終わらぬ学園生活
「どこかへ行くつもりなら、知らせてくれるのよ、娘よ。」
ナオコの声は柔らかかったが、その中に不安が滲んでいた。
彼女はアヤナをしっかりと抱きしめ、身体だけでなくその心配まで温めようとしているようだった。
「そうだな。」
タカツは頷き、アヤナを見つめた。
まるで彼女が本当に自分の言葉を理解したかを確めるかのように。
「どうやら、使いっぱしらが食事を準備しているようだ。」
ヒロトが割り込んできて、カヨが他の一行と共に朝食のためにパビリオンへ向かうのを一瞥した。
「食べようか?」
その言葉はただの確認だった。
すぐに家族全員が食卓に並び、ゆっくりとした食事を楽しんでいた。
しかし、テーブルにはケイトがいなかった。
アヤナが彼の不在について尋ねると、侍女の一人が礼儀正しく頭を下げて答えた。
「ご主人様は一族の長としての務めを果たしていらっしゃいます。」
タカツは微かに眉をひそめ、昨晩のシゲロとの会話を思い出した。
その時、シゲロはほとんど囁くように、言葉を一つ一つ慎重に選ぶように尋ねた。
「長いこと聞こうか迷っていましたが…なぜ私たちを助けてくれたのですか?」
その答えは簡潔で、しかし重みのあるものだった。
「言葉はいらん。」
その時は何も言い返さなかったタカツだが、今その言葉が頭の中で反響し、彼の心をかき乱していた。
食事を終え、短い休憩を取った後、家族は日光を浴びながら屋敷内を散歩することに決めた。
彼らは陰影のある庭を歩き、緑の中を静かに流れる人工の小川の音を聞いていた。
ここでは、どの木も特別な意味を込めて植えられたように感じられ、石灯籠が完璧に手入れされた道に複雑な影を落としていた。
「美しさは確かに印象的ね…」
ナオコは、池の上に架けられた石橋の滑らかな表面を指でなぞりながら呟いた。
池には色とりどりの鯉がのんびりと泳いでいる。
「でも、これはあくまで外見に過ぎない。もっと面白いのは、それに隠されたものよ。」
「間違いないな。」
ヒロトが頷きながら言った。
「ここにいると、空気さえも何か古びたものを感じさせる。歴史、権力、伝統…それらが肌に触れるようだ。」
さらに進んでいくと、訓練用のパビリオンにたどり着いた。
広場には、木刀や槍を手にした大人や子供たちが真剣に稽古に励んでいた。
指導者の厳しい目が彼らを見守り、時折、鋭い叱責が響き渡ると、戦士たちは姿勢を正して立ち上がった。
タカツはしばらく訓練を観察し、やがて考え込んだ様子で口を開いた。
「不思議だな…こんなにも影響力を持ち、権力の規模も大きい組織が、
子供のころから戦士を育てるためにこんなにも力を注いでいる。
何かしらの内在的な論理があるはずだが、いったいそれは何なんだ?」
「もしかしたら、忠誠心の問題かもしれない。」
ヒロトは腕を組みながら予測を口にした。
「幼い頃から教え込めば、その者は心から忠誠を誓ってくれるだろう。
義務がその者の全てになる。」
「たしかに、」
タカツはまだ戦士たちを見守りながら言った。
「でも、俺にはそれだけじゃない気がする。
単なる戦士の育成じゃない。完璧な構造を作り上げているんだ。
戦士たちはその歯車の一部に過ぎない。必要なのは、ただの殺し屋ではなく、
クランのために思考できる人間だ。」
「つまり、肉体を鍛えるだけでなく、意識も作り上げている、ということですね。」
アヤナは静かに言った。
久しぶりに会話に加わった瞬間だった。
タカツは娘を見て、満足げに頷いた。
彼女はすべてを理解している。
その瞬間、空気が切り裂かれるような音が響いた――
剣がぶつかる音、そしてコーチの叫び声。
訓練場を見渡したタカツは、ふと気づいた。
この一族は力を築き上げるのに、何年もかけてきたのではなく、何世代にもわたってきたのだと。
そして、このシステムを支配する者は、見た目以上の力を持っているのだと。
「アヤナ!」
「アヤナ!」
元気な声が背後から響いた。
振り返ると、カヨとその一行が現れた。
カヨはいつもの自信を持って近づき、アヤナの家族を見回しながら、興味深げに眉を上げた。
アヤナは振り返り、カヨがその一行と共に近づいてくるのを見た。
カヨは自信に満ちた表情をしていたが、その目には微かな好奇心と敬意の輝きが浮かんでいた。
「今日は家族と過ごすことにしたの?」
カヨは軽く笑みを浮かべ、瞬時に一息ついてから言った。
「はじめまして、カヨです。アヤナの友達。」
そして、年長者たちに向き直ると、礼儀正しく続けた。
「こんにちは、私はカヨ、アヤナさんの友達です。藤原家の皆さん、はじめまして。」
軽くお辞儀をし、少し形式的な口調で付け加えた。
藤原。
首都だけでなく、国を超えて名の通った一族。
その影響力は、国内外に広がっていた。
カヨが昨日その名前を知ったのか、それとももっと前から知っていたのか、それはもう関係なかった。
「こんにちは、私はナオコです。」
アヤナの母親は、温かくも控えめな笑みを浮かべて名乗った。
「娘に友達ができて嬉しいわ。彼女は普段、とても静かで…」
「お母さん!」
アヤナはすぐに顔を赤らめ、父親の後ろに隠れようとした。
隣に立っていたヒロトは、少し息を切らしながらアヤナに目をやり、照れくさそうに視線をそらした。
「私はタカツ、アヤナの父親だ。」
低い声が、空気を切り裂くように響いた。
カヨは彼に向き直り、冷静さを保ちながら差し出された手をしっかりと握った。
「はじめまして、タカツさん。」
タカツはじっと彼女を見つめ、評価するように視線を送った。
カヨは過度に媚びることなく、しかし傲慢でもなく、落ち着いた態度で立っていた。
その振る舞いには、良い教養と、どんな仕草にも計算された思慮深さが感じられた。
「もし何か助けが必要なときは、遠慮せずに言ってくれ。
藤原家は、我々の家族に近い者を必ず支える。」
彼の声には、偽りの友好などなく、ただ冷徹でありながらも真摯な約束が込められていた。
「お聞きできて光栄です、タカツ様。」
カヨは少し目を細め、まるでその言葉を慎重に分析するかのように微笑んだ。
その間に、他のメンバーとも顔を合わせた。
少し離れた場所には、他の誰とも違う大きな男が立っていた。
彼のがっしりとした体格は、まるでクマのようで、顔には常にゆったりとした笑みが浮かんでいた。
彼はのんびりと手を振りながら言った。
「パンダ。名前はパンダ。よろしくな。」
「パンダ?」
ナオコは少し驚いた表情で繰り返した。
「そう、ただのパンダだ。」
彼は肩をすくめて答えた。
「昔はただの人間だったらしいが、運命がそうさせた。」
「今は何だ?」
ヒロトが好奇心を持って尋ねた。
「今?今はただの大男さ。
良い戦いと良い飯が好きなだけ。」
彼は腕を後ろで組み、余裕の表情を見せた。
「それがもし本当なら、まだよかったんだけどな。」
カヨは目をひとつまげて言った。
「でも、はい。パンダはただのパンダよ。」
その隣にもう一人、静かに会話に加わった人物がいた。
長いスカーフを身に着けた若者で、その視線はやや離れているように見えたが、
しっかりと周囲を観察している様子がうかがえた。
彼は頭を少し傾け、自己紹介をした。
「ヒカル。単に見ているだけさ。」
「こんなに暖かい日に、見ているだけだと宣言して、
スカーフを巻いている人に会うのは初めてだな。」
タカツはじっと彼を見つめながら言った。
「まあ、誰かがやらないといけないからさ。」
ヒカルは何も気にした様子もなく、穏やかに答えた。
この世界を創り始めたとき、影と光、野望と隠された欲望に満ちたこの世界には、どれだけ多くのものが行間に隠されているのか想像もできませんでした。すべての行動、すべての視線—それらは物語の一部であるだけでなく、私たち全員が巻き込まれている壮大なゲームの一部なのです。戦場でも、権力の間でも、または人間の心の最も暗い隅でも。
私が描いたこの世界は、冷酷で容赦ないものに思えるかもしれません。しかし、現実はそうではないでしょうか?私たちは影の中で生き、幻想を作り、恐れと野望の迷路の中で自分の道を見つけようとしているのです。藤原家は単なる象徴ではありません。権力を握り、他者を導き、自らを管理する者たちの象徴です。しかし、常に自分の未来や、従うことができない者たちを見つめながら。
だが、権力や操縦だけではありません—そこには人間関係もあります。それらは複雑で多層的ですが、それでも私たちを繋げる糸として常に存在しています。この物語では、人生と同じように、すべての答えが表面にあるわけではありません。しかし、私は皆さんがページの上の言葉以上のものを見つけてくれることを願っています。最終的には、これは人々が絶え間なく変わる世界で意味とコントロールを見つけようとする物語です。
この旅路に、時に難しい決断を共にしていただき、また読後に生まれるであろうあなたの考えに感謝します。あなたの質問こそが、すでに物語の一部です。
そして、私たちのために創られた世界は、私たちが見ているものとは違うかもしれません。それは私たちの人生のように多層的です。すべてが制御されているように見えても、必ず誰かが、制御していると思っている者たちを支配しているのです。
敬具、 マルクロ・ラファエロ




