クロードだった。

翡翠の瞳が、仄かに光を宿す。


「彼女はただの器じゃない。……完璧な、未定義の構造。

だからこそ、“揺らぎ”のようにそっと触れなければ壊れてしまう。

だから私は、“夢”を使います。」


ヴァルターが舌打ちする。


「また幻覚構文か。回りくどい。」


「幻ではありません。……記憶と感情の境界を曖昧にして、

“自分が誰かを救えなかった”という実感だけを与えるんです。」


リィナの声はやさしい。

だが、そのやさしさは、氷と紙一重だった。


「そうすれば、彼女は自ら赫刃を抜く。

私たちが求めるのは“彼女の意志による抜刀”です。

それが、赫刃を真に目覚めさせる唯一の条件なのだから。」


イザークはその言葉に頷く。


「リィナの案は、理にかなっている。……“赫刃覚醒計画”を始動する。」


「ほう、正式に動かす気か。」


ヴァルターが腕を組み、壁際に視線を移した。


そこに立っていたのは、一人の少女の姿だった。

だが、その瞳は色を変え、髪は左右で紅と黒に割れていた。

その存在は、まるで世界が“定義を拒んだ少女”のようだった。


「……命令があれば、動きます。」


その声は無機質で、感情をほとんど含んでいなかった。


シュヴィ=ナトリス。

教団直属の異端個体。制御不能な存在にして、赫刃と澪に共鳴する“危険な鏡像”。


「シュヴィ、あなたにしか踏み込めない領域がある。

夢の最奥、澪の“存在の揺らぎ”に触れてきて。」


リィナの言葉に、少女はただ小さく頷いた。


こうして、戦争が起きなかった世界の下で、

誰にも知られないまま、

**澪を“戦わせるための戦い”**が静かに始まろうとしていた。


第三節「揺らぎ始めた構文塔」


王都の中央にそびえる構文塔は、

魔術・記録・存在のすべてを統合する、世界でもっとも安定した構造体の一つだった。


その中枢に位置する第六階層——

通常、王族すら立ち入れない禁域にて、澪=クローデルはひとりで座っていた。


彼女は何もしていなかった。

目を閉じ、呼吸を静かに保ち、ただそこにいるだけ。


だが、それだけで構文塔の最深層は“変質”していた。


ティナ=フィルアークがそれに気づいたのは、計測結果が通常値を逸脱しはじめた時だった。


「……構文の揺らぎが、止まらない。まるで“誰かが、塔そのものを呼吸している”みたい。」


計器は異常を示していなかった。

それでも彼女は肌で感じていた。


まるで澪の存在そのものが、この塔と“同調”し始めている。

否——

澪の存在が、塔の構造を“取り込んでいる”。


「……澪?」


彼女の声は届かない。

澪は意識の深くで、何かを感じ取っていた。


——鼓動のような揺らぎ。

それは外からやってくるものではなかった。

塔の外、王都の外、もっと遠くからでもない。


内側からだった。


(……これは、誰かの……声?)


澪の意識が、深く深く落ちていく。

だが、夢ではなかった。幻でもない。

現実の中に入り込んでくる、“感情のかけら”のようなものだった。


ほんのわずかに、誰かの泣き声が聞こえた気がした。

微かに、誰かの名前を呼ぶ声が通り過ぎた。


(私は……誰も、斬っていない……。でも……)


冷たい空気が、構文塔の床下から立ち上がる。

それは風ではない。魔力でもない。


“澪の記憶にも存在しないはずの感情”が、

誰かの記憶の断片となって、彼女に触れてきていた。


「澪!」


遠くでティナの声がした。

彼女は全力で階層制御を操作し、澪を引き戻そうとしていた。


「意識を保って! それ、“外部からじゃない”! あなたの中から仕掛けられてる!」


澪の目が、ゆっくりと開いた。

だが、その瞳には“誰のものでもない何か”が混じっていた。


「……私……泣いてた……? いつ……?」


次の瞬間、塔全体が低くうなった。

構文安定層が反応し、緊急制御が作動する。


ティナは震えながら、端末に向かって叫んだ。


「誰かが——澪の“心”を揺さぶってる!」


だが、それは攻撃ではなかった。

ゆっくりと。優しく。だが確実に。


それは、まるで子守唄のように。

澪の意識の奥底に、“斬る理由”を植えつけようとする手だった。


第四節「澪、動かずして察する」


塔の揺れは数秒で収まった。

だが、ティナの心拍はなかなか戻らなかった。


澪が再び静かに座り直したからといって、

すべてが収まったわけではない。

むしろ、**何かが確実に“始まってしまった”**のだと、彼女にはわかっていた。


「……澪」


ゆっくりと歩み寄り、彼女の横顔を覗き込む。


澪の目は、開いている。

だが、どこか焦点が合っていない。

遠くを見ているのでも、ぼんやりしているのでもない。

“何かを探している”ような目だった。


「今、何が起きたの?」


ティナの問いに、澪は答えなかった。

代わりに、ぽつりとひとこと。


「……私、誰かを……助けられなかった気がするの。」


ティナは言葉を失った。

澪の記録にも、記憶にも、そんな事実は存在しない。


けれど、それは確かに——

“澪自身の感情”として発生している。


まるで、存在していなかった記憶が、

記憶されなかった後悔が、

今になって彼女の心に芽生えたように。


「ティナ。ねぇ……誰か、泣いてなかった?」


「……泣いてた?」


「うん。私の名前を呼んでた。……でも、その人、私に“名”をくれなかった。」


ティナの手が、微かに震える。


(それって……幻覚? 違う、これはもっと——構造が深い。)


ティナは一歩後ろに下がり、制御端末を操作した。

澪の周囲に、干渉防壁を張る。

外部からの精神的構造侵入を防ぐ、学府で許された中でも最上級の対処法。


だが。


その術式が展開されるより早く、澪の声がまた落ちた。


「……もう来てるよ、ティナ。きっと、とても静かに。」


ティナの目が見開かれる。


「“心を動かす”だけの手段。攻撃じゃない。

でもそれは、きっと私にしか、届かない。」


澪はそこでようやく、ゆっくりと笑った。


その笑みは、やさしくもあり、

どこか寂しくもあった。


「動かないまま、気づかされてしまった。

私が“誰のためにも戦っていない”ことに。」


その言葉は、ティナの胸を刺した。


(澪……それでいいの。あなたは、誰のためにも戦わなくていい。

でも、そうじゃない世界が……あなたを揺さぶってるの?)


塔の空気が、また少しだけ冷たくなる。

その風は、どこから来たのか誰にもわからない。


だが澪だけは、

その風の中に、“誰かの祈り”を感じ取っていた。


それは誰のものでもなく、どこにも記録されていない。

でも、確かにここにあった。


——誰かが、彼女に「斬ってほしい」と願っている。


第五節「再侵攻の兆し」


王都の空が、わずかに色を変え始めていた。

夜が明けるにはまだ早いはずだったが、

空気が変わったのは、陽の光のせいではない。


それは、遠くから押し寄せてくる気配だった。


「……圧が上がってる。これは、軍の動きだよ。」


ティナ=フィルアークは、術式端末の計測値を睨みながらつぶやいた。

隣には澪。

彼女はまだ一言も発さず、ただ静かに耳を澄ませていた。


「ザレク帝国構文軍……《存在掃滅隊》が、また動いてる。

今度は黒界編成じゃない。前線構文に切り替わってる。つまり、」


「——直接、来る気ね。」


澪が小さく答えた。


ティナは拳を握りしめた。


「彼ら、もう“測る”段階じゃない。あなたを“排除対象”として認識した。

次に来るのは、観測じゃない。“削除”よ。」


澪はそれに、ただ小さくうなずいた。


「来るなら、来ればいい。」


その声音に怒りはなかった。

恐れも、焦りも。

ただ、事実を受け入れた者の静けさだけがそこにあった。


ティナは問いかけた。


「……戦うの?」


澪は目を伏せた。


「わからない。でも、誰も斬りたくない。

でも、“斬らずに守れる”って言い切れるほど、私は強くない。」


ティナは何も言えなかった。


今、澪の心には二つの方向から圧力がかかっている。

ひとつは帝国の構文軍。

そしてもうひとつは、誰にも見えない場所から忍び寄る幻影。


彼女の心は確かに揺れている。

だが、まだ——まだ彼女は、自分の“意思”で立っていた。


「私が戦う時、それは誰かを守るためじゃない。

“斬らずにいられる理由”を、まだ持っていたいから。」


その言葉は、祈りのようでもあり、拒絶でもあった。


その時、塔の防壁がかすかに揺れた。

響いたのは、魔力の衝突ではない。

座標空間そのものに干渉する構文軍特有の術式——“存在削減波”の兆候。


「……来る。レクス=ヴァルティエの部隊。第一構文軍団が、展開開始。」


ティナの声はわずかに震えていた。

だが、澪の瞳だけは揺れなかった。


「私は、動かない。……まだ、“斬らなくていい”世界のために。」


だがその時、彼女の中にふとひとつの“声”が浮かぶ。


それは記憶ではない。誰かの名でもない。

けれど確かに彼女の心の奥、

“赫刃”の眠る場所のすぐそばから——

誰かが問いかけてきていた。


「それでも、まだ斬らないと決められるのか?」


第六節「接触されざる存在として」


構文塔を取り囲むように、無音の構造が展開されていた。

それは、光も音も伝えない。

ただ、あらゆる存在の“境界”を閉ざす――

**ザレク帝国構文軍・第一構文軍団《存在掃滅隊》**による布陣だった。


「定義接触距離まで、あと0.3領域。」


黒装の兵士たちは、一糸乱れぬ隊列を保ちながら、

王都に近づくことなく、王都を“抑え込む”準備を進めていた。


彼らの任務は明快だった。

“澪=クローデルという存在の削除可能性を検証する”。

それだけだ。


だが、指揮官であるレクス=ヴァルティエの目は、

そのただ一点だけを見つめていた。


空でもなく、塔でもなく。

ただ――そこに「存在する」だけの、ひとつの“定義されない点”。


「……やはり、接触不能。」


彼は冷たく告げた。


「命令継続。構文展開を止めず、観測圏の構築を維持。

ただし、攻撃は一切行わない。理由は――」


部下が言い淀む。


「理由は、“斬られる”から、ではない。」


レクスは淡々と語る。


「定義できない存在には、干渉の結果が定まらない。

結果が定まらない限り、存在は“操作された”ことにはならない。

この女は、定義される前に、結果だけを消す。」


彼にとってそれは、理屈以上に、直感で確信できている事実だった。


「……“観測不能な存在”か。存在哲学の敗北だな。」


その言葉に、誰も応えなかった。


だが同時に――レクスの言葉は、**世界構文に従う者すべての“敗北宣言”**でもあった。


その頃、塔の中。


澪はまた目を閉じていた。

だが、静かに、手を胸元へと当てていた。


そこに“赫刃”はなかった。

けれど、その重さは常に感じていた。


(彼らは触れられない。わたしを定義できない。

だからわたしは、“誰の手にも落ちない”)


(でも……だからこそ、わたし自身が問わなきゃいけない)


(――私は、このまま“斬らずに”いられるのか?)


その問いは、誰からも与えられたものではなかった。

禁書教団の幻影でも、帝国の構文でもない。


それは、彼女自身の奥から響いてくる――

存在としての自問だった。


“誰のために斬るのか”でもなく、

“なぜ斬ってはいけないのか”でもなく、


「わたしは、“斬らずに在り続けられる存在”なのか――」


その問いに、まだ澪は答えを出せていなかった。


塔の外では、構文軍が接触不能のまま静かに撤退を始めていた。


彼らは“何もしていない”。

だが、それが“最大の敗北”であることを、誰より理解していた。


存在とは、定義されて初めて形を持つ。

しかし、澪は――その“定義を拒むこと”で、世界の形を揺らがせている。


それこそが、最も恐れられる“接触されざる存在”だった。 


第七節「始まらない戦争の気配」


朝が来た。

だが、その陽光はどこか鈍く、地上に落ちる影は長く伸びていた。


王都はいつも通りに目を覚ました。

市場は開き、学舎の鐘が鳴り、人々は昨日と同じ顔で今日を歩き出す。


けれど、誰も気づいていない。

ほんの数時間前、世界の形が、わずかに揺れていたことに。


――戦争は起きなかった。

それどころか、始まる前に終わっていた。


否。もっと正確に言えば、

“始めることができなかった”。


ザレク帝国構文軍は、完全に姿を消していた。

王都に一歩も踏み込むことなく、構文の痕跡すら残さず、静かに消えた。


ティナ=フィルアークは、その意味を知っていた。

構文軍がただの撤退命令で引き下がるはずがない。

彼らが見たのは、“戦えない相手”という現実だった。


「……澪。あなたって、ほんとうに、何なの?」


塔の上層。澪は静かに立っていた。

目を閉じ、風もない空間で、ただ前を向いている。


「何もしてないのに、敵が消えていくなんて……普通じゃない。」


「でも、普通でいたかった。」


そう答えた澪の声は、どこか寂しげだった。


「何もしないでいることが、誰かの“選択肢”を奪ってしまう。

それが“存在の重み”なら……私は、ここにいていいのかな。」


ティナは何も言えなかった。

それが澪の強さであり、同時に、彼女自身を傷つける原因でもあると知っていたから。


「きっとこれが、わたしの“戦い”なんだと思う。」


「斬らずにいること?」


「ううん。“斬らずにいられる理由”を、失わないこと。」


ティナは小さく頷いた。


構文軍は、澪に触れることができなかった。

禁書教団は、澪の心に種を蒔いた。

だが、どちらもまだ“答え”には届いていない。


澪の中に、何かが生まれつつあった。

それは怒りでも、悲しみでもない。

もっと曖昧で、もっと深くて、もっと孤独なもの。


それはきっと――

「自分自身のままで在り続ける」という決意の萌芽だった。


そのとき、遠くの空で何かが揺れた。


誰も気づかない、音のない震え。

それは、澪だけが感じ取った“気配”だった。


「……誰かが、呼んでる。」


そう言った澪の目は、いつになく静かだった。


戦争は始まらなかった。

だが、その代わりに世界が選んだのは、

もっと静かで、もっと深い“問い”だった。


――澪は、斬らずにいられるか?


その問いが、澪の世界に最初の風のように吹き込んでいた。


(第26話 終)


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