死を呼ぶ香り
藤原家は薄暗い部屋の中で、身を寄せ合うようにしていた。
その動きは神経質でありながら、どこか決意に満ちていた。
直子は夫の傷の手当てをしており、震える手で不安定に包帯を巻いていた。
その顔は集中した恐怖の表情に固定され、額からは汗が滴り落ちていた。
長女のアヤナは、血だらけのヒロトの頭を素早く包帯で巻きながらも、その手際はどこか緊張感に満ちていた。
タカツは、顔色こそ青ざめていたものの、はっきりとした動揺を隠しきれない様子だったが、少しずつ落ち着きを取り戻し、呼吸も次第に安定してきていた。
部屋の重苦しい沈黙を破ったのは、ほとんど気配を感じさせない布の擦れる音だった。
それは不自然であり、同時にどこか不気味なほど馴染み深い音だった。
部屋の中央から、ほんの一瞬前には何もなかったはずの場所から、暗い霧が渦巻き始めた。
空気は重くなり、悪意を含んだエネルギーが部屋を満たし、肌に鳥肌が立つような感覚をもたらした。
その霧はまるで生きているかのように濃くなり、部屋の温度は急激に下がり、まるでそれが現れることを拒んでいるかのようだった。
そして、ゆっくりと、ほとんど芝居じみた仕草で、彼が一歩前に出た。
ケイト・シゲロ—もしその名前が本物であるなら—は、まるで禁断の深淵から呼び出された亡霊のように、暗闇から現れた。
彼の歩みはゆったりとしており、どこか無造作で、部屋の中に漂う死の気配を、まるで遊びのように感じているかのようだった。
彼の眼帯は、暗く抑えられた光の中で鈍く輝き、彼がその顔を振り向けたとき、まるでその不気味な象徴が彼の冷徹さを示すように輝いていた。
彼の唇に歪んだ笑みが浮かんだ。
「見たところ、前よりずっと状況は良さそうだな。」
彼はそう言った。
その声は低く、滑らかで、細かな皮肉が含まれており、聞く者に不安を与えるようだった。
「少なくとも、今回は皆まだ生きてるようだ。」
その口調はまるで天気や夕方の紅茶について話しているかのように、何も特別ではないように聞こえた。
だが、話している内容は命と死に関わることであり、その軽い調子が逆に恐ろしさを際立たせていた。
彼の手は深くポケットの中に隠れたままで、歩みはゆったりとしていて、どこか挑発的だった。
彼の一つ一つの動きは、部屋に漂う緊張感を一層強調しているようだった。
彼の存在は、命と死の間の脆い境界線を思い出させる重さを持っていた。
直子は固まったままで、血に染まった手を夫の傷の上で止めた。
アヤナは本能的に包帯をきつく締め、その視線は家族とこの理解不能な訪問者の間を行き来していた。
タカツでさえ、弱さを感じながらも必死に身を起こし、その目は震えと恐怖で大きく見開かれていた。
ケイトは数歩前に進み、頭を少し傾けると、まるで見えない視線で彼らを観察しているかのように見えた。
彼の笑みはさらに広がり、軽く息を吐き出す。
その音は笑いと失望の間のようで、まるで誰かの期待を裏切るかのようだった。
「そんなに怖がることはない。」
彼は穏やかに言ったが、その言葉には鋭い皮肉が込められており、まるで刃物で貫かれるように響いた。
「もし本当に皆を殺したいなら、わざわざ話す時間なんて無駄にしないよ。」
部屋は一瞬、静寂に包まれ、ただ、消えゆく暗雲の遠くで響く音だけが残った。
その瞬間、シゲロは耳元に軽く触れ、少しの力でイヤホンを作動させた。
「入っていい。」
彼は冷静で、まるで何度も練習したかのような口調で言った。
「彼らに手が必要だ。」
外から、最初はほとんど聞こえなかったが、次第に増してきたのはヘリコプターの音。
壁や窓が震えるほど、その音は空間を満たし、まるで不吉な予兆のように響いた。
しかし、恐怖の代わりに、無骨な影が降りてきた。
それは目立たない黒い制服を着た兵士たちだった。
その後ろには、軍の医療班も姿を現した。
彼らは無駄な言葉や動揺を見せることなく、即座に仕事に取り掛かった。
動きは素早く、正確で、まるで全てが自動的に行われるかのようだった。
直子はほっと息をつき、緊張で震える手を夫から離し、医師たちに治療を任せた。
アヤナも、家族がプロフェッショナルの手に委ねられるのを見て、安堵しながら一歩後ろに下がった。
目に見えない恐怖の重みが少しずつ軽くなり、感謝と驚きの感情が代わりに湧き上がった。
シゲロは一歩離れ、腕を組んで、まるで面白いものでも見ているかのように、軽く、ほのかな笑みを浮かべていた。
彼のリラックスした姿勢は、数分前まで部屋に漂っていた緊張感とはまったく対照的だった。
アヤナは涙でいっぱいの目をし、予想外に彼を見つめた。
彼女の唇は震え、言葉を探すかのようだったが、代わりに一歩前に進み、すべてを忘れて彼をしっかりと抱きしめた。
「ありがとう…」
と、彼女の声は震えていた。
風に揺れる秋の葉のように、か細い声だった。
父との関係は決して簡単ではなかったが、彼女の心の中で、父は常に大切な人であり、彼のためなら戦う覚悟があった。
その隣にいたナオコは、涙をこらえきれず、わずかに頭を下げて、心からの感謝の気持ちを表した。
その声は小さく、しかし温かかった。
「ありがとう…」
アヤナは自分の突発的な行動を認識し、少し顔を赤くしながら彼から離れた。
ケイトは一切動かなかった。
ただ少し頭を傾け、感謝の気持ちを当然のように受け入れているかのように見えた。
彼からは微かなリンゴの香りが漂い、それが彼の不思議な存在感を強調していた――賞賛と不安が入り混じった感覚を与えていた。
頭に新しい包帯を巻かれたヒロトは、力を振り絞って近づき、頭を少し傾けて言った。
「すべてに…感謝します。」
その時、タカツはすでに処置を受け、薬と包帯で一時的に回復していたが、無理に立ち上がろうとしていた。
医師たちが無理をしないようにと言っていたにもかかわらず、彼は足を引きずりながらケイトに近づき、できるだけ直立しようとしていた。
その顔には誇りと痛みが入り混じった表情が浮かんでいた。
「すみません…すべて…」と彼はつぶやきながら、手を差し出した。
ケイトは頭を少し傾け、しかし手を握ることなくその手を見つめ、次にその男の顔に目を移した。
長く感じられる沈黙の後、ようやくケイトは答えた。
「十分にやった。」と、冷静に、しかしその声には微かな賛同の色が含まれていた。
タカツは少し体を揺らし、再び力が抜けるのを感じたが、ケイトは彼を支え、肩を押さえた。
「休んでください。」と、ケイトは冷静に言った。
まるで計画が順調に進んでいるかのように。
ケイトはこの家族にとっては完全に外部の存在だったが、その瞬間、彼の姿だけが、彼らを囲む混沌とした状況の中で唯一、動かない支えのように感じられた。




