表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限のゲーム - 絶望の先にある勝利』  作者: Marukuro Rafaella
第6章 神秘のシャーマンの元に集う富裕層たち
36/105

「幸せを掴む者と掴めない者――その差はどこで生まれるのか?」

静寂の夜、蝋燭の灯が揺れる部屋で、あなたは一冊の本を開く。

そこに広がるのは、計算され尽くした駆け引きと、誰もが恐れる影の名。


この物語に「正しさ」はない。

強者がすべてを握り、冷たい微笑の裏で運命が動く。

暗闇を見つめる覚悟があるなら、ページをめくるがいい。


……さあ、ゲームを始めよう。

グロモフは呆然と瞬きを繰り返した。

まるで自分の言葉を信じられないかのように。


呼吸が――驚くほど楽になっている。


その声には、畏怖の念すら滲んでいた。


「……俺たちは、本当に……治ったのか、ケイトウ様?」


だが、答えを求めていたわけではない。

ただ、この奇跡を噛み締め、焼き付けるように何度も反芻していた。


隣では、エレーナが父にしがみつきながら、涙を止められずにいた。

嗚咽に震える肩。

けれど、その涙には悲しみはなかった。


あるのはただ――純粋な、溢れんばかりの歓喜。


その感情は、周囲にも広がっていた。


趙麟飛は娘の趙美麗を強く抱きしめ、離そうとしなかった。

まるで、この奇跡が儚く砕け散ることを恐れるかのように。


リュドヴィク・デュポンは息を潜め、

そっとカトリーヌの髪を撫でた。


大和零次郎は、静かにハルコに何かを囁きながら、

そっと額を彼女の頭に寄せていた。


……しかし、フリードリヒ・ヴァイスだけは違った。


彼は、一歩引いた位置に立っていた。

まるで、意図的に自分を他者と隔てるように。


肩は張り詰め、

握りしめた拳は白く強張っていた。


口を開いた。


――が、声にならない。


喉の奥で言葉が詰まり、どうしても出てこない。


だが、その瞳だけは、

氷のような色彩の奥で確かに揺らいでいた。


喜び、

戸惑い、

安堵――


それらを覆い隠そうとするように、いつもの無表情を崩さぬまま、

彼はじっと静かに立ち尽くしていた。


……一方、その息子はというと。


ユルゲンは最初から、壁際の深いソファに沈み込んでいた。


片足を肘掛けに投げ出し、

顔を手のひらに埋め――


――眠っていた。


規則正しい寝息を立てながら、まるでこの場が退屈な芝居にしか見えないと言わんばかりに。


その瞬間、ヴァイスの眉がかすかに動いた。


ほんの僅かな目の痙攣。


それが、彼の胸中に渦巻く苛立ちを物語っていた。


だが――


彼は決して、それを表に出さない。


ただ、静かに息を吐き、息子をじっと見つめた。


ユルゲンは――微動だにしなかった。


この瞬間は、まるで現実とは思えなかった。


誰かが「ストップ」ボタンを押し、時間が凍りついたかのように。


苦しみ、恐怖、絶望に満ちた長い日々は、もう過去のもの。

今、彼らに残されたのは――ただ、幸福を噛みしめることだけだった。


息をすること。

生きること。

そして――共にあること。


ケイトウは黙って、その様子を見ていた。


その瞳には、微かな満足が宿っていたが、

唇は動かない。


まるで石像のように、そこにただ立ち尽くしていた。

まるで、自らの役目を失い、次に何をすべきか分からない番兵のように。


そして――


無言のまま、片手をポケットに突っ込み、

ゆっくりと歩き出した。


歓喜に溺れる人々を尻目に、

彼は、静かに闇へと溶け込んでいく。


「……お待ちください!」


騒がしい声の中、それを切り裂いたのは――ハルコの声だった。


ただ一人、彼の背を見送った彼女は、

反射的に駆け出した。


軽やかな足音が、静まりかけた廊下に響く。


彼女がケイトウを追いついたのは、

巨大な扉の前だった。


「……はぁ、はぁ……」


肩で息をしながら、彼女は顔を伏せた。


「すみません……っ」


小さな声。


「……あの時の言葉……本当に、申し訳ありませんでした……!」


ケイトウは立ち止まった。


だが、すぐには振り向かない。


数秒間、まるで考えるように沈黙し――


やがて、ゆっくりと手を伸ばし、

そっと彼女の肩に触れた。


「気にするな」


低く、静かな声。


そこに、怒りも、責める色もない。


だからこそ、ハルコは――震えた。


怒りよりも恐ろしいのは、

突き放すような、優しい無関心だった。


まるで、すでに全てを決めた後のように。


まるで、争うことすら意味がないと言わんばかりに。


ケイトウは手を離し、一歩前へ進む。


「楽しむのはいいが、出る時は戸締まりを忘れるな」


背を向けたまま、ぼそりと呟く。


「……一緒に食卓を囲むのもやぶさかじゃないが――」


ふっと、微かに笑うように。


「成金どもの群れは、どうにも苦手でね」


その口調は、どこか飄々としていた。


冗談めかしているようで――


けれど、その奥には、

形容しがたい、別の何かが潜んでいた。


「じゃあな」


ひらひらと手を振るような気配。


そして――


彼は、再び闇へと消えた。


暖かな光が揺れる広間。


ようやく彼の不在に気づいた人々が、

戸惑いの表情を浮かべるのを後にして。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ