回想の始まり—過去の秘密と未解決の謎が明かされる瞬間!
「次の章がこんなに遅くなるなんて、思わなかったな。いや、もしかしたら遅くはないかも?まあ、夜になると集中できるから好きなんだよね。ドアを閉めて、イヤホンをつけて、そして自分が作り出す世界に浸る。プレイリストが助けてくれるんだ。毎曲がまるで囁きのように、僕を導いてくれる感じ。
夜は僕の時間だと思ってる。静けさだけが周りに広がる。僕と、僕の思考だけ。
君もそう感じるだろ? 周りが静かになって、自分の中にいる。紙に生まれるものに没頭して。変な感覚だけど、でもそれがあるから他のことを忘れられるんだ。」
校舎の広間には、衝突音と荒い息遣いが響き渡っていた。
生徒たちはいくつかのグループに分かれ、木剣を振るう者、素手で打ち合う者、それぞれが技を磨いていた。
ここに迷いは許されない。
一手ごとに闘気が揺らめき、ひとたび隙を見せれば、容赦ない反撃が飛んでくる。
亀田隼人は壇上に立ち、冷たい視線で稽古の様子を見下ろしていた。
無造作に束ねられた長い黒髪が肩にかかり、前髪が顔を覆っていたが、彼は気にも留めていない。
年齢こそ若いが、そこには猛禽のような鋭さがあった。
まるで獲物を狙うような目。
ただ稽古を監視しているだけには見えなかった。
「遅い」
静かな声だった。だが、その響きには鋼のような重みがあった。
生徒たちの背筋が凍りつく。
「敵は、お前たちが振りかぶるのを待ってくれるとでも思っているのか?」
隼人は突然、壇上から飛び降りた。
次の瞬間には、すでに生徒たちの中に紛れ込んでいた。
誰もが何が起きたのか理解する間もなく——
彼は素早く木剣を拾い上げ、一瞬のうちに駆け抜けた。
反応する暇さえ与えず、すべての攻撃を封じる。
何人かは武器を取り落とし、ひとりはバランスを崩して背中から倒れ込んだ。
「情けない」
隼人は疲れたように息を吐き、再び中央へと戻った。
亀田隼人。
この技術学校の最上級生。
その影は他の生徒たちを覆い尽くすほどに巨大で、まるで山のようだった。
彼は誰よりも強かった。
——ただ一人、桂藤茂郎を除いて。
かつて、あの"呪術師"が言ったことがある。
「隼人こそ、私の後継者となる」
それが称賛だったのか。
それとも試練だったのか。
誰にも分からなかった。
——だが、それは決して祝福ではなかった。
それは、試練だった。
「目隠ししてても、お前らなんか叩き潰せるぞ、子犬どもが!」
隼人は木剣を軽く放り投げ、柄を掴み直した。
「もう一度だ!」
稽古は、まだ始まったばかりだった。
——だが、その時。
外から鋭い声が響いた。
誰かが叫んでいる。
廊下には荒い息遣い、重い足音がこだましていた。
生徒たちは動きを止め、緊張に包まれる。
全員の意識が、一瞬にして道場の外へと向いた。
誰かが仲間の肩越しに覗き込み、
誰かが武器を投げ出し、様子を確かめようと駆け出そうとした——
「俺がやめろと言ったか?」
張り詰めた沈黙を、隼人の声が切り裂いた。
刃のように鋭く、容赦がない。
彼は彼らを見もしなかった。
ただ、一歩、前へ。
迷いなど、微塵もない。
「続けろ」
淡々とした声音。
だが、その言葉には一切の反論を許さぬ圧があった。
隼人は扉を開いた。
差し込む強烈な日差しが、道場を真白に照らし出す。
そして——
外の空気が違っていた。
重く、張り詰めた空気。嵐の前の静けさ。
隼人は目を細め、ゆっくりと息を吸い込む。
土埃、汗、そして——遠くに漂う、微かな"脅威"の匂い。
そして、彼は"それ"を見た。
石畳の小道を駆け抜け、技術学校の建物を横切り——
一行は桂藤の私室へと急いでいた。
カヨ。
その顔には張り詰めた緊張が浮かび、目には強い決意が宿っていた。
彼女の腕の中には、アヤナの傷ついた体。
ぐったりと力なく揺れるその姿が、状況の深刻さを物語っていた。
背後には、パンダ、タケシ、ヒカル。
必死に彼女の後を追っていた。
その表情が、すべてを物語っていた。
ただの負傷ではない。
何かが起こった。
——それも、決定的な"何か"が。
「先生はどこ!?」
カヨの鋭い叫びが響き渡る。
その声は、彼女の焦燥を隠そうともしなかった。
道場の中心、住居と講義棟に囲まれた中庭付近——
そこで立ち止まっていた生徒たちが、驚きに身をすくませる。
「桂藤先生なら、お部屋にいらっしゃるはずです、カヨ様!」
一人が即座に答えた。
視線はカヨの腕の中のアヤナへと吸い寄せられ、息をのむ。
答えを聞くや否や、彼女たちは再び駆け出した。
迷うことなく、足を止めることなく。
「先生!」
カヨは勢いよく扉を押し開け、部屋の中へ飛び込んだ。
部屋には、柔らかな陽光が差し込んでいた。
桂藤は微動だにせず、そこに座っていた。
椅子の背に体を預け、無造作に足を机に乗せる。
まるで、外の騒ぎなどどうでもいいと言わんばかりに。
目を覆う布は、いつものようにその場にあった。
まるで、彼にはすべてが見えていたかのように——
いや、最初から彼は"知っていた"のかもしれない。
「……遅ぇよ」
振り向きもせず、桂藤は気だるげに呟いた。
「先生! 彼女が……彼女が死んじゃう! どうか、助けてください!」
カヨの声は、涙に濡れていた。
彼女は桂藤の肩を揺さぶる。
だが——
彼は、すぐには答えなかった。
ただ、静かに状況を見極めるように、沈黙する。
やがて、手を伸ばし、目隠しを外した。
その瞬間——
桂藤の瞳に、淡い霧がかかる。
そして、一歩、前へ。
カヨを軽く押しのけるように——
「……くだらねぇ泣き言は、もういい」
鋭い声が響いた。
冷たく、迷いのない声。
「そこらに寝かせろ。ベッドでも使え」
「……それと」
彼は一瞥し、吐き捨てるように言った。
「とっとと消えろ」
カヨは必死に涙をこらえた。
それでも、震える手でアヤナをそっとベッドに横たえた。
慎重に。
慎重に。
彼女を動かさないように——
それでも、指は止まらず震えた。
心臓が、破裂しそうなほどに打ち鳴らされる。
桂藤が、無言で歩み寄る。
その足取りは重く——
まるで、不吉な影そのもののように。
焦りはなかった。
まるで、"ただの作業"をこなしているかのように。
やがて、彼の手がアヤナの額に触れた瞬間——
時間が、凍りついた。
「……死なねぇよ」
短く、淡々と。
そこには、一点の迷いもなかった。
だが——
それだけじゃない。
その言葉はまるで"真理"そのものだった。
皮膚を突き刺すほどの冷たい"現実"。
カヨは息を呑む。
何を言われたのか、理解が追いつかない。
さっきまでの恐怖と不安が、急に色を失った。
……だけど、体は動かなかった。
「……本当に?」
掠れた声が、零れた。
まるで、信じることを拒むかのように。
「何度も言わせんじゃねぇよ」
冷え切った声が、部屋を貫いた。
「さっさと出ろ」
それは、命令だった。
桂藤は待った。
彼らが出るまで。
ドアが、重く閉まるまで。
その瞬間——
彼の瞳から、感情が消えた。
迷いも、なかった。
指先が、アヤナの肩をなぞる。
次の瞬間——
空気が、歪んだ。
紅い光が、部屋を満たす。
揺らめきながら、彼女の体を包み込む。
桂藤は集中していた。
外の雑音など、最初から存在しなかったかのように。
言葉も、動作も、必要なかった。
ただ——
"治す"。
それだけだった。




