「協会長の秘密」
その瞬間――
高見 奈良 (たくみ なら) が会場を後にした。
そして、彼の周囲の世界が静かに変化し始めた。
「運命の眼」プラットフォームでの分析が行われた瞬間から、すべてのメディアが彼の動きを追い始めていた。
ニュース番組、SNS、オンライン掲示板。
あらゆるチャンネルが、彼の一挙手一投足を報じていた。
情報端末やホログラムニュースが次々と速報を流す。
見出しが絶え間なく画面を埋め尽くした。
――「高見 奈良、新たなるSランクハンターに認定！」
テレビのトップニュースで、SNSのタイムラインで、
彼の姿が無数に拡散されていく。
閃光が散る。
輝くアーティファクトの反射が画面を染める。
そして、彼が答えを口にした瞬間――
運命の眼から手を離したその時、
彼の新たなステータスが、世界に刻まれた。
その信号は、国中にこだました。
テレビ。
スマートフォン。
コンピューター。
あらゆるデバイスが、彼の顔を映し出した。
堂々と歩く姿。
ギルドからの勧誘を無視し、去っていく後ろ姿。
国全体が、息をのんだ。
数十万のスクリーンが同時に点灯し、
街中、家々、職場、
そして辺境の地までも、その光景で埋め尽くされた。
だが、これは単なるSランクのニュースではない。
―― これは、文化的衝撃だった。
Sランク認定が、どれほど珍しいか。
この瞬間を目の当たりにできる者が、どれほど限られているか。
誰もが理解していた。
だからこそ、信じられなかった。
一部のテレビ局では、専門家の議論が繰り広げられる。
「彼が……Sランクだと？ そんなバカな！」
一人のアナリストが、驚愕の声をあげる。
「こんな若さで？ しかも、運命の眼のシステムが、あっさりと彼の力を認めた……？ これは無視できる出来事じゃないぞ！」
「忘れてはならないのは、彼の“独立”だ。」
別のアナリストが、興味深そうに語る。
「ギルドに属さないという決断……これは、単なる反抗ではない。
彼は今、システムそのものに楔を打ち込もうとしている。
もしかすると、この選択が未来の戦いのあり方を変えるかもしれない。」
その頃――
街の巨大スクリーンには、どこへ行っても高見 奈良の姿が映し出されていた。
交差点。
カフェの店内。
電車の広告ディスプレイ。
どこであろうと、彼の映像が流れていた。
冷静な表情。
迷いのない足取り。
彼はただ、歩き続けていた。
だが――
今、世界が彼を見ていた。
SNSも爆発的に盛り上がる。
「高見 奈良、Sランク？ これは世界の変革の前兆なのか？」
「ギルドに入らない選択……！ 彼の未来が気になる！」
「彼、ドラゴンを一撃で葬れるって聞いたんだけど、マジ？」
「……ところで、
焼きたてのケバブ売ってます！ ジューシーで最高にうまいぞ！」
#ソロの道 #高見奈良 #Sランク
タグは瞬く間にトレンド入りした。
彼の名前とともに。
大手ギルドたちも、ただ傍観するわけにはいかなかった。
内々では、様々なシナリオが議論される。
―― 彼を取り込むことはできるのか？
―― それとも、ギルドの秩序を壊す存在になるのか？
問題は、彼がSランクだということだけではない。
彼の力は、すでにSランクの枠を超え始めている。
本来なら複数人で挑むべき脅威。
だが、彼はそれを一人でねじ伏せる。
もはや、単なるSランクではない。
そんな彼の姿が、街のどこにいても映し出されていた。
スクリーンの中。
広告ディスプレイ。
雑踏のあちこちで、彼の名前が囁かれる。
「Sランクを超える存在――高見 奈良。」
国全体が、その名を意識し始めていた。
彼が街を歩くと、
人々は思わず息をのんだ。
しかし、彼は足を止めることなく進む。
群衆の視線を浴びながらも、
その歩みは揺るがない。
まるで、今すぐにでも消え去ってしまうかのように。
レポーターたちが彼を追う。
カメラが彼の姿を捉え、
マイクが彼へと向けられる。
「高見さん！」
「今後もソロで活動するつもりですか？」
「支援者は？ 誰か、あなたをサポートしているのですか？」
彼は足を止めた。
ゆっくりと――
群衆の方へと顔を向ける。
無数の視線が、彼に突き刺さる。
そして、彼は静かに口を開いた。
「俺に支援なんて必要ない」
唇に、わずかな笑みが浮かぶ。
無数のカメラが、彼に向けられた。
その瞬間――
彼は静かに、街の奥へと歩を進める。
雑踏の中へ。
闇と光が交差する、都市の深淵へ。
そして、気づけば彼の姿は消えていた。
だが、残されたものが一つある。
「高見 奈良」
その名が、まるで不吉な変革の前兆のように、
国中に響き渡るのだった。
広々とした、冷たい空気の漂うオフィス。
ここは、国でも屈指のギルドたちが拠点を構える中心地だった。
巨大な窓の向こうには、都市の絶景が広がる。
その景色は、彼らの持つ圧倒的な権力を象徴しているようだった。
重厚なテーブルを挟み、二人の男が向かい合っていた。
サイトウ。
整った眼鏡をかけ、きっちりとしたスーツを纏った男。
動くことなく、静かにタブレットを見つめている。
その対面にいるのは――
ヒロ。
屈強な体格を持つ男。
指には金のリングが光り、鋭い目つきで相手を見据えていた。
彼らの議題は、一つ。
“Sランク――高見 奈良。”
最近、その圧倒的な力を世に示した男。
この未知の存在が、ギルドの均衡をどう変えるのか――
二人は、それを見極めようとしていた。
サイトウのギルド――『先見者』
それは、日本でも屈指の影響力を持つ、知略と戦略に特化したギルドだった。
彼らの強みは、単なる武力ではない。
計算、分析、そして予測。
その精密な思考が、戦場でも外交の場でも、圧倒的な優位をもたらしていた。
そして、このギルドを率いるのが、サイトウ。
彼は戦場を“読む”だけでなく、敵の意図すら見抜き、戦闘の結末を予測することができた。
彼らの力の本質は、“情報”そのもの。
それを操ることで、戦況を支配する。
たとえ純粋な戦闘力で劣っていたとしても――
彼らは、より強大な敵すらも打ち倒すことができる。
だが、彼らの影響力には一つの限界があった。
日本国内に限られる、ということだ。
国内では圧倒的な力を誇るが、国外に出れば、
さらに巨大なギルドたちがひしめいている。
彼らは、世界を相手にするにはまだ“足りない”のだ。
ヒロのギルド――『雷轟の軍勢』
それは、圧倒的な武力と攻撃的な戦闘術に特化したギルドだった。
メンバーは皆、肉弾戦のエキスパート。
さらに、身体能力を強化するアーティファクトを駆使し、人間の限界を超越する存在となる。
そして、その頂点に立つのが――ヒロ。
彼は単なる“力”だけの男ではない。
戦闘の中で戦略を練り、力を最大限に発揮する戦士。
その一撃は、驚異的な速度と破壊力を誇り、
たとえ頑丈な敵であっても、一撃で沈めることができる。
まさに、“雷”の如き強さだった。
だが、その力には限界があった。
日本という枠の中でのみ、通用する力。
ギルドとしての影響力は国内では絶大だったが、
国外に出れば、さらに強大な勢力が立ちはだかる。
彼らは、日本の中では“最強”の一角。
しかし――
世界の“最強”には、まだ届いていない。
「彼がこんなに…頑固だとは思わなかった。」
サイトウは目を細めて言った。
「これほどの能力を持ちながら、なぜ私たちの支援を拒否する？ 一体、何が彼に起こっているんだ？」
ヒロは肩をすくめ、テーブルの上に広がる書類を眺めた。
「彼はただ、私たちに価値を見出していないんだ、サイトウ。」
「自分に自信がありすぎるんだよ。彼みたいなタイプは、結局、燃え尽きるか、問題を引き起こすかだ。無視するわけにはいかない。」
「彼は未来だ。その未来を我々の手のひらで制御しない限り、逆に私たちが彼に書き換えられることになる。」
サイトウは静かに眼鏡を直し、顔をしかめたまま言った。
「彼がただの孤高の存在で終わるはずがない。だが、もし彼が自分の道を行き続ければ、脅威になり得る。」
「もし彼を私たちの側につけられなければ、他のギルド、企業、そして政府までもが彼を利用するだろう。」
「私たちが彼に、もっと大きなものの一部になるチャンスを与えなければならない。」
「これはすべて、国の安全のためだ。」
ヒロは微笑みながら、サイトウに視線を投げた。
「彼が何を選ぶか、自分で決めるだろう。彼は簡単に誰かに従うようなタイプじゃない。」
「それが、逆に彼をさらに危険にしている。」
「君も見ただろう、彼が力を使うところを。」
「ただの数字じゃない。エネルギーを変換して、何でも吸収できるんだ。あの能力は死霊術師としてのものだが、それがますます厄介だ。」
サイトウは少し考え込むように黙り込み、再びタブレットに目を向けた。
そこには、タクミのテスト映像が映し出されている。
目を離せないほどの、眩しいほどの輝き――Sランクの表示が画面に浮かんだ。
その力強さに、画面が震えるように感じられた。
「この瞬間が、すべてを変える。」
サイトウは再びヒロを見つめながら言った。
「これを逃すわけにはいかない。彼は、世界の勢力バランスに決定的な影響を与える存在になり得る。」
ヒロは前のめりになり、鋭い目つきでサイトウを見た。
「どうするつもりだ？」
「ナラに関して分かっていることは、彼が恐れないということだけだ。どうやら、私たちに価値を見出していないようだ。」
「もう一度交渉を試みることはできるが、彼が同意するとは思えない。」
「私たちには、もっと大きなものが必要だ。」
ドアが静かにノックされ、サイトウとヒロの前に一人の老人が現れた。
その髪は銀色で、顔には長年の知恵が刻まれていた。
彼は厳格でありながらもシンプルなスーツを着ており、その姿からは、まるで彼の周りの空気自体が尊敬に満ちているかのように感じられた。
その顔は年を取っていたが、表情は自信に満ち、決然としていた。
「お邪魔してもよろしいか？」
低く響く声には、権威を感じさせるものがあり、それを感じない者はいなかった。
サイトウとヒロは、自分たちの高い立場にもかかわらず、迷うことなく頭を下げ、尊敬の気持ちを示した。
この人物は、国内のすべてのギルドだけでなく、政府や大企業までもが意見を聞くような存在だった。
「ヒグチ師！」
サイトウは尊敬と慎重さを込めてそう言った。
「お待ちしておりました。」
ヒロも頷き、敬意を示したが、その目はまだ鋭く、まるで今議論している問題が細心の注意を要するものであるかのようだった。
ヒグチ、日本ギルド協会の長は、陰に包まれたまま、部屋の中の二人を鋭く見つめた。
彼はただの老人ではなかった。
その存在は、日本のギルド世界そのもののように重みがあり、どんな言葉よりも深い意味を持っていた。
「新しいSランクの話を聞きました。そして、あなた方の提案を拒否したことも。面白いですね。どう思いますか？」
ヒグチの声は、疑う余地を与えないものでした。
サイトウとヒロはお互いに目を合わせ、説明を始める準備をしました。
サイトウは少しの間沈黙し、考えをまとめると、慎重に答えました。
彼はこの場で間違いを犯すわけにはいきません。特にこのような高位の人物の前では。
「これは... 非常に特殊な状況です。」
彼は軽く頭を傾けながら、慎重に言葉を選びました。
「タクミ・ナラ... 彼の力は普通の理解を超えています。Sランクは予想通りでしたが、彼の反応は... これは一般的な新人には見られないものです。」
ヒロは、ためらうことなく、すぐに言葉を続けました。
「彼は自信過剰です。それは確かです。しかし、私たちの提案を拒否したのは、ただの頑固さではありません。彼はギルドとの提携に価値を見出していないようです。まるで、一人でいることで、もっと強力なプレイヤーの標的になることを理解していないかのようです。どんなに強い一匹狼でも、いつかは自分を壊しに来る者と出会います。ギルドに所属することは、単なる支援ではなく、守護でもあるのです。」
ヒグチは黙っていた。その目は鋭く、サイトウとヒロの言葉以上のものを見透かしているようだった。彼は深いため息をつき、ゆっくりと部屋を歩きながら、足音が軽いにもかかわらず、ひとつひとつの歩みが深く、避けられない衝撃を感じさせた。
「彼の選択…それは彼の決断だ。」
ヒグチはゆっくりと椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。
「しかし、その選択には代償が伴う。ヒロ、お前が言う通り、ひとりで生き抜くことはできない。たとえ彼が軍を壊滅させる力を持っていたとしても、彼は狩人たちだけでなく、彼を利用しようとする者たちや、排除しようとする者たちに囲まれることになる。それが現実だ。」
ヒグチは少し間を置き、サイトウとヒロの方を振り返り、目には隠された意味が満ちていた。
「だが、もっと気になるのは…」
「タクミ・ナラは、ただの新しいハンターではない。彼は何かもっと大きなものの象徴だ。この出来事が国に変化をもたらす可能性がある。無視するわけにはいかない。リスクが大きすぎる。」
サイトウは頭を振り、その言葉を理解しようとした。
「では、ヒグチ様、何を提案されるのですか？」
彼はすでに、その答えが自分のギルドだけでなく、日本全体の政治の未来にどれほど重要かを理解していた。
ヒグチはしばらく沈黙し、まるで全ての選択肢を考えているかのようだった。そして、彼の表情がさらに真剣さを増した。
「彼の決断を理解するために、我々の努力を注がなければならない。そして、彼を味方につける方法を見つける必要がある。そうしなければ、誰かが彼のプライドと力を利用して、彼に立ち向かうことになるだろう。彼がどれだけ強く独立していても、そのことが彼を危険にさらすということを、彼自身が十分に理解していない可能性もある。もし彼の戦略が誤っていたら、彼一人だけでなく、多くの命が危険にさらされることになる。」
「もし彼が同意しなかった場合は？」—ヒロは緊張した様子で、簡単に彼を引き入れるのは難しいことを理解していた。
ヒグチはわずかに笑ったが、その笑顔には温かみはなかった。
「彼が断るなら、彼はそのうち、自分を脅威だと見なす者たちと対峙することになるだろう。その時、彼の選択は単なる個人的なものではなく、政治的なものになる。私たちはその時に備えておかなければならない。しかし、もし彼が制御できないような...破滅をもたらす存在だった場合、我々はその対応を準備できているだろうか？」
部屋の中に沈黙が漂った。
ヒグチは窓の前に立ち、夕方の光に輝く高層ビルを見つめていた。彼の目には、年齢に裏打ちされた知恵と、普段の冷静な表情からはうかがえない悲しみが隠れているようだった。彼はしばらく沈黙した後、ゆっくりと話し始めた。
「やっぱり、景色は美しいな…」
その声は静かだったが、どこか疲れた感じがあり、まるでもっと大きな何かを考えているようだった。彼は席に座っているサイトとヒロに振り向き、その目は遠い未来を見つめるように重く感じられた。
「今度、世界の最強のハンターたちが集まる会議があることを知っているか？」
ヒグチは一息ついて、まるでこの情報が単なるニュース以上のものであるかのように、その声は重みを帯びた。
「ワシントンで開催される。全ての主要国、全ての大きなギルドが集まる。もちろん、最強のハンターたちもだ。日本からは…君たち二人以外に誰が行くことになるんだ？」
サイトとヒロはお互いに目を見交わし、理解の色が浮かぶ。これが単なる質問ではなく、挑戦であることを彼らは感じ取っていた。どの国も、最強の戦士を送り込む方法を考えている。日本も、他の大国と同じように、決して後れを取るわけにはいかなかった。
ヒグチは深くため息をつきながら話を続けた。顔つきが急に厳しくなり、目の奥に何か懐かしい痛みのようなものが浮かんだ。
「タクミがSランクになったと世界が知る前から、私は彼にこの会議の日本代表として参加するよう提案していた。国を代表する公式な立場、ハンターのリーダーとしてね。私たちがどんなに努力しても、日本がこれからの流れにおいて重要な役割を果たすことは間違いない。チャンスがあり、そのチャンスはタクミの手の中にある。彼は私たちの力、私たちの独立の象徴だ。たとえ彼自身がそれを認識していなくても。」
ヒグチは机に手をついて、さらに一歩近づいた。その目は、まるで解かなければならない難問をじっくりと見つめるような鋭さを帯びていた。
「しかし…ご存知の通り、彼は断った。話すことすらしようとしなかった。せめて考えてみるだろうと思っていた。提案を受け入れることを期待していた。しかし彼は私たちを拒絶した、まるでただの要求のように。システムの一部になること、ゲームの一部になること、私たちが強いられているこの世界の仕組みに加わることを、彼は望まなかった。」
サイトは唇を歪めた。部屋の中の誰もが、タクミにとってこの一歩がどれほど重要であるかを知っていた。それは単なる力の認識ではない。世界レベルでの出発点となり、日本が主要な列強の一つとして認められることを意味し、未来への影響力を持つ可能性を秘めていた。
「ヒグチ様、本当に彼が同意すると思いましたか？」サイは少し冷笑しながらも、尊敬を込めて言った。「タクミ・ナラ... 彼は私たちの指示に従うタイプではないことを最近学びました。名誉を求めているわけではなく、自由を求めている。彼はもう頂点に立っている、さらに何を目指すのでしょうか？」
ヒグチは深いため息をつき、再び窓の方を向いた。その目には再び失望の影が浮かんでいた。
「はい、私は知っていました。彼が拒否することはわかっていました。それでも私は期待していました。少なくとも責任感から、この提案を受け入れてくれることを。ただ、この瞬間は、欲しいかどうかに関係なく、国の代表としてその役割を引き受けるべきです。世界は私たち、日本を注視している。そしてタクミ・ナラがこの会議で日本の顔になれば... 私たちは力だけでなく、尊敬も得ることができる。私たちが条件を決める立場になることができるんです。」
部屋には再び沈黙が広がった。
ヒグチは振り返らず、静かに続けた。
「だが、もう一人、重要な人物がいる。」
彼の言葉には重みがあり、その意味が何を示すのか、すぐにわかった。
「お二人とも、誰のことか分かっているだろう。」
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